塩づくり
夕方の情報番組内、「老舗に訪問」というコーナーが始まったようだ。
「本日は、皆さんご存じ、昔ながらの塩作りで、創業300年、【塩問屋えんだ】さんにやって参りました。」
「えんだー!!」
「おっと、早速CMでおなじみのフレーズを社長自らの美声で聞かせて頂きましたが、本日はどうぞ宜しくお願い致します。」
「宜しくね。こんな塩作ってるだけの会社だよ。視聴者の皆様に、楽しんで頂けるような、面白いことなんて何もないよ。ガッハッハ。」
「イヤイヤ、300年という歴史あるこの塩工場の中にお邪魔させて頂けただけで、貴重なことですから。それに、社長は長年塩作りされていて、普通だと思ってらっしゃることが、我々視聴者から見ると、とても興味を掻き立てられる景色かもしれませんよ。」
「そんなものかねぇ。だってよ!!母ちゃん!!」
「あっ、あちらで奥様もうなづいてらっしゃいますね。」
「テレビが、来るっていうからさ、俺、昨日床屋行ってきちゃったよ。なあ!!母ちゃん!!」
「あ、そうなんですね。バッチリ決まっていますよ。その、アフロヘア。」
「そうなんだよ、角刈りにしようと思ったのに、床屋で居眠りして起きてみたらこの頭なんだよ。びっくりしたよ。なあ!!母ちゃん!!」
「あ、いちいち奥様に確認するシステムですかね。あ、それはそうと、塩についてお聞かせ願いたいのですが。」
「わかりました。・・・大昔人類が、狩りで生活を初めた頃は、動物の内臓まで食べていたので、自然に塩分を体に取り入れていたんです。でも、時代が変わり、食生活が変わると、積極的に食事から塩分を取ることが必要になり、塩づくりの歴史が始まったんです。日本で塩作りが、始まったのは今から400年位前。現在の兵庫県あたりで、塩田を使った塩作りが始まったようです・・・。」
「え~と、社長は塩を語りだすと、キャラが変わるんですね。別人かと思いました。」
「別人28号です!!」
「あ、そういうの要らないです。」
「日本は島国で、周りを海に囲まれていますから、塩の材料になる海水は豊富にあったんです。しかし、いかんせん湿度が高いために、塩田に入れた海水から塩を作りだすまでの期間が、とても長くかかったんですね。」
「なるほど~。よく分かりました」
「そこで、海藻を使った塩作りが生まれたわけです。」
「と、いうことは、こちらの【塩問屋えんだ】さんでは、昔ながらの海藻を使った塩作りをしているんですね。」
「いえ、我が家では、海藻を使う塩作りではなく、独自の方法を編み出し、300年変わらぬ製法で、この塩作りを行ってきました。」
「なるほど。」
「製法を進化させず、昔のやり方を変えずに、未来永劫商売をするつもりか、そんな声を代々我々の祖先は、言われ続けてきました。しかし、この「塩」という調味料を、我々は単なる味付け、栄養素ではなく、人間に必要な物質、命の源として、考えてきました。だから、ほかの会社さんのように、大きな工場で、大きな窯を使って大量生産することなく、地道に昔の味と魂を守ってきました。一口味わっていただければ、わかる筈です。本当の塩の味は、これなんです。お陰様で、全国の料亭様や、名だたるシェフの皆様に長い間、愛され続けております。」
「社長。・・・素晴らしいお言葉でございました。わたくし感銘を受けております。その魂の塩を早速味わせて頂きたいのですが。」
「おーい!母ちゃん!例のもの持ってきて!」
社長夫人が、3種類の塩を持ってきた。
「まずうちのスタンダード【えんだ塩】を味わってください。」
「あ、きれいな結晶ですね~。キラキラしています。早速頂きます。・・・うん。塩なのに甘みを感じますね。」
「お?分かるかい?それはミネラルが、たっぷり含有されているからなんだよね。次は、今売り出し中の新商品【米塩】をどうぞ。」
「【米塩】?米から塩を作ったんですか?」
「いや~、そうじゃないんだけど、ま、味見してみて。」
「う~ん、この塩は、・・・独特のコクを感じますね。さっきのとは違って、こちらも味わい深いですね~。」
「素晴らしい味覚だな~。塩の味が分かってらっしゃる。うちの社員にしたいぐらいだ。なぁ、母ちゃん!!」
