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玖話 宮繰姫・後編

 大獄は異形を殴り飛ばすと、そのまま首が飛んで血を吹き出しながら痙攣を始めた。


「ふうっ…」


 戦闘不能になった巨体を見上げながら顔についた返り血を拭いとる。

 強かったみたいだが、本気を出した大獄には敵わなかった。

 地面は大きくえぐれて、綺麗だった庭園は台無しになっている。

 そんな一息ついたタイミングで屋敷が爆発した。

 天井は空高く打ち上げられて、木片が降り注ぐ。

 

「何?」


 新手かと思った大獄は警戒心を強めた。

 だが何かを感じ取って拳を緩めた。


「…呼んでる」


 そう呟くと栖雲の命令を無視して、ふらふらと千鳥足で屋敷の中へと入っていった。




 宮繰姫はくいっと指を折ると先程の衝撃で吹き飛ばされた大名が突進してきた。


「――――!」


 栖雲は慌てて扇を振るう手を止めると大名に対して手を伸ばして、大名を結界の中に閉じ込めた。


「そうするよね。だって今のあなたに触れたらその人、消し飛んじゃうものね」

「やってくれるわね」

「ほらほら、まだまだいるわよ」


 宮繰姫はそう掛け声を上げると、大名の側室やその子供も駆け寄ってくる。

 栖雲は指で宙を切ると全員が結界に囚われた。


「さてと…」


 再び爆発と共に結界が破壊される。これだけ大きな力を振るっても宮繰姫は汗一つかいていない。

 弱い十数年しか生きていない少女なのにも関わらず、内包している力だけならナハトと同等だというかというとそうではない。

 宮繰姫は電気信号を送るように周囲の精霊を操り、その力を放出しているだけに過ぎない。

 リモコンに使う電力のように小さな力で、対象の限界を引き出せるのが彼女の強みなのだ。


「栖雲、油断しちゃだめだよ?」


 ジャリジャリジャリと鎖同士が擦れる音が栖雲の後ろから響いた。

 背中に寒気を感じて、栖雲は「端」と唱えると瞬間移動した。

 遅れて激しい爆発と共に大獄が砂煙を払って現れた。

 目には殺意を宿し、慕っていたはずの大獄を敵視している。


「誤算だったわ。二年前より効果範囲が広がっているわね」

「修行って地味なのに辛いもの多くてさ。でも栖雲と殺し合いたいから頑張っちゃった。褒めて褒めて!」

「とことん僕を不快にさせてくれるわね。君の目的は何なのかしら?二年前が初顔合わせだったって記憶しているわ」


 栖雲は宮繰姫の確信に触れるような質問をする。

 宮繰姫は胸に秘めた想いを告げる少女のように胸を手のひらで抑えた。


「えー、覚えてないの?会うのはこれで三度目だよ」

「三度目?」

「そうだよー。もー、覚えてないの?」

「覚えていないわ。よければいつ会ったのか教えてくれないかしら?」

「だめー!私にとっては記念日だから毎年祝っているのに酷いよ…」


 大獄が後ろから殴りかかるが、それを後ろに少し手を向けると大獄は栖雲の前から見えない境界に飲まれて五メートルほど離れた地面に着地した。

 宮繰姫はいーっと歯を見せて手でバッテンを作った。そして俯いて悲しそうに地面を蹴った。


「でもでも私の夢は教えてあげる!だって好きな人と共有したいじゃん!」


 拳を胸の前でぎゅっと握り、目を閉じてふるふると体を振るわせたかと思うと下げていた頭を少し上げて語りだす。 


「この島国を、ううん――」


 首を振って、頬を赤らめてにやりと笑う。


「世界の方がいいかな?地獄に変えて、二人でそこで結婚式を挙げるの。みんな私達を祝福しながら殺し合って、笑いと喜びの声が止んだら誰もいなくなった世界でまずは口づけをして、お互いの舌を食べ合った後に目玉を食べて、そのまま体を引き裂き合って臓物を食べて死ぬの。そしたら二人で死んで手をつないで黄泉に行くの。素敵でしょ?私の大切な仲間も呼ぶから栖雲も友達や親戚呼んでいいからね」

