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壱話 手枷をつけた鬼・後編

「なあ」

「…………」

「なあ!大獄!」

「どうしたの?」


  呼び掛けているナハトに気づいて、大獄は振り返った。

 久し振りに長い距離を歩いたナハトの額には少し汗が浮かんでいる。

 歩幅の小さい大獄に遅れ気味なナハトを大獄が足を止めたことでようやく追いついた。


「狒々ってどんなやつじゃ?」

「老いた猿が妖怪化したもの。獰猛で狡猾、それでよく笑う。そんな妖怪」

「そんな危険な妖怪もいるのか!?孤瀛は人間と妖怪が仲良く暮らしていると聞いていたが、そんな種族もいるんじゃの…」

「僕が言ったのは栖雲の貸してくれた本にあったもの。だから一概に当てはめないで。人間は凶暴で、土地を独占し、繁殖力が高い危険な生物だって昔友達に教えられた。でもみんながそうじゃない」

「ほお、確かにそうじゃな…。大獄は幼いのに賢いのう!」


 簡潔な説明に対して、訝しんだナハトに大獄は釘を刺した。

 その鋭い返しにナハトは目を見開いて驚き、大獄の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「来年で100歳」

「何!!それは本当か!?全然見えぬぞ!!」


 腰に手を当てて誇る大獄の年齢を聞いて、ナハトは更に驚いた。

 大獄の見た目は完全に幼い少年そのもの。


「他の鬼より若い。ナハトは何歳?」

「ふっ、今年で聞いて驚くな!今年で240歳じゃ!」

「へえ」

「驚かんか!お前の二倍は生きているのだぞ!どんな生涯を送ったか気にならんか!?」

「長くなりそう」


 ナハトはピースサインしながら大獄の倍以上の年月を生きているのを明かす。

 反応を期待したナハトだが、淡泊な返事に大獄の肩を掴んで吠える。

 話題を盛り上げたいナハトの真剣な目から顔ごと反らす。


「ぐむむ…確かに話せば長くなるが、少しくらい聞いてくれもいいじゃろ!?」

「後で聞く」

「それって後回しにしてうやむやにするやつじゃろ!聞いてくれよ!私の武勇伝!!」

「やだ」

「だったら私は逆に聞いてやろう!」

「うん」


 拒否し続けられて痺れを切らしたナハトは指を突きつけた。


「その手枷は何じゃ?お前は栖雲の奴隷なのか?」

「違う。それに奴隷は御法度」

「何!?奴隷が違法なのか!?むむむ…とんだカルチャーショックじゃ。なら何かの罰なのか?」

「罰…。でもこれは違う」

「むう…気にな――ぶへっ!」


 要領を得ない大獄に質問責めをしてなんとか答えを聞き出そうとしていたナハトの横っ面に大きな木の実が直撃する。

 木の実は弾けて、ナハトの顔を染め、顔をぐしゃぐしゃと乱暴に拭くと投げつけられた方向を睨んだ。

 どうやら犯人は猿だったようだ。ナハトと大獄に向けて、歯を剥き出しにして威嚇する。


「キイイイィッ!!キイイイィッ!!」

「おのれ!狒々!!」

「キイイイィッ!!キイイイィッ!!」

「ムキイイイイィッ!!」

(猿と喧嘩してる…)


