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陸話 帰り道

 ナハトは強化魔術をかけているらしく、哉屋と呼ばれた男を背負って飛んできた。

 血に染まった大獄を見て、顔を青くして寄ってくる。


「大獄、大丈夫か!?」

「うん。ナハトは?」

「私も無事じゃ!持っていた水剤が体の至る所を治してくれたぞ!」

「よかった。この人は?」

「花火を撃っていた男じゃ。私が倒したんじゃぞ」

「凄い」


 大獄は拍手をしながらナハトを褒めた。

 それに気分をよくしたナハトは少し反り返って喜んだ。


「気分がいいぞ!もっと褒めろ!」

「凄い凄い」

「もっと気持ちを込めんか!」


 棒読みになってきた大獄にナハトが突っ込んだ。

 我に返ったナハトは首を捻って、顎に手を当てた。


「しかし問題の妖怪退治はどうしたのじゃ?」

「これが本件だと思う」

「こやつらが妖怪なのか?」

「人間」

「………?意味が分からんぞ」


 腕を組んで体を捻って悩まし気な顔をする。


「多分、偽の案件。栖雲も分かっていたから警戒していた」

「だからか!こやつらはどうする?」

「水かけて」

「ん?」

「水かけて起こして。僕だと殺す可能性ある」

「物騒じゃな。よし、分かった。待っとれ」


 ナハトは魔法陣を展開して、水を形成する。

 冷や水をかけられた二人は急激に与えられた刺激に咳き込みながら目覚めた。


「がはっ!ごほっ!」

「ねえ」

「がっ!」

「辻斬りについて教えて」


 大獄は目を覚ました甲斐田の胸倉を掴むと首元を押さえるように締め上げた。

 温厚な大獄から想像もつかないような行動にナハトは戸惑った。


「何をしておる!やめぬか!」

「黙って」


 声を上げて静止しようとしたものの、大獄は静かにナハトを黙らせた。

 喉が圧迫されて、まともな呼吸が出来ない甲斐田は大獄の腕を掴んで抵抗する。


「ぐっ!苦しい!」

「苦しい?なら教えて。答えを貰ったら解放する」

「はっ、その様子だと…犯人は分かっているんだ…ろ?」

「答えて」


 ぐんっと押すように喉を刺激する。

 苦しさを増した甲斐田は真剣な顔をしている大獄を見下ろして、甲斐田は苦しそうな顔をしながらも嘲笑する。


「お、俺がやったんだよ…!さっさと奉行所に…突き出せよ…!」

「何でやった?」

「そ…それは…」

「指でも折る?」

「ぐっ…」


 凄みを増した大獄に甲斐田は目を瞑った。

 そこで目を覚ました哉屋が大獄の裾を掴んだ。


「待ってくれ!言うから甲斐田さんをこれ以上苦しめないでくれ!」

「哉屋!喋るんじゃねえ!」

「もう耐えられねえよ…。甲斐田さんがやらなければ俺に番が回ってきたんじゃないかと思うと夜も眠れなかった…」

「てめえ…!それ以上言ったらこっ…!」

「教えて」


 強く締め上げたせいか、威圧しようとしていた甲斐田の言葉を制止させた。


「話すよ。でも俺達の依頼を受けてくれることを前提条件としてくれ!」

「うん」

「がっ…ぐふっ…クソッ、もうどうなっても知らねえぞ!」


 解放された甲斐田は喉を抑えながら座り込んだまま逃げる素振りを見せない。


「俺達は奉行所の役人の渡部から依頼が来たんだ。甲斐田さんは子供が生まれたばかりで色々入用になって、俺は工場で弟子がやらかして借金が出来たんだ。でもそんな俺達のところに金貸しがやってきたんだ。そいつに借りた金の金利が違法なもんで、ありえないほど膨れ上がったんだ。俺はその金貸しを渡部はやってきて、借金を帳消しにするほどの金を渡して殺しの依頼をしてきたんだ。この山に入り込んだ女を殺せという依頼を甲斐田さんは一人で引き受けてくれた」

「おじさん、やってないの?」

「今回が初めてだ。やらなければ甲斐田さんは人殺しの罪で捕らえられちまう。そうすればよくて斬首。悪ければ市中引き回しの後に火罪だ。俺の代わりに手を汚してくれた甲斐田さん一人に全てを押し付けるわけにいかねえ。すまねえ、あんた達に酷いことをしちまった…」


