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壱話 手枷をつけた鬼・前編

「はっ!ここは!?」


敷布団の中で見上げた天井は見慣れないもので、ナハトは布団を跳ね除けて起き上がった。


(私は確か孤瀛を目指して、それで…)


 冷たい液体に次第に体温が奪われていく感覚と吐き出した気泡が耳を打ったのを思い出した。

 周りを見渡す。一面は木造。窓や扉と思わしきものは障子。床に敷かれているのは畳。

 馴染みのない畳を触って、不思議な感触に首を捻る。

 すると障子の先から取っ手に手をかける音が聞こえた。


「あら、起きたのですね。よかった」


 肩まで着物が下がった花魁のような格好。艶のある黒髪に、簪を身に着けた人物が部屋に入ってきた。

 手には煙管。くゆりと煙を吹かせた後にナハトを見下ろした。


「お前は誰じゃ?」

「あら、覚えていませんか?」

「ん!?いや待て。確か…どこかで見たことあるような気がするぞ」


 驚く相手にナハトは手を伸ばして静止させた後、手を組んで記憶を辿った。

 三分くらいが経過した頃、閃いたナハトは手を打って笑顔で指を突きつけた。


「お前はあれじゃ!前に私の国に来た使節団の一人じゃろう!?

「よかった。ちゃんと覚えてらしたんですね」

(ふう、危なかった…)

「直接挨拶したのですが、名前は覚えていますか?」

「うぇっ!!な、名前じゃと!?」

「はい」

「………………」


 名前を聞かれたナハトは胡坐を組んだまま考え込む。


(黙っていたら名乗ってくれんかの…)


 名前が出てこない。静寂が場を支配し。痺れをきらせて煙管から煙を吸い込んで吐き出した後に少し困った顔で口を開いた。


「幕府相談役の栖雲泰華すぐもたいかと申します」

「あっ!あー、いや、覚えていたぞ!」

「本当ですか?」

「すまん。忘れておった」

「でしょうね」

「というか栖雲がいるということはここは孤瀛か!?」

「はい」

「や、やったぞ!私は孤瀛に辿り着いた!ひゃっほー!」


 ナハトは立ち上がって、今にも踊りだしそうなくらい全身全霊で喜んだ。

 その姿には流石の栖雲も引いているが、ナハトはそれに気づいていない。

 栖雲は少しため息を吐いて、手を叩いて祝福した。


「ええ、おめでとうございます。漁師があなたを発見したらしく、通報を受けて特徴を聞いたらナハト様に一致すると思い、迎えに行ったのですよ」

「ありがたい。しかし栖雲、お前はこんなところに暮らしているのか」

「いえ、ここの家主の遠野さんは奥さんと旅行中ですので代わりに店番しているのですよ」

「……?それはお前がしなくちゃいけないことなのか?」

「ええ、ここでの拠点が欲しかったので丁度良かったのですよ」

「よく分からんな」


 ナハトは再び首を捻った。それに対して栖雲はまあまあと手をひらひらとさせた。


「栖雲様、ナハト様は起きられたのですか?」

「ああ、お菊。いいところにきた。簡単な食事を用意してちょうだい」

「簡単なものと言いますと、大獄に持たせようとしていたおにぎりがありますよ」

「それでいいわ。彼女は三日間も眠っていたのよ。きっとお腹が減っているわ」

「むっ…確かに」


 お菊と呼ばれた質素な和服に身を包んだ黒髪の女性が栖雲の後ろから訪ねてきた。

 意識して腹の音を鳴らしたナハトを見て、少し微笑んで台所に向かっていった。


「ナハト様、居間にどうぞ」

「うむ!」


 ナハトは居間に向かうと、軒に座って足をぷらぷら揺らしている少年がいた。

 人が入ってきたのにも関わらずに無関心を貫き、地面を移動する飛蝗を見つめていた。


「大獄、おいで」

「ん」

「あ、ありがたい」


 短く返事すると少年は立ち上がって座布団を二枚運んできて、一枚をナハトの前に無言で渡す。

 特徴的な少年だった。目が隠れるほど長い前髪のおかっぱ。紐の結んでいない七分丈の水色の羽織を羽織り、中には腹掛け。サムエルパンツのようにぶかぶかな股引。そして胸にはきらりと光を反射する石を中心に添えた首飾り。