 狒々だと誤認したナハトは諸手を上げて、猿の威嚇に対抗した。

 そんな奇妙な光景の成り行きを少し距離を取って見守る。


「キイイイィッ!!キイイイィッ!!」

「うおっ!なんじゃ!」


 何十匹もの猿が周囲の木々に集まって、威嚇を木霊させる。

 いきなり数が増えたせいかナハトは恐怖を感じて後退る。

 何か気配に察した大獄は走り出した。


「伏せて」

「ぶへっ!!」


 大獄はナハトの後頭部を掴んで伏せさせた。

 あまりの勢いに地面に手をつける暇もなく、顔面から叩きつけられた。

 その瞬間、ナハトの正面の木々が薙ぎ払われた。

 それは災害を思わせる強力な突風。それが二人を襲った。

 突風と共に現れたのが巨大な猿だった。筋骨隆々で、犬よりも鋭い牙に緋色の体毛をした猿。

 ゆっくりと立ち上がり、「いたた…」と流れる鼻血を抑えながらナハトはどの魔族にも類似しない存在に驚きながら向かい合った。

 「狒々」。そう大獄が呟くと漸く今相対している存在こそ討伐対象の狒々だと認識することが出来た。

 周りからの気配を感じ、見渡すと取り囲むように狒々達が構えていた。


「ギャッギャッギャ!!ここからは俺達の縄張りだ!出ていけ!」

「やだ」

「…数は四か。大獄、二体は私が引き受ける」


 ナハトは自信満々に胸に手を当てて提案するが、大獄は静かに首を振った。


「一体に集中して、手が空いたら手伝って」

「くう…私は戦力外か。見てろ!すぐ倒して――あぶなっ!!」

「風を操るから気をつけて」


 戦闘態勢を取ろうとしたナハトの頬を鋭い突風が掠る。

 狒々の特有の能力を説明されていなかったナハトは脅しで放たれた風が地面を抉った様を見せられて恨みがましく睨んだ。


「そういうのはさっき言ってくれ!ぐっ!」

「ナハト!」

(防御魔術で防がなかったら危うかった!)

「一体は任せる。後は僕がやる」

「ヒヒヒッ!吠えるなよ!この――ぐびゃっ!」


 今度は直撃。他の狒々に警戒を移した大獄はナハトを守り切れずに叫んだ。

 幸い、ナハトは展開した防壁が間に合い、なんとか防ぐことが出来た。

 大獄は臨戦態勢を取ると同時に腕に装着している手枷の鎖を伸ばして三体を薙ぎ払った。

 その三体は遠くへと飛ばされて、大獄はナハトを置いてそれを追う。


「ギャッギャッギャ!お前、一番弱そうだな!」

「舐めるなよ!」


 魔法陣を展開して、石の礫を弾丸のように飛ばした。

 狒々はその攻撃を素早く避けて、距離を詰めると今度は拳を握って殴りかかってくる。

 防壁が間に合ったもののその巨体から繰り出された打撃は強力で、ナハトは地面を滑りながら衝撃に耐える。


(足止めをしないと攻撃が当たらん。これは相性が悪い!)


 魔力が上手く伝達せずに強力な魔術をインスタントに使えないナハトは見かけによらず素早く動く狒々に有効打がないと察した。

 狒々はナハトの底が知れて、狩りを楽しむかのように余裕の表情で手を叩いて笑っている。


「ふっ、今こそあれを使う時が来たか」

「ギャッギャッギャ!!あれとはなんだ!?」

「これは強すぎるあまり封じていた究極の魔術。これを使えば最後。この国は消し飛ぶ危険なものじゃ」

「…何?」


 余裕の表情を浮かべるナハトに警戒を示した狒々は動きを止めた。

 そして腕を前に出して魔法陣を展開し、高らかに叫んだ。


「スーパーハイパーウルトラなんか凄いやつ!!」

「うおっ!!」


 周囲が光に包まれ、狒々は恐怖して冷や汗を流して腕で顔を守った。


(この国を消し飛ばすだと!?笑えねえ!!かーちゃん…。とーちゃん…。こんなドラ息子の俺を今まで育ててくれてありがとう。出ていく時も酷いこと言ってごめんな…。最後にちゃんと謝りたかった…)


 光が消え、何事もなかったことに疑問を持ってナハトの方を向くと遠くに走り去る背中が見えた。


「騙されたな!バーカバーカ!!そんな便利な魔術があるわけないじゃろう!!」

「ふざけんな!!ぶっ殺す!!」


 突風を起こして、今までの非じゃない速度で突進する。

 ナハトは藪に飛び込んで、なんとかそれを躱した。


「そこだ!」


 ナハトを見失った狒々はがざがざと音が立った藪に飛び込んだ。

 その藪にはナハトの姿はなく、飛び込んだ狒々の体が沈み始めた。


「ぐおっ!何だ!?地面が沼みたいに…!」

「馬鹿め!こっちの番のようじゃな!」


 魔術で泥沼化された地面で藻掻く狒々の前ににたにたと笑いながらナハトは姿を現した。

 魔法陣を展開し、身動きが出来なくなったら狒々に手を向けた。焦る狒々は脱出しようと更に藻掻くが、虚しく体が沈んでいく。


「待て!」

「アルテマ!!」

「ぐうおっ!!」


 魔力の塊が狒々に直撃する。

 戦争時に使ったものと比較すると可愛いものだが、それでも狒々を気絶させるには十分だった。

 ぷすぷすと焼けた音を鳴らして、狒々は沈黙した。


(地面を液状化するマッドスワンプは中級魔術なのにここまで時間がかかるとは…!少し前だったら一瞬で発動で来たぞ!私の天才的な頭脳がなければやられていた!)


