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漆話 奉行所・後編

「はあ!」


 ナハトは魔力弾を撃つ。

 丸まった光の球体が山内に向かって飛ぶ。

 山内は懐から札を取り出して、魔力弾に向けて投げつけると弾ける音と共に魔力弾が消える。


「うえっ!何で!?」

「陰陽術を少しかじっていてな。そんな攻撃じゃ私は止められん!」

「くっ…!」

「それそれそれ!どうした!隠し芸は終わりか!?」


 刀を幾度も振ってナハトを追い詰める。

 そのたびにナハトは後ろへと飛んで山内の速度に追いつかれないよう逃げ回る。


(距離と取って魔術を撃つ暇を与えない気か!なら…!)

「ふっ!」

「なっ!きゃあっ!」


 札を再び投げ、ナハトに貼り付くと札は光出してナハトは弾き飛ばされた。

 そのせいか壁へと叩きつけられて背中を打ち付ける。

 貼りついた場所も肌が焼かれて煙を出す。


「う…ぐ…」

「隙だらけだぞ?」

「くっ!」


 手を前に出して、構成した防壁で刀を受け止める。

 ギリギリと音を立てているものの、防壁は破られる気配はない。


「珍妙な術を使うようだな。しかしそれも私の術の前では無力だ」

「が…あっ…!」


 札が防壁に貼りつくとガラスを鎚で打たれたように弾けて、そのまま刀を抑えていた壁がなくなって肩から胸へと斬られる。

 表現できない痛みがナハトを襲い、呻き声を上げてしまう。


「終わりだ」

「終わりは…お前じゃ!アルテマ!」


 後ろ手に構成していた魔術を展開し、再び魔力弾を山内に撃つ。

 しかしその魔力弾が到達する前に取り出された札で魔力弾は消し飛ばされて、山内は再び刀を振り降ろしてナハトの左肩から胸にかけて斬られる。

 ナハトは涙目になって大口を開けて悲鳴を上げた。


「ぎっ…あああああ!」

「咄嗟に避けたか。反射神経はいいみたいだな」

「はあ…はあ…」

「これは…魔力か。成る程な」


 ナハトは痛みと出血で呼吸を荒げる。

 山内は刀をくるくると蜘蛛の糸を巻き取るように動かす。

 得心がいったようにナハトの力の根源を暴いて頷く。


「この国にもあるのか?」

「あるぞ。凍極国には魔術師組合があるからな。実際に見るのは初めてだが、成る程。これは相性がいい」

「合点がいったぞ。私を診断したのはこの国の魔術師だったのじゃな」


 山内はこの国に魔術師がいることを明かすとナハトは傷を抑え、脂汗を流しながら口角を上げた。


「あまり詳しくはないが、魔術に対して魔を祓う陰陽術は効果的だ。大人しく降参すれば苦しまずに終わらせよう」

「冗談にしては面白くないな。もう一度言おう。私はここで死ぬ気はない」

「そうか。私は剣術も中途半端だから死ぬまで痛い思いをするやもしれんが構わんのだな?」

「ふん、私の意見は変わらんぞ」


 ナハトは追い込まれていながらも笑顔を浮かて、手を隠しながら、魔術を構成開始する。

 目ざとい山内は笑みを浮かべながら刀をナハトの後ろ手に向ける。


「私が話している間も魔術を構成しているな。成る程、西洋は戦争が盛んだという。今まで生きてこられたのも納得だ。だが――」


 札を三枚取り出して、ナハトに向けて投げつけようとする。


「こちらも準備を怠ってない」


 ナハトは翼を広げて札を避けて空へと飛び立つ。

 山内の後ろへと移動するが、すぐさま振り向いた山内は地面を蹴ってナハトに引き離されないよう追いながら懐から札を取り出そうとしている。


「逃げるか!?」

「いや――」


 ナハトは風の魔術を展開して、逆流させて自分の体を後方へと吹き飛ばす。

 あまりの勢いに山内は対応出来ずに頭上を通してしまう。


「退くつもりはない」

「服に…!?」


 ナハトはそのまま山内の背中に抱きつくと火の魔術で山内の服に火をつけた。

 燃え上がる服を脱ごうとするが、ナハトは刀を持っていない手を掴んでそれを阻止する。


「放せ!」

「悪さしているのはその札じゃな。なら全て焼き切る!」

「この阿呆めが!」


 山内は刀を脇腹ギリギリのところに刺す。

 服を突き破ってナハトの脇腹を貫く。

 血が逆流して、ナハトは口の中に血が溢れて吹き出す。


「ぐぶっ!」

「これで…何!?」

「アルテマアアアアァ!!」


 引き剝がせると思った山内は油断するが、ナハトは刀の痛みに耐えながらも山内の手を放さない。

 魔術を構成し、魔力弾を作り出すと空いた手を振り上げる。

 その様子に山内は焦ってしまい、刀を柄から手を放す。


(不味い…!札を…!焦げ付いている!?)


