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肆話 燃える山・前編

「ふう…なんだか寝付けない」


 夏も終わりに近づいてきた。

 夜が深くなるほど過ごしやすい気温になっており、布団から出た大獄は台所を渡り廊下に出て、月を眺める。

 何か呻き声が聞こえて、耳を澄ませた。

 その方へと歩みを勧めるとナハトが一時的に借りている部屋だった。

 障子を少し開けて、隙間から様子を伺う。

 するとナハトが布団を握りしめて、苦しそうに呻いていた。


「う…ぐうっ…」

(ナハト?)

「はっ!はあ…はあ…ゆ、夢か…」

「…………」


 妖気を感じないことを確認すると、無理に安心させる必要はないと判断して音を立てないようにゆっくりと後にした。


 翌日、居間に入るとナハトが箱膳で豆が入った皿から別の皿へと移し替えるという箸の訓練をしていた。


「む、むむむ…」

「頑張ってください、ナハト様!」

「私は最強なんじゃあぁ…」


 自分を鼓舞しながらも集中力に神経を雪いでいるからなのか大分声に張りがない。


「あら、大獄様。おはようございます」

「おはよう」

「ナハト様、朝食の準備してきますのでそのまま頑張ってください」

「よ。よろしく頼むぅ…」


 弱弱しい声を出しながらナハトは摘まんだ豆を慎重に持ち上げる。

 朝食が出来るということで時間を潰すために軒へと行こうとすると栖雲が部屋に入ってきた。


「大獄、少しいいかしら?」

「うん」


 栖雲は手招きをして、大獄を庭に連れ出す。

 依頼書を手渡された大獄は書面に視線を移した。


「新しい依頼よ。大名が所有している南方の山に妖怪が出たの」

「うん」

「どうやら対話が成り立たないのにとても強いらしいわ。その妖怪を倒してきてくれないかしら?」

「分かった」


 地図には場所が記載されている。しかし肝心の討伐する妖怪の種族が抜け落ちている。

 どのような被害が出ているかも不明で、杜撰な依頼書になっている。

 大獄から見てもそう思えるものなのだが、栖雲は依頼人から渡されたものをそのまま大獄に流しているだけに過ぎない。

 栖雲は声を潜めて、口に指を当てた。


「これはくれぐれも…」

「大獄!出来たぞ!私にかかれば箸の扱いなぞ容易いものだ!」

「ん?もしかして依頼が来たのか?丁度暇していたのじゃ!付き合うぞ!」

「ああ…」


 大獄が持っている依頼書を見て、乗り気なナハトに栖雲は顔を手で覆った。

 朝食後に大獄は出かけようとするとナハトはごね出して、同行を許可するまで醜態を晒すという地獄が出来上がっていた。


「嫌じゃ!嫌じゃ!」

「今回は危険な仕事になるかもしれません。お控えください」

「そうだ、ナハト様。今日は二人で買い物に出かけませんか?」

「ふっ、そんな手計が通用すると思うなよ!私は飢えているんじゃ!」

「ナハト」

「大獄…」

「迷惑」

「あがががが…!痛い!指が食い込んでいるのじゃ!」


 お菊が気を利かせて、ナハトを買い物に誘うがナハトは更にごねる。

 大獄は少しだけ疲れた様子を見せて、ナハトの頭に手を乗せた。

 ナハトは味方してくれるんだろうと期待したが、次の瞬間に指が頭に食い込む。

 悲鳴を上げながらのた打ち回るナハトから手を放して、どかっと座布団に座った。


「栖雲」

「仕方ありません。許可しましょう」

「やったぞ!大獄!」

「……………」


 少し辟易した顔で喜ぶナハトを無言で見つめる。


「ただし条件があります」

「何じゃ?」

「無理をしないこと。それだけは守ってください」

「分かったのじゃ!」

(栖雲が詳細も記載されていない依頼を受けた。…この依頼の先に目的がある?)