 今まで当たり前のように使えた魔術が簡単に発動できなくなるという不具合にナハトは絶望する。


「…これは中々骨が折れるぞ」

「無事でよかった」


 ナハトは達成感から気が抜けて、木に体を預ける。

 その寄りかかった木の上から安堵した大獄が見下ろしていた。


「大獄、もしかして…」

「終わった…!」

「早すぎるぞ!くうっ…私が全力を出せれば…」


 一体に苦戦している間に大獄は既に戦いを終わらせていたのだ。

 ナハトの体には葉っぱや土ぼこりによる汚れがあるが、対して大獄の体は戦ってきたとは思えないほど綺麗だった。

 ナハトはそれに気が付いて悔しがりながら拳を握る。

 緊張感の緩んだ二人の体を押し付けるような強い気配を感じた。


「よお」

「!?」

「大獄!」


 熱風が木々の間を縫って吹いてナハトの体をひりつかせ、まだ狒々がいるのだと確信させ、臨戦態勢を取る。

 ただその風よりも速く現れた何かが大獄の体を貫いた。

 間一髪大獄は腕で防御し、地面に着地する。


「よく子分達をボコってくれたな。礼はたっぷりさせてもらうぜ」

「赤狒々もいるんだ。お礼がしたいならぶっ飛ばすから突っ立てて」

「馬鹿が!」


 狒々よりも体毛は鮮やかな赤色で、体が大きく筋肉が強調されている。更に口角からは炎が漏れ出している。

 赤狒々は狒々の中でも長い年月修行したものがなれる。

 妖怪は修行すれば新たな進化を遂げることが出来、それは形になって現れる。

 妖狐なら一尾増やすのに千年かかるという。

 この狒々がどれだけ修行を重ねたのか分からないが、姿形が異なるということは他の狒々とは一線を画す強さを持っているということだ。


「おい!大獄!」

「邪魔」

「ぐべっ!」


 赤狒々は両腕を振って、熱風を起こすと周囲の木々が細切れになって吹っ飛ぶ。

 突き飛ばされたナハトはその範囲から脱することが出来たが、大獄はその風をもろに受けた。


「痛い」

「ガハハッ!!頑丈だな!だが傷口が焼けて痛いんじゃねえか?」

「だから痛いって言ってる」


 体中についた傷から肉が焼ける音が聞こえ、臭いが漂う。

 あんなもの生身で受ければ人間はバラバラになる。だが大獄の体は傷こそついたものの、致命傷にすら至っていない。

 赤狒々の力を見たナハトは動揺し、へたりこんだまま草を握る。


(こいつは明らかに他の狒々と違う!なんだこいつは…!)

「頑張って修行して赤狒々になれたのに強奪と誘拐なんてしょっぱい」

「はっ!それが一番楽なんだよ!」

「そうなんだ。なら次は楽した先を教えるよ」

「ぐおっ!!」


 一瞬で距離を詰めた大獄は赤狒々の腹に拳をめり込ませた。

 衝撃で周りの木々を揺らし、大獄の周りの草が倒れる。

 たまらず腹を抑えて、飛び退く。そして腕を乱暴に振り回して、旋風を巻き起こす。

 周囲の草木が風で削れ、石礫が木を穿つ。


「てめぇ!!」

「僕はここ」

「ぐっ、この野郎!!」


 回り込んでいた大獄はすぐさま脇腹に一撃を入れる。

 ミシミシと異音を鳴らして、赤狒々の体が傾く。

 再び距離を取って、腕を振るおうと掲げる。 


「ぐおっ!」


 大獄は振り降ろされるよりも前に拳を顔面に叩き込み、赤狒々は血を流しながらふらつく。

 赤狒々の俊敏さと風を操る妖術は強力だ。なのに一方的な戦いになっていた。


「どう?後悔してる?」

「ガハハハハッ!!もういい。お前に下手な妖術は通用しねえって分かった。こっからは殴り合いと行こうぜ」

「いいね」


 突風を起こして、高速で大獄に迫る。

 互いの拳がぶつかり合い、辺りに衝撃が走る。

 それを合図に殴り合いが始まった。

 どちらも武術の心得はない。だからこそ互いに打っては防ぎ、優位に立とうと移動してはそれに合わせて動き、拳をぶつけ合う戦いは迫力があった。


「ガハハ、楽しいなあ!お前みたいに強い奴は久し振りだぜ!」

「ありがとう」


 赤狒々は開けた場所に出ると、口から火炎を出して大獄を牽制。

 大獄は距離を取って鎖を伸ばして鉄球を飛ばす。それを掴んだ赤狒々は引っ張って、大獄を引き寄せる。

 拳を叩き込むと大獄は腕で防いだものの、宙へと舞う。


(しめた!あいつは空中で動けねえ!)


