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肆話 燃える山・後編

 数秒の間、意識が奪われたナハトは枝がクッションとなり、なんとか命を繋いだ。

 体からは硝煙の臭いが漂い、軽い火傷を体の至る所に負っている。

 


(なっ、何が起こった…!すんでのところで簡易的なバリアを張れたものの、あれがなければ大火傷じゃすまない爆発!さっきのはまさか砲弾か!?)


 木と木の間を縫う正確無比な砲撃。

 それだけに限らず着弾を待たずして爆発した赤色の火花。

 まるで計算しつくされたかのような芸当に寒気が走る。 


「ぐっ…!」


 体を動かそうとすると痛みが走る。

 足や腕を枝に激しく打ち付けたことで打撲を負った。

 この山を登るとしたら翼以外方法はないと考えた。


(とにかく移動しながら相手の位置を探る!)


 ズキズキと神経を蝕む痛みをヒーリングで治して立ち上がる。

 ナハトは翼を開いて飛ぼうとしたが、何かが草を分けて迫ってくる音を拾った。


「何かが近づいてくる…)


 飛び出して来た何かが回転しながら煙をまき散らす。


(これは…何だ!?うっ、頭痛が…」


 煙を吸ったナハトは頭痛を催した。

 頭を押さえてくらくらと千鳥足になるが、なんとか踏ん張って口を押さえてこれ以上吸わないように努力する。


(この高速で移動して回る何かが吐いている煙に毒が混じっているのか…!?)


 青銅色で渦巻き状の何かはなおも回転し続ける。

 ナハトは急いでその場を離れて、自分の体に手を当てた。


「くうっ…せっかく買った服がボロボロじゃ…」


 魔法陣を展開してキュアポイズンを自分にかけたことで一呼吸置けるほどの回復した。

 そしてボロボロになった着物の裾を掴んで引き千切ると、自分の口元を覆ってマスク代わりにした。


(恐らくさっきのは援護射撃じゃな。私が空から索敵して、敵を叩かないと大獄が不利な戦いを強いられる)


 頭の中でこれからの行動を整理する。

 考えがまとまったナハトは腕を伸ばしながら右に反らして翼を開いた。

 

「よし、行くぞ!」


 自分が落ちてきた木々の隙間から飛び出す。

 空から山を見下ろすと、木々が燃え始めて白い煙が充満していた。 

 ズドンという音と共に大獄がいるであろう場所に煙では隠せない激しい光が鈍く輝いている。

 それなのに砲撃している相手の姿が見えない。

 風向きから考えて、煙で隠れられる場所を移動しているようだ。


(うむ、煙で何も見えない!どうすればいい!これでは時間だけが過ぎてしまう!風魔法で一時的に煙を避けてもすぐさま煙で覆われるだろう!何か手は――)


 再びナハトは肘を押さえながら顎に手を当てて考える。

 残念な頭のナハトには何も浮かんでこない。頭に手を当てて体を丸めたりといい案が浮かばないかと祈る。

 ナハトはすっと体を戻して、手を拳で縦にぽんと叩いた。


「…あっ、私って考えるのが苦手じゃった」


 何かを思いついたわけではなく、頭を動かすのをやめたナハトは一つの答えに辿り着いた。


(だったらシンプルに行こう!!)


 迷いから解放されたナハトは息を大きく吸い込んだ。


「卑怯にも遠くから砲撃をしている者よ!!貴様の居場所は分かっている!!これから貴様になんか凄い量のファイアーボール…いや、こっちでは何て言うんだ?とにかく攻撃するぞ!!」


 山中にナハトの声が木霊する。

 次の瞬間、煙を突き抜けて紙で覆われた球体が飛んでくる。

 ナハトは魔法陣を展開して、その球体の爆発を防いだ。

 広範囲に赤色をまき散らしたそれは火花となって地上に降り注ぐ。


「ぐっ!」


 爆破の衝撃と爆風を防ぎきれなかったナハトは後退する。

 ナハトは不敵に笑い、球が飛び出してきた位置へと向かった。


(かかった!間抜けめ!)