 快活な返事でナハトがついてくることが決まった。

 大獄は服をぎゅっと握って、呑気なナハトに視線を向けた。


「ナハトは何で依頼を受けたいの?」

「興味本位じゃ!私も我が儘を言って困らせているのは分かっておる。だがな、狒々の一件以来、この国をもっと知りたいと思えたのじゃ」

「夢のため?」

「そうじゃ。この国はもしかしたら私の理想を体現した国なのかもしれんと思ってな。だが上辺を掬っても理想論にしかならん。清濁併せて判断したいのじゃ」

「成る程」


 ナハトがごねる理由に大獄は感心した。

 現在は栖雲の監視下にあり、ナハトは旅をすることは出来ない。

 だからこそ自分の立場を最大限に活かして、自分の夢のために学ぼうとしている。


「しかし町では妖怪を見かけなかったのう。妖怪達は数が少ないのか?」

「現世に来るのは目的があるか、旅で来る妖怪。普段は異界にいる」

「幽世とは何じゃ!?」

「僕達が今いるのが現世。それを表として、全く別な世界が境界を越えた先にある異界。現世と同じ規模ある」

「何!そんな世界があるのか!まさか西大陸にも合ったりするのか!?」

「ない。あれはこの国特有のもの。神がこの島国を創った時の名残」

「ぐむむ…そう都合よくいかぬか。だが今度連れて行ってくれぬか?」

「栖雲の許可が出たらいい」


 現世と異界。この二重の世界はこの島国にしかない特別な世界。

 異界には成仏できない霊や妖怪達が住んでいるという。

 大陸によっては神が創った特性があり、この島国はそういった特性があった。

 それを聞いたナハトは興味で目を輝かせて大獄に迫った。

 ナハトの圧を受けて、大獄は一筋の汗を流して首を縦に振った。


「楽しみじゃのう!この国は私のいた大陸と異なることが多いから興味が尽きないのじゃ!」


 ナハトは腕を大きく振って、気分が高揚していることを表現する。

 話しているうちに目的地が近づいてきた。

 大名が保有している山はある程度の手入れがされており、地面が慣らされた綺麗な山道をしていた。

 秋には茸や山菜がよく取れると評判で、貧しい村民に立ち入りの許可を出すなど少し有名になっている。


「待っていたぞ。手配師に出した依頼を受けた者か?」


 網笠で顔を隠した黒い着物の男が二人に近づいてきた。

 大獄はその質問に首を縦に振ると、「ついて参れ」と背中を向けて歩き出した。

 ナハトは緊張した面持ちの大獄に声をかけようか迷う。

 暫く山を登り、町が見下ろせるほどの高さになった頃にナハトが口を開いた。


「随分と山奥に来たのう」

「もう少し待たれよ」

「背中に隠してるその棒状のものは何?」


 大獄は男の背中にある僅かな違和感に気づいて、それを指摘した。

 注意深く見なければそれが分からないほど。男は背筋や歩き方、だらしなく見えないよう調整された僅かに崩した着方。

 それで背中にある何かを隠していた。


「……………」

「むっ、何故隠すのじゃ?もしかして対妖怪用の武器か?よかったら見せてくれ」


 興味を持ったナハトは止まらない。

 そうして近づこうとしたナハトを手を引いて下がらせた。

 きらりと何かが光り、その後に大獄の肌が僅かに斬れた。


「な、何じゃ!?」

「敵」

「甲斐田紋次郎。合ってる?」

「合ってるが、覚えなくていいぜ。これからお前らは死ぬんだからな!」


 大獄とナハトの視界から甲斐田が消えた。だが昨日見た動きに大獄はナハトを抱きかかえて、高い木の枝に鎖を巻きつけて飛び上がった。

 死角に入ろうとしていた甲斐田は思わず舌打ちをした。


「チッ…」

「見たまま伝えたら栖雲が教えてくれた。巻雀流。相手の死角に潜ろうとギリギリまですり足で移動。次に上体を低くして、斜め下に移動。その後、相手の顔の動きに合わせて更に奥の足を大きく進めて視線に映らないよう背中に回る。その足運びは暗殺剣でも基本中の基本。踏み込みが速度を重視するあまり地面を蹴っては擦って音を立てる。まだ暗殺剣が開発されきってない頃の元祖に近い流派。剣術の基礎さえあれば取得できる初心者向けの暗殺剣。あってる?」

「はあああああ…三ヵ月で取得した付け焼刃だし、暗殺剣は種が割れれば攻略は簡単だ。そりゃ、そうだよな。暗殺剣ってその名の通り暗殺向けだ。だからな。だが場が荒れればその限りじゃねえ」


 紋次郎は笛を取り出して口に咥えた。ピイイイィ!!と甲高い音が山に鳴り響き、何かが近づいてくる気配を感じた。

 突如、赤色の爆発が二人を襲い、枝が折れた拍子に大獄は思わずナハトを放してしまった。


「わあああああっ!!」


 ナハトはそのまま悲鳴を上げて山から落ちた。運よく岩肌を避けて、木々の中へと消えた。


「ナハト!」

「さてと鬼さん、地獄に帰りな」


 煙が立ち込め始め、視界が悪くなる。地面に下りた大獄を煙に隠れながら斬りつけた。

 肩口から血が流れる。肩を押さえる大獄に甲斐田は不敵に笑いながら再び斬りかかってきた。

一言解説


異界

霊魂が向かう現世とは別の世界。

そこには死者や妖怪、化け物が独自の社会を形成している。

境界となる場所に繋がっており、橋や坂、峠等に異界に通じる境界が存在するという。

幽世と同一視されるが、あそこは永劫に夜が続く時間の止まった世界であり、妖怪はおらず、黄泉の入り口であるとしてまた少し異なる場所である。

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