今さら愛などと言われても
カランコロンと鈴の音が鳴る。
私たちは喫茶店に入ろうと扉を開けていた。話を聞くには歩きながらはやめたいらしく喫茶店ということで落ち着いた。
「何名様でしょうか」
「えっと、4名……」
「8名だ」
と、背後から声が聞こえる。
聞いたことがある声だった。ミコトたちはぎょっと後ろを見ると、女の人二人と男の人二人が並んでいた。
「久しぶりだな、シグレちゃん」
「弥勒……さん」
私が男の人の名前を呼ぶとギョッとした顔でみんな弥勒さんを見る。
弥勒さんの顔は笑顔だけれど、笑っている様子は全くない。私を怒りにきたのだろうか。それとも笑いにきたのかな。親不孝者の私を。
「個室はあるだろうか。じっくりと話したいんだが」
「ございます」
「ではそちらに」
そういうことで、個室がある珍しい喫茶店の個室に案内される。
個室の扉が閉められ、私が入ったスマホを立てかけられた。ミノルたちはなんか緊張しているのかすごい固まっている。
「……久しぶりだな」
「そ、そうですね」
「久しぶりに会って、その姿か……。噂には聞いていたが本当だったとはな」
「…………噂は知ってたんですか」
「俺も君たちがやっているゲームをやっているからな」
なるほど。私が話題になりすぎたせいで調べられたのかもしれないな。
「それで、話したいことってなんですか。あなたの顔に泥を塗ったことですか」
「いや、それはもういいんだ。俺はそこまで怒ってない。短絡的な行動だと思ったが、君の家庭環境も考えれば納得のいく行動だとはわかる」
「……」
「あ、あの、弥勒さん。シグレの家庭環境って?」
「……言っていいのか?」
「いずれ言うつもりでしたので。それに確認取らなくても私は口塞ぐことできないんでいいですよ。死人に口なしとかいうでしょ」
「……自分はあくまで死んだということにするのか」
そりゃ死んでますから。私はあくまで死んだ人が意識だけ生き返ったと思えばいいんですからね。
「まあいい。さっきのことも見てたんだが……。なぜごめんなさいと言ったか、わかるか?」
「い、いえ……」
「だろうな。シグレはまあ……半分育児放棄されていたようなものだ」
弥勒さんが次々と話し始める。
私の家は妹がいて、妹は私と比べて天才であり、親はそちらを伸ばすことを優先した。
褒めて伸ばすというスタイル。だがしかし、私は褒められたことなんて一つもない。話しかけてもただただ適当にあしらわれるだけだった。
「私の親の認識としてはただ金を出してくれるだけの人だよ。愛されることがなかったからね」
「そして、まあ、天才の妹がいるんだから学校では比較された」
「そうそう。妹は出来たのにとか。妹が目立つに連れ私の落ちこぼれ扱いはすごかったよ。必死こいて勉強しても落ちこぼれ扱いは消えなくて。そしてある時、大声で私の悪口を言ってる奴らをボコボコにした」
それが全ての始まり。
「それからまあ、殴ったことによる謹慎、不死帝家の分家という立場……。めっちゃ非難されて。親に追放されるかのようにこの街に来た」
「だから中学二年の時、中途半端なときに転校して来たんですね」
「そうだ。誰にだって自尊心はある。比較されてきたシグレちゃんにとって限界だったのも頷ける」
だがしかし、私は弥勒さんの顔に泥を塗った行為をしたのも事実なのだ。立場を、血を考えれば私は手を出すべきではなかった。
だがしかし、限界だった。私だって頑張ってるのにそれを否定されたら何も残らない。それを守るためにと思ったことが壊す行為だとは思えていなかった。
「親も周りも見放したシグレちゃんはそうして一人になったわけだ。俺も監視こそしていたがあのテロのせいで少し忙しくてな……。その暇がなかった」
「…………」
「そしてテロのことが全て終わった時、部屋を見に行って驚いたよ。大家さんにシグレちゃんは死んだと聞かされてな。誰にも気づかれることなく朽ちていた……。その話を聞いた時俺は……」
俯いてしまう弥勒さん。
「別に……そういう人生だったってだけですよ」
「……シグレ! そんなこと言うなよお!」
「うお、何で泣いてんだよミノル」
「私はシグレがいなくなって悲しかったのに!! そんなこと言うなよお! 気づかれない人生を受け入れるなよぉ! 私が外にいたら気付いてたもん!! 絶対!!」
「……そう」
「シグレってほんとに自己評価とか低いし! もーーー!!! もおおおおおお!!」
「何が言いたいんだよミノル……」
「ミコトぉ……」
「よしよし」
コントしてんのか?