「最後の塩は、【苦塩】ですね。」
「そう、これがうちの自慢の最高級品【苦塩】。都内の料亭さんなんかは、皆さんにこれ使ってもらってるよ。」
「うわ~期待しちゃいますね。いただきます。・・・うん、少し苦味を感じますが、こちらも複雑な味が絡み合って素晴らしい味のハーモニーを感じます。」
「これが、日本酒に合うんだよ~!!なぁ、母ちゃん!!酒持ってきて!!ってダメか、ガハハハ。」
「本日は、実際に塩づくりを見せて頂けるということですが、宜しいでしょうか?」
「わかりました。おーい、母ちゃん!!二人を連れてきて~!!」
作業員2名がレポーターの前に連れてこられた。
「こちらの方々は?」
「塩づくりの各担当者です。マイケル、自己紹介して。」
「アメリカカラ、キマシタ。マイコーデス。」
「外国人の方も塩作りに関わって居られるんですね。ワールドワイドじゃないですか。」
「シュウロウピザ、モッテルヨ。シッツレイナ。」
「いやいや、何も言ってないですよ。」
「ナンダ、オメェ!ブッコロスゾ!!」
「誰ですか?日本語教えたの?ちょっと言葉が汚いですよ?」
「オメェノ、カオノホウガ、キッタネエゾ!!」
「・・・リスニングばっちりなんだよな。あ、社長、隣の方は?」
「こちらは、高橋さんです。うちにとって無くてはならない人材だよ!なぁ、母ちゃん!!」
「高橋卓、今年65歳です。体重110㌔です。」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。」
急に室内の明かりが落とされて、真っ暗になった。
「あれ?停電ですか?」
「それじゃあ、さっそく始めますか。レポーターさん達は、ちょっと下がって。ミュージックスタートォオオ!!!!!」
「ミュージック??」
次の瞬間大音量でダンスミュージックが鳴り響いた。いつの間にかミラーボールが頭上で輝きながら回っている。
よく見ると、部屋の中央で、マイケルと高橋さんが、キレッキレのダンスを披露している。
「え?ちょ、な、我々は今、何を見せられているのでしょうか??」
マイケルは、アメリカ仕込みのダイナミックなダンス、高橋さんも、太めの体と年齢を感じさせないキレッキレの素晴らしいダンスを披露する。二人とも甲乙つけ難い素晴らしいダンスだが、これは一体。
「はーい、二人ともお疲れ。」
社長がふたりを労う。
「社長、今のは一体??」
「これが、うちの塩作りだよ。」
「どういう事ですか?」
「二人をよく見てごらん。汗でびっしょりでしょ。」
「そうですね。Tシャツの色が変わっていますね。」
「良いところに気が付いた。あれがうちの塩だ。」
マイケルと高橋さんの二人には、ダンスを踊る直前、海水由来のオリジナルドリンクをあらかじめ大量に飲ませていた。激しくダンスを踊ることにより、体液とミネラル要素が所謂スパーク現象を起こし、二人の体内で精製された塩の成分が汗とともに、汗腺から放出し、二人が着用しているTシャツに付着する。このTシャツを乾燥させれば、ミネラルたっぷりの塩が取れるというカラクリだ。ちなみに、マイケルのTシャツから採取された塩が【米塩】。(アメリカ(米国)出身だから。)【苦塩】は、高橋卓さんのTシャツから採取された塩である。60歳を過ぎると、男性の体内で所謂苦みのクラッシュ現象が起こり、塩に苦みが加わるらしいが、この現象についての詳しい原因については現在解明されていない。苦みには、かなり個人差があり、卓さんの塩は、歴代の作業員の中でも、苦みのきつい塩が採取されるようであり、貴重な人材として、この会社では、毎年特別ボーナスが支給される。社長も普段は「卓ちゃん」と呼び、愛してやまない会社の稼ぎ頭だ。他の会社では、60歳で定年退職になるが、塩作り業界では、60代が、働き盛りといわれるのは、以上のことからお分かり頂けるだろう。ただ、苦みが進んでも、ダンスのキレがなくなると、良い塩は取れなくなる。塩職人の生産寿命が短いと言われるのはそのためである。
レポーター「スタジオにお返しします。・・・オエッ。」
情報番組司会者「ありがとうございました。「老舗に訪問」のコーナーでした。つぎは、お天気のコーナーです。ニガジロー!!!」