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弐話 穢れた土地・後編

「大獄、おい…大獄童子…!」

「どうしたの?」

「どれだけ歩けばいいのじゃ?」

「うーん、日が頭上に来るまでには到着すると思うよ」

「まだ上ったばかりじゃぞ!!」

「うん」

「足が痛いのじゃあ…。孤瀛は何でこんなに山道が多いんじゃあ…」


 西大陸は平坦な道が多く、金さえあれば馬車での移動も可能だ。

 しかし孤瀛は山道が多いうえに道も細いために馬車は殆ど使われていない。

 例に漏れず泥地国も細い道が多い。更には沼地も多いので馬での移動すら慎重になるような場所だ。

 それに慣れていないナハトは昨日に引き続き、起伏の激しい道を移動するために酷使した足が悲鳴をあげていた。


「私は飛ぶ。どうじゃ、大獄童子も空の旅をしてみんか?」

「いいね」

「重っ…大獄大獄、その鉄球外せんのか?」


 ナハトは大獄を抱えて飛ぼうとしたものの、大獄の付けている手枷がずしりと大きな負担になる。

 たまらずに質問すると大獄は首を左右に振った。


「無理。これは僕の意思じゃどうすることもできない」

「ふんぬっ!ど根性じゃ私!」

「おお、宙に浮いてる。初めての感覚」

(…羽がぷるぷる振るえるのじゃー!ぶっちゃけ歩くより辛い!でも大獄も喜んでいるし、今更やめると言えん!仕方ない!腕と羽に強化魔術をかけるんじゃ!)


 全身をぴくぴくと痙攣させながら浮遊すると大獄は初めての浮遊に興奮した様子を見せた。

 安定してきたころに漸くふらつくことなく飛べるようになった。


「そういえば大獄童子って何で大獄童子と呼ばれているのじゃ?本当の名じゃないだろう?」

「うん。妖怪って名づけの文化がないから人間がつけた名前で呼ばれてる」


 妖怪は基本的に生まれたことに祝福を受けない。

 集団の中でも協力することは殆どなく、個人主義を貫く者が殆どだ。

 子供を産むことも出来るが、それは人間のように絶滅を防ぐために遺伝子にプログラムされたものではない。

 それもそのはずだ。人間が何らかの影響を受けて、妖怪や龍や神になるこの島国特有の現象があり、鬼という種族もその例に漏れない。

 エラーが多発する上に長命で生存能力が高い妖怪という存在に誕生というものは大きな価値のあるものではない。

 性向の果てに産まれた同族であるという認識でしかない。

 ただし例外も存在しており、河童や狸のように高度な文明や生存意識の高い種族はその限りではない。


「それがどうして大獄なのじゃ?」

「うーん、殆ど牢で過ごしたからじゃない?」

「待て待て!牢で!?何か悪いことしたのか!?」

「お母さん殺した」

(思ったより極悪じゃったー!!何があったらそんなことになるんじゃ!?聞いていいのか!?いや、気になる!聞こう!我慢は体に毒じゃ!)