 赤狒々は大きく口を開いて、炎を吐き出す。風で推進力を得た炎は渦を巻きながら大獄へと向かう。

 追いついたナハトはその戦いを刮目していた。そうせざるを得ないほどこの戦いは実力のある者同士の戦い。

 勝った。赤狒々はそう思うほどの決め手だった。


「頭に血が上りすぎ」


 赤狒々が掴んだ右手の鉄球とは別に地面に埋まるほどめり込ませた左手の鉄球の鎖を縮めた。

 炎は大獄の上を通過し、今度は赤狒々が持っている鉄球を鎖を縮めた。

 加速した大獄は赤狒々の不意を完全についた。

 拳を構え、赤狒々の顔面へと叩き込んだ。

 吹き出す血と共に赤狒々が舞う。受け身を取る素振りも見せない。

 すうんと地面に巨体が沈んだ。


「終わった」


 大獄は勝負に勝った嬉しさなど微塵も見せない表情でナハトの方を向いて、淡々と報告した。


 バシャリと赤狒々の顔に水がかけられる。

 薄目を開けた赤狒々を二人は見下ろすように見ていた。


「攫った人と奪った作物は?」

「ガハハッ、言うわけねえだろ」


 体が動かないのか、上を向いたまま笑う。

 その様子を見て、ため息を一つついた大獄は拳を掲げる。

 その拳には血管が浮かび上がり、先程赤狒々に叩き込んだものよりも力がこもっていた。


「殺す。今度は気絶なんてさせない。頭蓋を砕く。その後、くまなく探す。それでいい?」

「ガハハハッ!!そうしろ!この世は食うか食われるかだ!情けはいらねえぜ!」

(やはりこいつ…)

「そうなんだ。じゃあ――」

「待つのじゃ!」

「ナハト?」


 何かに気づいたナハトは拳を振り降ろそうとした大獄を静止させた。


「お前、何かあるならさっさと吐け!」

「ガハハッ!!何だ!!役人ごっこか!?」

「私は最強だから分かる!確かにお前は強かったが、明らかに本気ではなかった!それに潔すぎるのも引っかかる!何か理由があるんじゃないのか!?」

「ガハハッ、なんだそりゃあ!俺様は本気だったぜ!」

「だってさ」

「ぐむっ…!」


 ナハトの指摘を笑い飛ばす赤狒々に大獄も乗っかる。

 味方のいない状況に言葉が詰まる。

 大獄はすぐに赤狒々に視線を移して、腰を下ろす。


「本気じゃなかったのは確か。どうしたの?」

「そりゃあ…」

「やめてください!」


 黒髪の少女が大声を上げて、赤狒々に駆け寄ってきた。

 少女の体は瘦せ細り、髪に艶がない。まだ誘拐されて一日しか立っていないのに不自然な健康状態。

 少女は赤狒々に駆け寄ると庇うように覆いかぶさる。


「お前は誰じゃ?」

「お静!さっさと離れろ!」

「いいえ、赤狒々様が村のせいで殺されるなんて私は見たくありません」

「どういうことじゃ?」

「ちっ…」


 明らかに訳ありな雰囲気にナハトは訝し気に問う。

 赤狒々は諦めた顔で舌打ちをし、先程までの勢いは鳴りを潜めるた。


「元々赤狒々様は害獣を追っ払う守り神のような方でした。近年はそのおかげか収穫量も上がりました。しかし幕府から文が届き、その内容は納める年貢を前年度の倍。もし出来なければ領地没収でこの村は取り潰しされると書かれていました。村長は大名の屋敷に赴いて、陳情するように願い出ました。結果は藩主からつっぱねられたとのことで諦めざるを得なくなり、無理して働き続けたことで過労で倒れた者も出ました。赤狒々様は対処の出来ない妖怪による仕業にすれば情状酌量の余地は得られるかもしれないと言って、このような芝居を打ってくれた恩人なんです」