 懐を探って魔力弾を打ち消すための札を取り出そうとする。

 しかし札は服と一緒に焼かれており、効力を失っている。

 ナハトはボール大に肥大した魔力弾を山内の頭へとダンクした。

 ずんっと常劇で地面に波紋が広がる。


「ぐぼあっ!!」


 魔力弾を受けた山内は大きく頭を下げる。

 白目を向いて、唾を吐き出しながらゆっくりと倒れこむ。


「申し訳あり…ません…。宮繰…姫さ…」


 突っ伏し、意識も薄れた山内は手を伸ばしながら宮繰という謎の人物に謝罪しながらこと切れた。


「はっ…はっ…」


 痛みに耐えながら首を回して甲斐田を探す。


「甲斐田は…!?」

「こっちも終わったぜ…!」


 返り血と傷で血まみれになった服をまとう甲斐田が痛みで目を細めながら近づいてくる。


「酷い怪我ではないか!」

「そっちもだろ。派手にやったな。もう動けねえ…」


 甲斐田はその場に座り込んで、傷を抑えて息を大きく吐き出した。


「そこまでだ!」

「!?」

「奉行所での乱暴狼藉許せぬ!このまま捕縛させてもらおう!」

「なっ、増援か!?」


 役人達よりも明らかに整った装備まとう者達が門を潜りぬけてなだれ込んできた。

 甲斐田は目を見開いて驚きながら刀を強く握った。


「…まさか大名の兵士か?」

「…動けるか?」

「ああ、まだ…くっ…」


 なんとか体を動かそうとするものの、甲斐田は上げた膝を再び地面につけてしまう。

 ナハトは血が滴る胸に回復魔術を施して応急処置を施すとふらりと体を左右に揺されながらも立ち上がる。


「私がなんとか守ってやる。その内に逃げろ」

「馬鹿…野郎!ここまで来て…退けるか!」

「かかれ!」


 指令を飛ばした男の合図とともに兵士達は動き始めようとした。

 だがナハト達に襲い掛かることはなかった。

 何故なら大きな火花がいくつも行く手を塞ぎながら兵士達を吹き飛ばしたからだ。


「ぐおっ!」

「何だ!?」

「間に合った?」


 煙が舞い、混乱している兵士達。

 その煙を挟んでナハトの目の前に現れたのは鎖をじゃらりと響かせて舞い降りた大獄だった。


「ああ、いいタイミングじゃ」

「よかった」


 ナハトは親指を立てて、大獄を褒める。

 大獄の表情は変わらないが、言葉に安心と優しさが籠っていた。


「この…!」


 槍を突き出しながら襲い掛かる兵士に鉄球をぶつけて弾き飛ばす。

 態勢を立て直そうとする兵士達に再び花火玉が打ち込まれて混乱を長引かせる。


「ぐおっ、先程から何だこの砲撃は…!?」

「甲斐田さん!」

「哉屋!無事だったか!?」


 哉屋は甲斐田を心配して、塀を乗り越えて合流した。


「岡引に捕まりそうになったが、そこの大獄さんに助けてもらったんだ。持ってきた花火も少ないが、ここは命がけで守らせて下せえ。これ、水剤だ」

「助かったぜ。たあ命は賭けるな。てめえの命はてめえの仕事と家族のためにあんだ」

「甲斐田さん…」


 甲斐田は乱暴に水剤を体に振りかける。

 水剤が傷口に染み込むと血が徐々に止まり始めた。


「二人は家族の安否を確かめてこい!ここは大獄と私で十分じゃ!」

「助かる!」

「終わったら縁者と一緒に遠野家に来て」

「応っ!」


 二人はナハトと大獄に背を向けて走り出す。

 残る敵は大量の煙を吸い込んで頭がぼやけ、火傷を負った兵士達だけ。

 大獄の目には闘志はない。一人で三匹もの狒々を相手にした大獄にとって武装しているとはいえ、この人数の無名の兵士達では通常時でも相手にならない。

 どう見ても消化試合でしかなかった。

一口解説


魔術

最もと有名と思われる超自然的な力。

魔法ともいわれ、宗教人類学では呪術と同義とされている。

古代ギリシア時代から存在し、非科学的な力の代名詞でもあるために錬金術とは一線を画している。

日本では北海道のアイヌ伝承神話でウエソヨマという暗黒世界で邪神に仕える魔女が存在したという。

日本に魔術がどの時代から存在しているのか不明だが、幕末には和英語林集成には魔術の文字が登場している。

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