 不謹慎だと主張する天使のナハトを追い払い、興味を抑えきれずに質問しようとする。


「なあ――」

「秘密。あまり踏み込み過ぎないで」

「わわわ、分かっておる!因みにどれくらい牢にいたんじゃ?」


 何故、肉親を殺したのかその理由を聞こうとしたナハトに大獄は釘を刺した。

 動揺しながらも大獄からの興味が尽きないナハトは話題を変えずに別視点から探る。


「うーん、九十年近くかな」

「今が九十九歳なら殆どじゃないか!どこに収監されていたんじゃ!?」

「実家の地下牢に五十年。それと――あっ、目的地が見えてきた」

「むっ!確かにあれは…」


 話の腰を折って、目的地を指さした。

 ナハトも嫌な気配を感じて視線を向けると一部だけ草木が枯れ落ちた崖があった。

 初めて味わう穢れは呪いに通じる感覚があった。


「待て!大獄!そろそろ限界じゃ!一度、下りるぞ!」


 ナハトがかけたのは中級の強化魔術。

 膨大な魔力を持ち、それは簡単に尽きることはない。故に未だその強化魔術の効果は続いている。

 その辺の岩なら持ち上げられるほど強力だが、それを維持するとなるとまた話が変わってくる。

 ナハトの腕はぷるぷると震え始め、肉体的な限界が近づいてきている。

 それほどまでに大獄の手枷は重いということだ。

 高度を落とそうとしているナハトにふるふると首を振るう。


「その必要ないよ」

「ぬ?」

「よっ、しっかり捕まっていて」

「何をする気…じゃあああああああああ!」


 大獄は鉄球を遠くへと飛ばすと目的地近くに突き刺す。

 そして赤狒々の時のように伸ばした鎖を急激に縮めた。

 すると大獄を抱えていたナハトはそれに引き寄せられて、顔の肌がぷるぷると震えるほどの速度で目的地へと一直線に向かっていった。


「おわああああっ!死ぬううううっ!」

「よっと」

「はぁ…はぁ…死ぬかと思った…」


 大獄は両足で着地するとその衝撃で大獄を離して飛び上がったナハトの首根っこを掴んで急激にブレーキをかける。

 宙で旗のように揺れたナハトを停止した後に受け止める。

 穢れを忘れるほどの恐怖感に顔を青くしながら荒い呼吸で生を実感した。


「大丈夫。生きてる。あそこが忌み地だね」

「あれが…」

「ここだけ不毛の地になっている。不思議なものじゃ」

「そこに入らないで!」

「え?うっ…鼻血が…」


 間近で見ようと穢れに近づいたナハトはうっかり足先を入れてしまった。

 大獄の警告に慌てて下がったものの、次の瞬間ナハトの鼻から血が流れ出した。


「呪いだよ。今のは足先だけだったからそれで済んだ」

「呪い…!こんな強力なものがあるのか…」


 一歩でも踏み込めば体に不調をきたす。


「僕が処理するよ」

「いや、ここは私が行かせてもらうぞ!」

「え?大丈夫なの?ナハトが死んだら僕は栖雲に怒られるんだけれど…」

「安心せい!そんなことにはならぬ!ところでこの札はどこに張るのじゃ?」

「ちょっと来て」

「うむ」


 自信満々なナハトの手を握り、穢れた土地の正面まで連れてくる。

 おもむろに腕を引っ張って、頭を抑えつけた。


「むぎゅっ、何をす…」

「僕が指さす方向。あの崖の先に女の子が見えない?」

「あれか…」

「あの子に貼ってきて」


 大獄の指を指す先には崖の根元にある石の上で女の子が泣いていた。

 足から膝に向かって薄くなっており、足元は完全に見えない。

 あれだけ派手に現れ、その当人達が近くまで来たのに認識することなく泣き続けている。

 死霊。西大陸でも見かけられる成仏できずに現世に留まる霊魂。

 この穢れは少女が起因となって作り出されたものだった。


「ちょっと距離があるが、やるしかない」

「無理しなくていいよ」

「私はいずれ魔族領の復興させる。そのためには私は色々な経験して、学ばなければならん。だから私に任せてほしい」

「危なくなったら止める」

「ああ」


 ナハトは少しだけ緊張しており、いつものような張りのある声が出せていない。

 歩みを進めて、穢れに近づく。手には手袋、そして札を準備した。

 ゆっくりと呼吸し、時間をかけて魔法陣を展開する。

 ナハトの体が球体の魔力で包まれた。


「おー」


 大獄は驚いた。先程のように呪いの影響を受けることなく、穢れの地へと足を踏み入れている。


「こんなもの朝飯前じゃ!」


 ナハトは気づいていない。じくじくとナハトが張ったバリアが徐々に呪いによって削られてきている。

 展開したバリアは強力なものだ。しかしそれ以上にこの地に留まるということは命を蝕む凶悪な呪いを受けてしまうのだ。

 バリアが壊される前にナハトは少女の目の前へと辿り着いた。


「すまぬな。これも世のため人のためじゃ」

「…誰?」

「ん?」

「誰なの?ねえ、誰?誰誰誰誰誰…あっ、やっぱり分からないや」


 手で覆われて見えなかったが、顔を上げた少女の顔は潰れていた。

 ナハトは驚いて、後ろへと下がる。

 その瞬間、ナハトの展開していた球体のバリアが剥がれた。


(不味い!!)