 狙い通りだ。そう思ったナハトは魔法陣を展開して、強力な攻撃を仕掛けるための準備を始めた。

 地上に下りた瞬間に対象に中級の攻撃魔術で仕掛ける。

 その意識を念頭に置いたナハトは地上に颯爽と降り立った。


「ここか!!」


 ナハトが地面に降り立ち、煙に包まれた周囲を見回した。

 後ろの草影で物音がし、振り返ると紐が足にひっかかった。

 木々の上から紙に包まれた球体がいくつも落ちてきてナハトは戦慄した。


{なっ…!!罠!?しまっ――}


 直後、眩い光と耳をつんざく爆破音を伴う爆発がナハトを飲み込んだ。



 爆破を避け、甲斐田に懐に潜り込まれないよう縦横無尽に動き回る大獄は太い枝に着地して甲斐田を見下ろす。

 気配を察知している甲斐田は大獄の止まった木を見上げると距離が離れているのに安心して刀を肩に預けた。


「さっきからお前の仲間が叫んでたけれど、俺が言うのも何だが頭悪そうだな」

「大丈夫。僕も思っている」


 大獄はちらりと爆発音が聞こえた音の方へと視線を向けた。

 甲斐田はその一瞬を見逃さずに木を蹴って大獄の止まっている枝を斬り落とす。


「無駄」


 鉄球を飛ばす隙を与えまいと木の枝を掴んで飛び上がると大獄を上から斬りかかる。

 空中で身を捻って鉄球で刀を弾く。更に拳を握って殴りかかる。

 それに対して甲斐田は足を伸ばして大獄の腹を蹴って軽く距離を放すと伸ばした腕を刀でなぞった。

 血が宙を舞い、着地した大獄は距離を取る。


「大内流は致命打に拘らねえ。いかに安全に相手を攻撃するか考える流派だ。痛みと出血は体を鈍らせて徐々に追い詰める。派手じゃねえから俺は好きじゃなかったんだが、今は師匠に感謝してるぜ。お前相手にまともな斬り合いしていたら絶対に負けるからな。それにな――」


 刀を正面に構えて腰を落とす。相手との打ち合いよりも動きやすさを重視する大内流の構えだ。

 再び煙の中へと消える。音が大獄に迫る。

 そこに向けて鉄球を放つ。鉄球の通り道の煙が晴れる。


「暗殺剣とも相性がいいんだよ」


 地面には紐づけされた石が転がっている。そうすることで甲斐田は音を偽装していた。

 甲斐田は口角を歪めて、大獄の肩を斬りつけた。

 だが思った以上に刀が食い込まない。

 それどころか手で掴まれたかのように動かなくなりそうになり、急いで刀を引っこ抜いて煙の中に逃げた。


(筋肉で刀を受け止めただと?鬼っていうのは本当に理不尽だな)

「そうか。跳ねて斬りかかったから足音がしなかったんだ」

「ちょっとは痛がれよ」

「痛い」


 腕と肩からは出血はしているものの、肉は絶たれていない。見た目こそ派手だが、大獄は焦る様子を見せない。

 一見有利に見える甲斐田が今度は焦りを見せる。それもそのはずだ。

 大内流は相手を焦らせてこそ意味がある。切り刻まれた相手が冷静な内は体はともかく精神のパフォーマンスは保たれている。

 状況は大きく動いてはいない。

 寧ろ焦りだした甲斐田は相手に致命打を与えようと選択肢を狭めていく。

 どれだけの攻撃を重ねれば相手の動きを鈍らせるか、どういう攻撃が致命傷に繋がるか。

 火がじわじわと山を侵食し始めて時間がない。

 どうしても戦いに時間がかかってしまうのが大内流の弱点だ。

 勝てないと判断すれば退けばいい。だが次に機会があるのか?

 そう考えると振り状況に追い込まれても退くことも出来ない。

 大獄は鉄球で一時的に煙を吹き飛ばした。

 その時に見えた甲斐田の顔を見て察し、鉄球を短く手に持って殴りかかろうとする。

 だがタイミングよく砲撃が再び大獄の横に落ちてきて弾けた。

 念のためにいつでも退けるように後方に埋めてきた鉄球の鎖を縮めて下がった。

 それを追った甲斐田は今度は横薙ぎで首を狙った。それを鉄球で受け止める。

 

「さっきの妖怪は死んだようだな!俺達の勝ちだ!」

「ナハトは元王様なんだって」

「はあ?あれが元妖王なのか!?」

「違う。でもちゃんと王様してる」

「どういう意味だよ」

「危険を顧みずにこうして勉強しに来てる」

「勉強?よく分からねえが、ああやって馬鹿な真似して罠にかかって死んでる奴は無能な働き者っていうんだよ」

「無能じゃない。ナハトは結果を残す。信じてる」

「はっ!実際に砲撃は始まってんだよ。そいつは死んだ。現実逃避してないで早く俺を倒した方がいいんじゃねえか?」

「早く倒したいと思ってるのは君じゃない?」

「ああ、すぐに殺してやるよ!!」


 鉄球を弾いて火花を散らした甲斐田は再び煙の中へと姿を消した。


一言解説


花火

古代中国の狼煙が元祖と呼ばれており、日本では記録上室町時代に初めて花火が打ち上がったという。

当時は竹で枠を作り、様々な形を作ったり、手に持って打ち上げたり、火をつければ走り回る花火などあったという。

昔は炎色反応という発想がなく、打ち上がった花火は赤色一色だったらしい。

花火による事故は昔から絶えることなく、使い方を間違えれば凶器になる。

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