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伍話 火は消えて…

 燃え始めた山は徐々に地獄に変わり始める。

 木々は燃え、野生動物達は逃げ始める。

 ここで戦っている全員も許された時間は僅かだ。

 ナハトはギリギリ間に合った防壁によって命を繋いだ。

 しかし煙が山に充満し、呼吸さえもままならない。

 苦しみを表現するように咳き込んでいた。


「げほっ!げほっ!」


 煙が濃度を上げて、ナハトの肺を刺激する。

 先程の爆発で口を覆っていた布が吹き飛んだようだ。

 くらくらとする頭を律しながらも足を動かす。


(不味い!私が罠にかかったとわかれば追撃が来る!早くこの場を離れないと!くっ…煙が鬱陶しい!とにかく何か…何か!)


 回復魔術を使用したものの、警戒したナハトは応急処置として回復を施して木の影に逃げた。

 あくまで応急処置。初級魔術での回復は全身を癒すこともままならず、火傷や傷が生々しく残っている。

 服はボロボロになり、灰による汚れでナハトの体は汚くなっている。

 木陰まで飛散した砲弾の欠片を手に取って感触を確認した。


「あっ…これってさっきの砲弾の欠片?この質感は…まさか花火を飛ばしていたのか!?」


 東大陸の風習から始まった爆竹が起源とされる花火。その歴史は古く、西大陸では最近になって職人が育てられ始めた。。

 ナハトが魔導王国を建国した際も一度打ち上げている。

 孤瀛の花火と西大陸で打ち上げられている花火は形状が異なるが、それでも素材は変わらない。

 何かを思いついたナハトは手を天に掲げて魔法陣を展開させた。 


(なら一か八か!ウェザーコントロール!)


 何も起こらない。

 ナハトに内包された魔力が展開された魔法陣に伝達されて、魔術が形成されるまで時間がかかる。

 ウェザーコントロールは初級から上級まであり、最上級だと竜巻や雷を落とすことが出来るという。

 それを使える魔術師は伝説級とされる。勿論、ナハトにそんな高等技術は使えない。しかしナハトは短時間雨を降らせるほどの力を得ている。

 それを行使するには平時でも時間がかかる。伝達するための神経が損傷しているナハトにはかなりの時間を要する。


(くっ…魔術が発動まで時間がかかりすぎるのじゃ!少し前ならちょっとの時間で出来たが、今の私じゃ十分以上かかるぞ!バリアを張れる余裕もない。敵に見つかれば無防備な私は簡単に倒されてしまうじゃろう…。だが私の直感が言っている!煙で見えないのは敵も同じじゃと!)


 魔術を発動させようと集中しているナハトの隣で何かが弾けて鋭い痛みが走る。 


「痛っ!」


 飛燕と呼ばれるロケット花火に似た花火。それは空中へと射出されて、真っすぐ飛来する子供の玩具だ。

 それは人に当たれば火傷だけではなく、出血を伴う怪我させてしまうために細心の注意が必要となっている。

 ナハトを襲ったものはまさにそれだ。小規模な爆発がナハトの肌を焼いた。

 離れた場所でも同様の音がする。


(大丈夫じゃ!相手もこっちの位置を捕捉できてない!)


 相手が捕捉出来ていないという安心感から少しだけ冷静になれた。

 それでも時間と共に焦りが募っていき、足踏みを始めて魔術の発動を急かす。


(しかし遅いな。変な汗かいてきたぞ。というか煙いから苦しくなってきた。なんかめまいもしてきたぞ。あっ、もしかしてこれは不味いやつなんじゃないか?)


 段々と視界が薄くなっていく。

 思わずしゃがみながらも魔術の発動に集中し続ける。


「おおおおおおっ!早く出来ろおおおおおっ!!ぐぴゃっ!!」


 声のした方向に飛燕が飛んでくる。

 逃げ込んだ場所の大まかな位置がバレた以上はもう時間の問題だ。

 火薬玉を撃ち込まれればナハトが背にしている燃え始めた木諸共吹き飛ばされる。


(しまった!思わず声を…!だが!)


 魔術の発動の準備ができた。

 ぐんっと魔法陣が空へと浮かび上がり、徐々に雲が山の上を覆う。


「大雨を降らせろ!!」


 ぽつりぽつりと雨が降り出し、山全体を雨が包み始める。

 次第に強さが増していき、山を覆っていた煙は沈み、鎮火されていった。

 雨で視界が悪いが、煙が蔓延していた頃よりは遠くまで見える。

 視界の端で何か物音が聞こえ、走っていく男の背中を捉えた。

 背中に黒字に火を印した文様の法被。白い肌襦袢。黒い股引を履いた白髪の男。


「いた!あの男が花火を飛ばしていた男か!」


 ナハトは足を動かして全速力で背中を追う。


(というかこの大雨でみにくいな!だがここで逃がしたら大獄に顔向け出来ん!)


 男の背中が迫ってきた。


「だああっ!」


 掴める距離まで届き、そのまま飛びついて傾斜を転がった。

 地面に激しく体を打ち付けながらも男の体を放さないよう必死に掴む。

 平地に落ちた男はナハトの肩を掴んで引きはがそうとする。


「は、放してくれ!」

「暴れるでない!そうすれば痛い目にはせん!」

「くっ、この!」

「暴れるなと言っておろうがあああっ!!」


 男は下から殴りかかろうとしたが、ナハトは大声を上げながら男の拳を避けて横っ面を殴りつけた。


「ぐっ!!」

「ふう…ふう…やったぞ。大獄」


 雨で濡れた顔面を拭いながらナハトは一呼吸おいて立ち上がった。



 雨で視界が晴れた。

 大獄が一気に距離を詰めれば頼りになるのは自分の技術のみ。

 今はそれさえも通用するかも怪しい。

 それでも甲斐田は刀を構えた。

 大獄は空を見上げて、雨を受けながら誇らしげに言った。


「予想が当たった」

「クソ…哉屋の奴、しくじりやがったな」

「どうする?」

「逃がしちゃくれないんだろ?」

「うん」

「ならこうするまでだ!」


 黒い球を五つ取り出して、大獄の足元に投げつけた。

 パンパンと激しい音が鳴って、煙が立ち込めた。

 湿気らないように忍ばせていた煙玉が再び大獄の視界を遮る。


(狙いは首だ!筋肉で防がれたとしても足で駄目押ししてやる!) 


 一直線に体を走らせる。ちゃぷちゃぷと音が響き、最早流派も関係ないただの突進。

 それでも雨が続いている限り、煙がいつ晴れるか分からない。

 絶対がない状況下で活路を見出すために単純化させた甲斐田の行動は最早賭けと言っていい。。

 うっすら見えた大獄のシルエットを頼りに加速させる。

 バキバキとという音が周囲から響く。

 何かが迫ってくる音を無視してでも大獄に突進する。

 刀が大獄の眼前まで迫った。


「終わりだああああ!!ぶふっ!!」


 刀は大獄の手前で止まった。

 大獄は周囲の木々に鎖を巻きつけて引き寄せた。

 それが甲斐田の体へと激突し、木々に閉じ込められて体が拘束された。

 意識が薄れてる中で、焦りを一切見せなかった大獄は口を開いた。


「終わり」


 その言葉を聞いた瞬間、甲斐田の意識は途切れた。

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