「狂ってる」


 手に頬を当てて、体をくねらせながらまるで二人の夢を語るかのように一方的に狂った発言を押し付けてくる宮繰姫に思わず眉を潜めた。


「それにしても本当にその子、大獄童子?魍魎の匣の生き残りにしては弱いと思わない?」

「…何が言いたいのかしら?」

「うーん、分からないけれど、二つ可能性があると思うの」


 大獄は尚も必死に襲い掛かるも、栖雲の端境術でいなされる。

 宮繰姫は真面目な顔をして、腰に手を当て、指を立てる。


「その子が実は本当は大獄童子ではないとか力を誰かに奪われたとか…かな?どう!?当たってる?」

「いずれも外れよ。悪いけれど終わりにさせてもらうわ」


 栖雲は扇子を水平にして、目を閉じる。世界が一瞬静まり返る。

 そしてゆっくりと目を開けるとこう唱えた。


「絶界」


 刹那、宮繰姫の腹の辺りで空間に歪みが生じた。

 その空間が横にすっと伸びるとまるで空間が切り取られたかのように宮繰姫の背中の景色が映った。

 線はテレビが消えるようにぷつんとなくなり、宮繰姫はお腹の辺りに触れた。


「あれ?」


 宮繰姫は腹の辺りの服が切れていることに気づく。

 遅れて血が滲んできたかと思ったら上半身が傾いて、地面にべちゃりと落ちた。

 血が噴水のように噴出した後に下半身も遅れて倒れる。宮繰姫の目に自分の下半身が映った。


「君は一人で死ぬといい。鬼道を扱う君にとってはお似合いの最期だ」

「あははっ…」


 冷ややかな視線をぶつける栖雲に対して宮繰姫は口角を上げて笑った。


「あはははははははっ!」


 血が広がり、生きているのも不思議な状態にも関わらず宮繰姫は大声で笑いだす。

 栖雲は警戒を強めると後ろで呻き声が聞こえた。

 振り向くと大名や妾、子供が自分自身の首を締めていた。


(術が解けてない…!?)


 驚愕した栖雲はすぐさま懐から札を取り出すと結界を解いて三人に投げつける。

 だがその札が届く前に鉄球に札を全て撃ち落される。

 先程、殺意剝き出しで襲ってきたはずの大獄は何故か三人を守るように立ちふさがっている。


「今日は挨拶に来ただけだよ。いつか世界を滅ぼして、式場を整えるからゆっくり待っててね、栖雲」

「ぐっ…」


 宮繰姫の体がいつの間にか老婆になっていた。

 明らかに宮繰姫ではない別人だった。響く声はどこから聞こえてきているのか分からない。

 それら全てが鬼道によるものなのかどうかされも栖雲には判断がつかない。


(変わり身…?まさか幻覚を見せられていたというの!?いや――)


 栖雲は冷静になって、これまで術へ警戒していた自分を振り返り、その考えが間違えだと気づいて新たな考えに行きついた。


(この女性を鬼道で宮繰姫だと自覚させて、精神から肉体まで変化をさせていたというの!?)


 時に精神は肉体に作用し、それは科学の歴史が証明している。

 その究極系というべきか宮繰姫は替え玉として用いた女性の精神に作用して肉体を宮繰姫に変化させていたのだ。

 動揺している栖雲の後ろで呻き声が聞こえた。


「ぐっ…があぇ…」


 泡を吹き出しながら自らの首を締めるのを止めない三人の鬼道を解くために栖雲は「端」と唱えて大名達の後ろ側に回ったが、それに反応した大獄は鉄球を投げつける。

 札を取り出す間もなく栖雲は鉄球を回避せざるをえなくなり、とんと横に飛んで避けた。


(駄目。間に合わないわ…!)

「スリープ!」


 空から声が木霊すると同時に三人の腕の力が徐々に緩んでいく。

 薄目になって体が左右に揺れ、三人はことんと地面に倒れこむとそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。


「どういう状況じゃ!栖雲、説明せい!」

「いいところに来てくれたわね。正直、助かったわ」


 ナハトが翼を広げて、困惑しながら栖雲に問いかける。

 三人が昏倒したことに安心した栖雲に油断が生まれた。


「お、おい!大獄!何をしておる!」

「――――!?」


 二人が目を放している内に大獄は落ちていた刀を心臓部分に当てるとそのまま力を込めて押し込もうとした。


「やめ――」


 栖雲は手を伸ばして制止しようとしたが、距離が離れているためにその手はどれだけ伸ばそうと届かない。

 今から空間を捻じ曲げて移動しようとも間に合うはずがない。

 ナハトも間に合わないと分かっても翼を広げて急降下する。

 ぷつりと刀の先端が肌に刺さって血が滲む。

 その瞬間、鉄球から光が放たれた。

 その光が大獄をも飲み込む。


「うっ…なんじゃ!この光は!?」


 ナハトは動きを止めて、手で光を遮った。

 徐々に光は弱くなり、徐々に大獄の姿が現れた。

 二人の目に刀を手放して、倒れ伏した大獄の姿が映った。

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