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捌話 大名屋敷突入

 大獄は最後まで意識を失わなかった兵士に首を捻って問う。


「帰りたい?」

「くっ、この…化け物めえええええぇ!!ぐぼあっ!!」


 兵士は立ち上がって槍を突き出すが、大獄は槍を掴んでそのまま拳を顔にめり込ませた。

 たまらず兵士は後ろへと吹っ飛んで倒れ、そのまま意識を失った。

 化け物と呼ばれた大獄は眉を八の字にする。


「傷つく」

「殆ど大獄がやってしまったな」

「これ、追加の水剤」

「助かる…。刀傷は初めて受けたが、かなり痛いのう」


 水剤を被ると初級の回復魔術では止まり切らなかった血が止まえい、少しだけ傷が塞がった。

 ナハトは傷を撫でながら苦悶の表情を浮かべる。


「鉈とか違って鋭利」

「じゃな。西の剣と違ってここまで鋭利に出来るのは末恐ろしい。しかしあれだけ細いと刃こぼれや折れるじゃろう?」

「使うのが難しい。僕は使えない」

「確かに大獄の力で振るったら一発で折れるじゃろうな」


 ナハトは刀を拾い上げて、ぶんと力任せに振るう。

 技術はないために格好がつかず、満足すると放り投げた。


「おーい!全員、無事だったぞ!」

「よし、このまま遠野家に行くぞ!」

「許可取った?」

「緊急事態じゃ!事後承諾で行くぞ!」


 大所帯が遠野家まで走る。途中岡っ引に追われるものの、しんがりを勤めた大獄によって薙ぎ払われた。

 遠野家に帰るとお菊が出迎えた。予想していたのか、甲斐田達を空き部屋に案内した。

 人数が人数なだけにすし詰め状態になっているが、誰一人として不満を口にしない。


「ここなら追手が来ても問題ないわ」

「すまねえ。恩に着る」

「構わないわ。困った時はお互い様よ」


 そういうと栖雲は甲斐田に背を向けて歩き出した。

 居間にはナハトが腕を組んで胡坐をかいており、大獄は外からの風を受けながら棒立ちしている。


「栖雲、あの兵士達はなんとかならんのか?」

「そうですね。外の兵士達は藩主が抱えている兵士達によって取り押さえられると思います」

「対応が早いと思うの僕だけ?」

「どういうことじゃ?」

「兵は準備必要。今回は甲斐田達の襲撃から役人の手回し、大名の兵士の派遣の一連の流れが早かった」

「あら?聡いわね、大獄」

「誰も分かる。何が起きてる?」

「そうですね。現在、大名は悪い人間に操られていると言えば分かりやすいですか?」

「…残火のこりび?」

「大獄、残火とは何じゃ?」

「まだ捕まってない罪人は手配書に書かれて全国に回って情報共有される。そういった人はすぐ捕まる。でも役人も手を出すのを控えるほど危険な罪人がいる。未だ捕まらず被害を広げている災厄的存在が残火。手配書が焦げ付くほど放置されて、残った火が周囲に広がることから来てるって話」