「害獣被害は関与しない。でも兵が必要な強力な妖怪に対してはある程度保証が利く。聞いたことがある」


 この制度は田畑を荒らされ、幕府からのお目こぼしが貰えなかった村人達が妖怪に対処しようと戦いを挑み、返り討ちにあって人が減った結果、納められる税が少なくなったのが始まりだ。

 妖王と意見交換した幕府は詐欺被害を防ぐために必ず、妖怪の死体を持ち帰ることを条件に賛同を得られた。狒々、ましてや赤狒々は討伐隊を編成しなければいけないほどの相手であり、保証されるには十分な理由になる。

 赤狒々が持ちかけた提案はそれに沿ったものだった。


「全部バラしたら意味ねえじゃねえか…」

「優しい」

「ガハハ…笑えねえ…。俺が退治されれば村人の嘘ではないって証明になる。それで終わりだったのによ。情けねえ…」


 笑いながらも顔を腕で覆い隠す。

 その様子を見たナハトが顔を歪めて怒り出した、


「そんなわけあるか!」

「!?」

「お前は村を守ろうとしたのじゃろう!?私はお前が情けないなんて思わぬ!!」

「くっ…ガハハッ…」

「赤狒々様、ごめんなさい…」

「全く、為政者は勝手なものじゃ!私が鳳珠国に行ったら責任者をぶん殴ってやる!」


 ナハトは腕を組んで怒りを露にする。

 それを無視して大獄は少女に歩み寄る。


「幕府からの文は残ってる?」

「はい…、村に行けばあります」

「帰りに寄る」

「取り敢えず取り潰しになんてさせん!私に任せろ!」

「は、はい!どなたか存じ上げませんが、よろしくお願いします」

「ナハト・アストロンじゃ!最強の魔王ぞ!覚えておけ!」

「じゃあね。もう暗くなるから気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 村に寄った二人は帰り道を二人で歩む。

 お喋りなナハトが相当頭に来ているのか、黙ったまま歩いている。


「ナハト、ありがとう」

「突然どうした!?」

「止めてくれなければ殺してた」

「…ああ、赤狒々の時か。魔王の手腕ってやつじゃ!もし違和感があるなら体を張ってでも仲裁するのが役目じゃったからの!」

「元でしょ?」

「ぐっ…少しは優してくれ…」

「このまま孤瀛で暮らす?」

「いや、力が戻り、私の配下が準備が出来たら元に国に帰るぞ」

「夢は諦めないの?」

「諦めぬ!人と魔族は相容れぬかもしれない。もしかしたら人と魔族のどちらかが滅びるまで戦争を繰り返すかもしれぬ。しかし時間をかけてお互いに認め合い、戦争なんぞ起こらずに同じ大陸で暮らせる。そんな未来があるかもしれない!そう思えたのじゃ!」

「よかったね」

「うむ!」


 どこまでも前向きなナハトに少しだけ笑みを見せた。

 日が山にかかって、太陽が二人を眩しく照らした。

 夜が更ける前に帰れた二人を見て、お菊は安心して準備していた夕食を振舞った。

 孤瀛の料理に舌鼓を打ったナハトは早々に床について眠る。

 その夜、大獄は読書に耽っていた栖雲に声をかけて、例の文を見せた。


「これが村に来た文とやらかしら?」

「そう」

「印鑑まで偽装するなんて悪質な悪戯極まりないわ」

「文を渡した人は幕府の役人を名乗ったらしい」

「昨日、藩主の元に挨拶に行った時にはそんな話はされなかったわ」

「犯人分かる?」

「大がかりな準備を難なくこなし、この手の混乱を娯楽として楽しむ者なら心当たりがあるわ。時が来たら教えてあげるから今は我慢しなさい」

「うん」


 大獄は素直に頷いて、部屋を出る。

 栖雲は文を折り畳み、本の脇に置いた。


「さて、どうしたものかしら」


 夜なのにカラスが鳴いている。どこか不吉さを感じさせる外を栖雲は見つめた。

一口解説


狒々

老いた猿が妖怪化した存在を狒々という。

怪力を有しており、非常に獰猛。更には知能も高く、覚の様に人の心を読むことが出来る。

その上超常的な力を持っており、黒部谷に伝わる逸話で出てきた狒々は風雲を起こして、その中を飛び回ったというチート過ぎる性能を持っている。

ゆる△キャンで有名になった霊犬早太郎によって退治されている。

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