1-2 私がミツル?
目が覚めると、6畳ほどの和室に寝ていた。
布団は敷いておらず、座布団を枕がわりにしての仮眠だったようだ。
今の住まいも実家も、和室の部屋はないので一体これは……? と困惑した。
昨日は『ゴーレムファイター』のアニメを見ていて、新情報に舞い上がって酒の勢いもありSNSで暴走して……後の記憶がないので寝落ちした、で合っていると思う。
立ち上がってみると、なんだか違和感がある。
服も手も、自分のじゃないみたいだ。
色が白くて、細くやや骨張った……あえて例えるなら少年のような手足。
家の中も外も静かで、だんだん不安になってくる。
和室を出ると階段があったので、降りてみる。
階段を降りた左手の壁に鏡があった。
「えっ」
鏡をみて、驚いた。
鏡に映る自分は、自分じゃなかった。
そして冒頭に至る。
同じ描写を2度することもあるまい。簡潔にまとめると、鏡の中の私は四十万満だった。
「ゴーレムファイターの世界……ってこと?」
夢を見ているのだろうか。
夢にしては妙に意識がはっきりしているし、物の感触も確かだ。
自分の喉から発せられる声は紛れもなく有名人気男性声優の声のようだし、私がピースをすると鏡の中でミツルくんがピースする。
夢だろうと夢でなかろうと、ちょっとこの状況を楽しんでしまっている自分がいる。
いや、普通に考えたら夢なのだ。
けれど、オタクとしてはアニメやゲームの世界に入り込むことは一種の"夢"。
自分がミツルくんになっている想定外を除けば、現実だろうとそうでなかろうと心が踊らざるを得ない。
最推しのアサヒくんとも話せるかもしれないのだ。
鏡の中のミツルくんにいろんな表情をさせて楽しんでいると、玄関のドアが開く音がした。
思わずびくっとしたけれど、玄関先へ向かう。
「おやミツル、起きたかい」
近所のおばあちゃん、といった風態の人が買い物袋を持って玄関の戸締まりをしていた。
その瞬間、『ミツルとしての記憶』がぶわっと頭を駆け巡り、理解した。
「おかえりおばあちゃん。起こしてくれて良かったのに……。買ってきた物、冷蔵庫にしまっておくね」
「あら、ありがとう」
彼女はミツルの母方の祖母だ。
ミツルの家とは距離があるので、今では年に何度かしか会えないが、幼い頃は仕事の忙しい両親の都合でこの家で過ごすことが多かった。
(とりあえず、おばあちゃんにはミツルの中身がアラサーのオタクであることがバレないようにしないとな……)
冷蔵庫を閉めたあたりで、台所におばあちゃんがやってきた。
「ありがとうね。今日はミツルの好きなハンバーグを作るからね」
「本当? 手伝うことはある?」
ミツルとしての行動がこれで合っているかはわからないが、駆け巡った記憶の中でミツルは結構なおばあちゃん子だった。
言葉遣いが上手く真似できているかわからないが、おばあちゃんも今の所ミツルの言動に違和感は抱いていないようだ。
おばあちゃんの指示でハンバーグの肉を捏ねていると、言い出しにくそうにおばあちゃんが口を開いた。
「ミツル……、明日は学校に行けそうかい?」
ぴた、と自分の手が止まった。
ミツルは今学校に行っていないのか?
そもそも、なんで祖母の家にいるのか……。
必死にミツルとしての記憶を引き寄せていると、
「いや、いいんだよ。あんなことがあったんだ。学校に行くだけが勉強じゃないからね」
とおばあちゃんが言ってくれた。
「……うん」
私は答えを保留しながら、ミツルの記憶を引き寄せる。
思い出そうとすれば、ミツルとしての記憶は結構思い出せるようだ。
おばあちゃんと会った時に駆け巡ったようにはいかないので時間がかかるけど……。
そして、これが正しいミツルの記憶──なのかは確かめる術はないが、理解した。
──ミツルは数週間前に両親を事故で亡くしている。
そして、この祖母の家に引き取られたのだ。
両親が死んだショックもあり、ミツルは祖母の家から出られないでいたのだ。
(ゴレファイ、ちょいちょいそういうところあるんだよな……)
ハンバーグの形を整えながらため息をつきたいのをグッと堪えた。
オタクとしてはキャラクターの悲しい過去や暗い設定は大好物だが、子供向けのコンテンツで軽率に親が死んでたりするの、重すぎない? と最近は思うようになってしまったところがある。
ダメだとは思わないし、むしろそういうことを考えてしまう自分の方がなんだか嫌ではあるのだが。