「そんな危険な存在がおるのか。もしやそやつらが関係しているのか?」

「そうですね。ですので――」


 栖雲はすっと指を走らせる。するとナハトの周囲を見えない何かが覆った。

 ナハトはその異変を感じ取ったのか不意に立ち上がって、手を伸ばした。

 手は伸ばしきる前に宙で制止し、パントマイムのような動きをナハトは繰り返す。


「むっ!何じゃ!?これは!」

「今回はお休みください。今のナハト様では犬死するだけです」

「こんなもの――!」


 魔術を構成する。両手に作られた魔術に魔力が収縮し、魔法陣に光が灯る。

 魔力を凝縮した魔力弾を準備し始める。その様子を見ても栖雲も大獄も顔色一つ変えない。


「アルテマ!」


 ナハトの近距離で爆発した魔力弾にナハトが煽られる。


「ごほあっ!」


 発散した魔力が光となってナハトの周りに降り注ぐ。

 ナハトの魔力弾もといアルテマを受けた障壁に変化はなく、ナハトの自由を奪い続ける。


「端境、または結界と呼ばれている術です。その中と僕達がいる空間は異なりますので空間を歪ませるほどの攻撃でなければこちらに来ることは出来ません」

「くっ!何じゃ!?その妙な術は!?」

「大獄は大名の屋敷に派遣しますが、あなたはそれについていくでしょう。予想が難しいあなたの行動では計画に支障が出る可能性があるのですよ」

「なら指示に従う!危険な場所に行くというのに大獄一人で行かせる方がどうかしている!」

「栖雲、別に構わない」

「そんな顔しないでちょうだい。ならこうしましょう。ナハト様がそこから出てこれるようなら許可するわ」

「出来るわけ…」

「大丈夫じゃ。栖雲、こんなことで私を縛れると思うなよ」

「楽しみにしています。お菊、お豊代に火狩の任を急がせなさい」

「分かりました」

「大獄、指示を伝えるわ」


 栖雲は大獄を引き連れて、一畳の空間に縛られたナハトを残して居間を出た。


『大獄には屋敷の庭の兵の梅雨払いをお願いするわ。それが終われば後は僕達がやるわ。けして奥まで進まないこと。それだけは守ってちょうだい』


 大獄は栖雲の指示を思い出して大名屋敷に生えている庭園の木の枝の上から屋敷全体を俯瞰する。

 巡回中の兵士達がいるが、猫背になって口を開き、だらだらと歩いている。


(…生気を感じない。本当に人間?)


 観察を続けていると大獄の気配を察知した兵士がぐるりと首の骨の仕組みを無視して顔を向けた。


「―――!?」


 その動きに動揺した大獄は鉄球を飛ばすと人とは思えない俊敏さでその場から跳ねて攻撃を避けた。

 音を聞きつけてぞろぞろと兵達が集まってくる。

 居場所が割れた大獄は木から下りて、兵士達と向き合う。


「人とも妖怪とも違う気配。怪異?」


 大獄は首を捻りながら聞くと兵士達は体が変形していき、各々が生物としての利便性を欠いた生命体へと変化した。

 各々の体の一部分が異常に伸びて、大獄を害するために迫る。

 大獄は鉄球の鎖を短く持って、何度も振り回しながら払いのけるともう一方の鉄球を投げて一列に並んでいた異形をぶち抜いた。


(一体一体弱い)


 異形は悲鳴を上げながら体から血を吹き出しながら苦しむ。

 そんな仲間を無視して無事な異形達は攻撃を続ける。

 数が減ったうえに攻撃は単調。大獄はその攻撃をいなして、距離を詰めるとどんどんと異形を退治していく。

 後ろから腕を何十本もまとめて空を飛んで来た異形による不意打ちも体を低くして避けると翼になっていた部分の先端を掴むと無理矢理引き千切り、悲鳴を上げた異形の体の中心に拳を叩き込んで大きな穴を開けた。

 淡々と処理していく大獄の上に黒い影が差す。


 「ん」


 大獄は後ろに跳ねると着地地点にいた異形を踏み潰して現れた。


「オオオオオオオオッ!!」


 知性を感じない巨漢で二つの頭を持つ毛深い巨漢が手を大きく広げて雄たけびを上げた。

 その爆音に池の水面は飛沫を上げ、砂埃が舞い、木々は揺れて、木の葉が舞う。


「煩い」


 耳を塞ぎ、迷惑そうに眉を潜めた大獄は耳から手を放して拳を構えた。


 一方その頃、天井からこんこんと音が聞こえて、紐で縛られた紙束が落ちてきて、それを拾い上げた栖雲は想定外の出来事に眉間を抑えてため息を吐いた。


「はぁ…報告書をこんな枚数寄越すなんて非常識だわ…」


 そう失念の様子を見せると動揺したのか天井裏でがたごとと何かが音を立てた。

 栖雲はパラパラと紙束を手に持って捲り、簡単に速読するとそのまま一敗目を叩いた。


「怪異は騒ぎにならない範囲で退治済みね。なら予定通り藩主の元に行って護衛を開始しなさい」

「ご、護衛は既に…」

「分身だけでは万全じゃないわ。何かあったら連絡するから早く行きなさい。僕が動けば宮繰姫も動き出すわ。そうすれば同行しているまがつも動き出すでしょう?」

「は、はい」

「後、いくら慎重だからって的外れな場所を探すのは今後は控えてちょうだい」

「わ、分かりま…した」


 そう弱弱しい声で了解すると天井から物音が途絶えた。

 栖雲は土居に綺麗に並べられている漆に桜の文様の入ったお洒落な草履を履くと「端」と一言発する。

 お菊は栖雲の背中に「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。

 栖雲が一歩踏み出すと栖雲の体は虚空に消えた。

一口解説


結界

古神道や密教に伝わる空間を断絶して、神域化して災厄などから防ぐ術。

古神道では端境と呼ばれており、神域や現世等の境を示すものでもあった。

西洋にも魔法円という似たようなものがあり、邪念等を寄せ付けないようにする今でいう瞑想のような効果があった。

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