 市中引き回しは死刑囚を馬に乗せて、罪状を印した紙をバラまくことでその犯罪を流布することだ。そして火罪はそのままの意味で火あぶりだ。

 痛みが長く続き、地獄の苦しみを味わいながら死んでいくという刑罰の中でもトップクラスの残酷さを持っている。


「大丈夫」

「その通りじゃ!私達はこの通りピンピンしてるぞ!しかしその渡部という男許せんぞ!大獄、どうにかならんのか!?」

「うーん…」


 涙を浮かべて悔しそうに拳を握る。甲斐田も顔を背けて歯を噛みしめている。

 それに対して大獄は哉屋の肩に手を置いて励ます。ナハトも胸を叩いて誇らしげに笑った。

 ナハトの問いに大獄は空を見上げながら唸る。

 奉行所に主犯がいるからといって乗り込むわけにはいかない。

 大獄は頭のいい方ではない。だから栖雲に相談するべきかと考えていたとこで馬の足音が聞こえてきた。


「そこの者、止まれ」

「ん?」

「山火事を起こした犯人としてその二人の男を捕らえるように派遣された役人だ」


 陣笠を被った男達が馬に乗って現れる。

 あまりにも早い対応に大獄は訝しんで眉を潜めた。

 大獄は二人より前に出て、役人と向き合った。


「この二人が?」

「通報が入ったのだ。火薬を積んだ荷車を引いた男とそれに同行した男を門番が目撃している。隠そうとするなら相応の罰を覚悟してもらおうか」


 腰には刀。顔は甲斐田と哉屋を睨みつけている。

 物々しい雰囲気を察して大獄はいまいち事態を飲み込めずに呆けているナハトに小声で指示する。


「ナハト、二人を背負って飛べる?」

「肉体強化の魔術を付与すればなんとかいけるぞ」


 大獄の小声で話しかけたことで腰を曲げて小声で答える。

 あからさまに怪しい行動に役人は怪訝な表情で伺っている。


「じゃあ、かけ終わったら合図して」

「むむむむむぅ…」


 魔力を伝達し始めたナハトは唸り声を上げ始める。

 無言でも出来るのだろうに不審な声を上げるナハトに役人が声をかけようとした時に大獄から役人に声をかけた。


「聞きたいことある」

「何だ?」

「捕らえた僕達に褒美はある?」

「勿論あるだろう。町に戻って支配与力である渡部殿に伺いを立てるがけして無下にすることはない」


 支配与力は奉行所を管理しているトップだ。町奉行の全体を管理する係である。


「金子でどのくらい?」

「それは渡部殿の采配に――」


 役人側はじれったさを露わにしているが大獄はしつこく質問する。

 時間稼ぎをしている大獄の後ろでぱんと手を叩いてナハトが構えた。


「行けるぞ!」

「はい、お願い」

「おわああっ!」

「何だ!?」

「ふんぬっ!!」


 大獄は二人の襟を掴むと空へと飛ばす。

 ナハトは翼を広げて空へと飛び立つと二人を掴んで町へと向かい始めた。

 役人達は一連の流れに憤怒して、殺気を大獄に向けた。


「罪人を逃がしたか。貴様の命はないと思え」

「嫌」


 馬が嘶き、役人達は刀を抜いて大獄に斬りかかった。


 空を飛ぶというこの時代の人間達には中々ない体験に二人は恐怖しながらも大人しくナハトに身を委ねている。


「すまねえ!だけれどいいのか!お前達も役人に追われるぞ!」

「分からない!でも話を聞いていた限り情状酌量の余地はある!」


 役人に追われるということは指名手配され、捕まれば罪に応じた罰を受ける。

 罪人は裁かれる。それはどの大陸でも変わらないものだ。


「私は私の信じる道を行く!だから渡辺という男のもとに案内してくれ!」

「乗り込む気ですか!?」

「当たり前じゃろう!人の弱みにつけこむやつは何度も見てきた!」


 ナハトは苦虫を嚙み潰したような顔で怒りを露わにする。


「だがな裏で糸を引く奴は狡猾で、臆病で、だからこそ長生きする!そういう奴は失敗しても学んでもっと凄惨な事件を起こすのじゃ!そいつだけは許してはならん!」

「ああ!分かったよ!俺の命を預けてやる!」

「お前達、戦うつもりか!?」


 やる気満々なナハトに頭を搔きながら決意する二人に哉屋が問う。


「嘗めるなよ…。俺はそのために刀を振るってきたんだよ!哉屋!町についたら俺達の関係者を全員隠れさせろ!味噌蔵でもいい!とにかく人の見つからない場所に逃がせ!」

「そんな!あんたがいなくなったら家族はどうなるんだ!子供だってまだ小せえだろ!?」

「俺がもし死んだら俺の悪口でも言ってやれ。あいつは俺のようになっちゃいけねえ」

「死ぬことを意識するな!お前ら死ぬぞ!」

「いやいや、奉行所だぞ!?運が良くて渡辺と相打ちだ!」


 奉行所はいわば警察の集団だ。町に駐在している奉行所は町奉行を言われ、秩序を守るために日々戦っている。

 岡引という奉行所の協力者はいるが、それらは十手という非殺傷武器を用いる。

 しかし奉行所の役人は帯刀を許可され、手の付けられない罪人はその場で斬り殺すことも出来る。

 甲斐田は温厚な哉屋をメンバーに加えるつもりはない。

 多勢に無勢。支配与力に辿り着けるかどうか分からない。

 それでもナハトの心は揺らいでいない。自信満々な笑顔で二人を見る。


「大丈夫じゃ!私は最強の魔王じゃぞ!」

「魔王って…鳳珠国の殿様の異名だろ…。哉屋に手こずるようじゃ釣り合わねえよ」

「本当なんじゃ!今は違うが本当に魔王だったんじゃ!」


 必死に自分が魔王であると宣言する。

 それはバレれば命が狙われる可能性だってある重要な秘密を披露するが二人は相手にしない。


「ああ、はいはい。でもまあ、俺もちょっと弱気になっていたぜ。大内流は生き残るための流派だ。それで差し違えるなんて馬鹿な考えだったのかもな」

「そうじゃ!気合じゃ!全てはそれで解決するのじゃ!」

「不安だ…」


 哉屋は不安げに正面を見つめる。

 ナハトは更に加速する。町が見えてきた。

 この辻斬り事件の終止符を打つために奉行所へと向かった。

一口解説


支配与力しはいよりき

町与力の最高役格とも呼べる町奉行の役人。

与力とは下級武士のことであり、奉行所等で役人として働いていた。

町の奉行所では裁判や火消しなど町の治安を守るためにあり、今でいう裁判所や警察や消防隊が一つになった組織ともいえる。

町奉行の役所は世襲だったという話もある。


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