 ナハトの目を引いたのはその両腕から垂れた手枷。鎖の先には青を基調としたメノウのような鉄球。そして頭に生えた青白い角だった。


「な、なあ、栖雲。奴はキュクロプスなのか?」


 魔族で一角の種族は限られている。一部のドラゴンやユニコーン。人間と同じ二足歩行のものならキュクロプスくらいだった。

 耳打ちしてきたナハトに栖雲は首を振って否定した。


「いいえ、違います。あなたの国でいうとそうですね。…オーガという種族に近いですね」

「オーガだと!?とてもそうは見えぬぞ!子供ですらこやつの倍以上の体格をしておる!」

「ナハト様、ここは孤瀛です。そして彼は魔族ではなく、妖怪です。ご自身と常識と照らし合わせるのは無粋ですよ」

「すまぬ。そうだ。ここは孤瀛で、こやつは妖怪じゃった」


 こんこんと拳で頭を叩いて、反省する。対して大獄と呼ばれた少年はさっさと座布団を敷いて座り、外を眺めていた。

 栖雲は予め置かれていた座布団に座るとそれに習って、ナハトは座布団を床に敷いて座った。

 お菊は握り飯と急ごしらえの味噌汁が乗ったお盆からナハトの前に配置された箱膳に移した。

 握り飯は白米を俵型に結んだものではなく、葱や味付けされた天かすで彩られた特徴的な握り飯だった。


「たぬきむすびと味噌汁です」

「たぬきむすび?これは一般的なものなのか?」

「いや、これは化け狸が好んで食べる御結びです。美味しいですよ」

「ほう。これは何じゃ?」

「箸です。このように使うのですよ」

「む。貸してみろ。うーん…わ、分からん。もう一度見せてくれ」


 卓袱台から箸を拾い上げるとかちかちと先端を合わせて見せた。栖雲の真似をしようとしたナハトは持ち方が分からずに苦戦する。


「後で教えますので今回は棒のように持っても問題ないですよ。握り飯は手づかみでお食べ下さい」

「うむ!分かった!」


 握り飯を手に取って口に運ぶ。


「美味い!ライスは初めて食べたが、これはいけるぞ!それに味付けもいい!お菊と言ったか!?」

「はい」

「実にいい仕事だ!私は満足してるぞ!」

「ありがとうございます」

「この味噌汁というスープもいい!初めて飲むが、癖がなくてこのたぬきむすびとやらに会うぞ!」


 笑顔で食べるナハトにいつの間にか視線を向いていた大獄はその様子を向けて、腹の音を鳴らした。

 気が付いたナハトは二個しかない握り飯の一つを手に取って、大獄に差し出した。


「何じゃ。腹を空かせていたのか」

「ありがとう」

「うむ!」


 礼を言われたナハトは笑顔で頷いた、大獄は両手で握り飯を持つとそれを一口で口の中に納めた。

 行儀はよくないが、それについて栖雲やお菊は指摘しなかった。

 お菊は栖雲の後ろにゆっくりと腰を下ろして、正座する。


「ここは遠野家。遠野さんに代わって僕は今、手配師をしています」

「手配師?」

「依頼された仕事を斡旋するところです」

「ギルドのような仕事か!」

「そうですね。こちらは個人経営なのでまた少し違いますが、概ねその認識で間違いありません」

「彼女はこの遠野家でお手伝いをしているお菊です」

「先程のたぬきむすび見事だったぞ!」

「ありがとございます」

「そして彼は大獄童子。僕が旅の途中で拾った鬼です。少し口下手ですが、仲良くしてください」

「よろしくな!」

「よろしく」


 恭しく頭を下げるお菊と差し出された手を握る大獄。

 紹介が終わったのか、煙管を吸って一息ついた。


「知り合いにあなたの状態を見てもらいましたが、あなたは魔術を巡らせる神経が傷ついています。診断結果としましては初級魔術までなら少しの時間で発動できますが、中級以上になるとより発動までの時間がかかるようになっているようです。魔導王国が滅び、魔王という地位を追われたのを存じていますが、幕府としてはあなたを食客として保護する意向を示しています。しかし現在、受け入れの準備が出来ていないので少しの間、ここで滞在してもらいます。ご容赦ください」

「構わん!布団というのも寝心地いいし、飯も美味い!満足しているぞ!」


 屈託のない笑顔のナハトに栖雲も笑顔で応じた。


「ありがとうございます。ナハト様におかれましてはこちらで養生に勤めてください」

「それなのだが、私は何もしないというのが嫌いでな、ただ世話になるというのも忍びないので仕事を紹介してくれないか?」

「こちらに来る依頼は危険なものばかりです。家事手伝いでしたら問題ないのですが…」

「それでは私の気が収まらん!危険な仕事なら私にうってつけじゃ!」


 ナハトの我がままに栖雲は少し考えこんだ。そして大獄に目配りをする。


「うーん…大獄、ナハト様を守れるかしら?」

「命令なら」

「なら命に代えても守ってちょうだい」

「うん」


 命に代えてもという重い言葉にも大獄は表情一つ変えずに首を縦に振った。

 栖雲は煙管に口をつけた後にナハトに向き直ると真剣な表情を向ける。


「ナハト様、あなたは幕府で保護されるまでは食客ではありません。怪我をしても全てが自己責任です。それでもよろしいですか?」

「うむ!構わん!」

「分かりました。では今この依頼が残っていますのでお二人にお願いします」


 大獄は手渡された紙を受け取った。ナハトも大獄の隣に移動して、依頼内容を覗き込んだ。


「これは…」

「狒々退治です。どうやらここから少し離れた村で娘が狒々に連れ去られ、収穫したての米が奪われたと通報がありまして、それがこちらに回ってきたということです。いうなれば雑用ですね」


 ナハトは眉をひそめた。大獄は内容を理解して立ち上がって、戸口に向けて歩き出した。


「行ってくる」

「おい、私を置いていくな!」


 大獄の背を追って、ナハトも急いで駆け出した。

一口解説


超常的な力を持っている妖怪の中でもトップクラスの強さを持つ種族。

酒呑童子等の悪鬼が有名だが、村を守る強い存在として崇められたり、更には神として奉る神社もある。

対してオーガは人や物に化ける力はあったものの、知能はなくて臆病だという。

人食いという一面で鬼と混同される。

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