 ナハトは無理にでも札を貼ろうとした。

 だがそれよりも早くナハトに呪いの影響が体を蝕んだ。


「う…ぶふっ!!」


 体中の骨が異音を鳴らし、ナハトの内臓が悲鳴を上げて口から血を吹き出す。

 鎖が舞う。ナハトの体を拘束するとすぐさま穢れの地より外に投げ飛ばされる。

 同時に大獄はナハトから札を奪い取ると一直線に向かって少女の額に貼り付けた。


「ああ…お母さん。まだなの?早く来てよ。お母さん…」


 少女は光に包まれて、消えていった。

 光と共に穢れも消えていく。大獄は焼けた指先から流れ出る血を払うとすぐさまナハトの元へと駆け付けた。


「ナハト!」


 ナハトは薄目を開けて、呼び掛ける大獄に視線を向ける。

 声を出す元気はない。血が喉や器官に詰まっている。

 次第に意識は薄れて、ナハトは動かそうとしていた手を地面につける。

 大獄はそれを見て、ナハトの体に覆いかぶさる。


「応急処置」


 大獄はナハトに口づけをして、思いっきり吸引した。

 血が大獄の口の中へと流れ込む。それを地面に吐き出して抱き寄せると小瓶を取り出して、今度は自分の口の中へと流し込む。

 そして再び口づけをして、ナハトに口の中の液体を飲ませた。


「はっ…!!」


 どれくらい時間が経過しただろうか、気づくとナハトは遠野家の布団で目を覚ました。

 体の不快感は残っているが、それ以外に不調はない。


「起きましたか。よかったです」

「本当じゃ。死ぬかと思ったぞ。むしろ何で生きているのか分からん」

「大獄さんにお礼を言ってください。応急処置をして、急いでこちらまで運んできて下さったのです」

「そうだったのか。礼を…うっ…」

「まだ安静にしていてください。お礼でしたらいつでも言えますから今はゆっくり体を休めてください」

「むっ…だが!うん、仕方ないか…」


 ナハトは反論しようとしたが、お菊が変わらない笑顔のまま威圧感を出しているのに気づいて大人しく布団に潜った。

 お菊はゆっくりと障子を閉めると居間へと視線を向けた。


「供養は済んだのかしら?」

「崖下にあった骨を埋めてきた。神社にも報告した」


 ナハトを遠野家に送り届けた後にもう一度同じ場所に向かった大獄は崖下にあった少女の骨を埋葬してきた。

 神社への報告し、正式に供養をしてもらうよう依頼した。大獄が用事を済ませて帰ってきたのはほんの少し前だった。

 栖雲は煙管から煙を吸い、虚空へと吐き出した。


「ご苦労様。何で今日もナハト様を連れて行ったのかしら?」

「……………」


 栖雲の質問に大獄は押し黙る。

 口を開く様子を見せない大獄に続けて質問をぶつけた。


「ナハト様は連れて行けと抗議したわけではないわ。それに穢れの浄化も大獄一人で出来たでしょう?」

「うん」

「指、痛むかしら?」

「問題ない」

「痛いのね。水薬よ。使いなさい」

「ありがとう」


 西大陸ではポーションと呼ばれている薬。それはこの国にもあり、大獄が応急処置に使用したものもこれだった。

 大獄は会話中に使うのを躊躇って懐に入れた。


「こうなっては仕方ありません。大獄には罰を与えましょう」

「ちょっと待つのじゃあああっ!!」


 障子を思いっきり開いたナハトはどすどすと音を立てて、栖雲の前に腕を組んで立った。


「大獄が連れて行かねば私はごねていた!浄化も私がやりたいと言って無理に譲ってもらった!これでよいか!?」

「ナハト、黙ってて」

「黙らん!大獄が罰を受けるというなら私も受けるぞ!」

「ふう…では二人に罰を与えるとするわ」


 煙を吐き出した栖雲は二人に罰を与えた。

 その内容は庭の草むしり。翌朝の早朝、お菊起こされた二人は体を丸めて草むしりをしていた。


「ぐっ…まさかこんな罰とは…私は朝はゆっくり眠りたいのに…ふああ…」

「どんな罰を想像したの?」


 ぶつくさ言いながら眠そうな目を擦りながら欠伸をするナハトに大獄は首を捻った。


「投獄じゃ」

「…何で?」

「大獄が投獄された話を思い出して、真っ先に思い浮かんだんじゃ…」

「栖雲は優しい」

「ぐむむ…まあ、私の早とちりで済んでよかったのじゃ!一件落着じゃな!」


 滲んだ汗を拭いながらナハトは笑顔を向けた。

 大獄はその笑顔に少し口を歪ませて微笑んだ。

 それに気づいていないナハトは手を叩いて何かを思い出して立ち上がった。


「そうじゃ!大獄、昨日は助かったのじゃ!」

「ん?」

「話によれば応急処置をしたのは大獄だったそうじゃな!」

「うん」

「あの喉に血が詰まる感じはもう味わいたくないのじゃ…。応急処置に水薬というものを飲ませたらしいが、どのようにして飲ませたんじゃ?」

「秘密」

「もう!お前はいつもはぐらかしてばかりじゃ!」


 秘密にした方がいいと考えた大獄はナハトの質問をはぐらかした。

 それに対して地団太を踏みながら怒る。

 その様子を窓から眺めていた栖雲に後ろからお菊が訊ねた。


「楽しそうでよかったです」

「罰なのに楽しそうにしているのも複雑だわ」

「栖雲様、恐らく大獄様は手配書に触れたくなかったのではないのですか?」

「そうね。大獄にそうさせた僕にも原因があるわ」


 苦い顔をしながら栖雲は壁に寄りかかった。

 いつも笑顔のお菊はいつになく神妙な面持ちで、持ってきたお茶を座卓に置いた。


「ナハト様は良くも悪くも純粋です。この国の問題にあまり関わらないよう立ち回らないといけません」

「大獄一人に任せておけないのも分かるわ。でも今は目立つわけにはいかないのよ」

「存じております。その件でお豊代から話があるそうです」

「何か掴んだのかしら?」


 閉じた目を少し開けて、口から煙を吐き出す。

 騒ぎ声が外から聞こえる。しかしこの二人の空間は切り取られたかのように静寂だ。


「今回の一件、それに関連性の高い事件が起きました」

「分かった。出向くとしよう」


 燃えカスを壺に移し、煙管を仕舞うと栖雲は町へと繰り出した。 

一言解説


怨霊

いずれも災いをもたらす思念であり、恨みを抱いて死霊になったタイプと思いが強すぎて幽体離脱する生霊タイプがあり、いずれも強い感情によって形作られる存在。

崇徳天皇というチート怨霊が有名であるものの、その強さはピンキリ。

転生という概念があるインドの仏教には怨霊という考えはない。

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