「まあ、そういう人生と割り切っていることが問題なのさ」
「あ、そうなの?」
「ミノルくんは……心優しいからな。身近な人がそういう人生と不幸を割り切るのが許せないのだろう」
「……まあ、そうか。ミノルの性格的には」
ミノルはえんえんと泣きじゃくる。
私はそれを見てため息をつく。
「仲良いんだな」
「そりゃ、ま、初めて出来た友達ですし」
「……初めて、か」
「なんか聞いていた印象とだいぶ違う子だ」
「せやな……。クールっちゅうか随分と割り切って生きてるわぁ」
「僕なら耐えられないと思う」
「で、弥勒さん。そちらの方々は?」
いい加減教えてくれ。
「ああ、俺の友人だ」
「普段剣道を教えている宗形 幽音という。よろしく頼む」
「うちは見たことあるかもしれへんけど……猫原 ミケ。よろしゅうな」
「僕は足立 龍之介。体操選手だよ」
ああ、どうりで見たことあるわけだ。
「友人連れて私の家を見に来たんですか?」
「まあ……。頼まれたからな」
「頼まれた?」
「君の親に」
私の?
「すごく悔やんでいた。娘が死んだ事も知らずに過ごしていたこととかな。親としての責務を放棄した自分たちに責任があると言っていた」
「……そっすか」
「……君はもう親の話は聞きたくないか?」
「聞きたくないですね。あっちが悔やんでいたといえどです。大体、自分の娘が死んでおいて今さら気づくなんて遅いでしょ。それに、悔やんでいるのも嘘くさい。自分の娘が死んだということは外聞も悪いし、その言い訳が欲しいだけでしょ」
「随分と歪んでるんやなあ」
「昔の私みたいだな」
いや、そうに決まっている。今さら惜しまれても、悲しまれても生き返るわけがない。
私は既に死んだ。あの涙も、ごめんなさいという言葉もすべて本心ではない。
「シグレさん。素直に受け取るべきでは……」
「無理だね。あの親に反省なんてあったら私は肉体も生きてるよ」
「これは……長年の不信感の積み重ねか。そう簡単に払拭出来そうにはないな」
苦笑いをしている弥勒さん。すると、個室の扉が開かれる。
「あのー、お客様……。注文の方は……」
「ん? ああ、エスプレッソを四つと……君たちは何を食べる? 奢ってやろう」
「パンケーキ!!!」
「僕はコーヒーでいいかな。カフェラテを頼みます」
「自分は……このラテというやつを」
「ココアで……。アイスココア……」
「か、かしこまりました」
店員さんが絶妙なタイミングで入って来たので沈黙が流れた。
「……よしミノル。私のスマホの電源切ってくれ」
「え、なんで?」
「目の前で食べるとこ見せられたくない」
「えー!? うちはシグレと共有したいのに〜!!」
「だから……」
なぜ共有したがる。
「そうか。食べられないもんな」
「なのにこいつカレー食ってるとことか見せてくるんですよ」
「うわあ」
私だって甘いもの食べたいのに。目の前で食べられたら少しムカつく。
「なら切ってやろう」
「だめです!!」
「ミノルさん……」
「優しさは時に残酷ということか」
ミコト。そういうこといいから助けろ。




