1.日常ゲーム
「ッ!」
飛来した非実体弾が肩口を掠めていき、慌てて物陰に身を隠す。
ヘッドギアに表示されるARマップを確認するに、戦闘態勢のプレイヤーは近くに3人。
お互いがお互いを牽制している状態ではあるが、最優先目標がこちらな事に変わりはないようで本格的な交戦には至っていない。
内一人は俺に最も近く、今撃ってきたのもコイツだろう。
「参ったな……稼ぎすぎたか」
ARで表示される情報ウィンドウを幾つか操作して現在のクレジット情報を確認する。
自身の首級に賭けたベーシックスコアが2,000クレジット。
他者の撃破によって獲得したスコアが37,000クレジット、累計で約4万クレジット。
ここまでくると路地裏でやるカジュアルな野試合で抱えるには、少々度が過ぎた額だ。
まだ大してスコアを稼いでない連中が一発狙いで突撃してくる理由としては十分だろう。
とはいえ、未だ高校生のこちらの身分としても4万クレジットはかなりデカい。
親から支給されるお小遣い(個人情報端末代込み)の4ヶ月分だ。
このまま勝ち逃げできればファミレスで豪遊することも出来るだろうし、ちょっといい装備を買うことも出来るだろう。
なんとかして逃げ切って、10分の非戦闘時間を稼いで戦闘から離脱したいところだ。
身を潜めた業務用ゴミ箱に、牽制とばかりに散発的に非実体弾が撃ち込まれる。
非実体弾はARにしか影響しない。ペラペラのプラスチック製ゴミ箱であっても貫通・破損することはないが、AR防護を身に纏うプレイヤーに当たれば効果的に個人情報端末のバッテリーを削れる。弾代もあってないようなものだから気軽にバラ撒ける。
「さて、どうしたもんか」
野試合のルールはシンプルだ。
自分の首級に懸賞金を賭けて、ARヘッドギアの戦闘態勢を起動する。
すると数々の戦闘機能がアンロックされ、同時に近場にいる戦闘態勢の相手がマップに表示される。
後は各々の首級に賭かったクレジット、それと今まで稼いだクレジットを賭けて戦うだけだ。
器物破損の恐れにより実体武器の使用禁止、戦闘態勢でない者への攻撃禁止、非戦闘体制の者が多く居る空間での交戦禁止など細かなルールは色々あるが、交戦可能区域や交戦対象の強調表示などはARヘッドギアが全て補完してくれる為、見えてる敵と戦うだけでよい。
個人情報端末が展開するAR防護は、現実・ARの両面において身を守る防御スーツだ。何かあったときにはバッテリーの消費と引き換えにAR物理干渉フィールド、通称シールドが展開され、使用者を怪我や外傷から守ってくれる。外出時には安全の為に必ず起動する義務がある、現代の必需品だ。
戦闘においては、このバッテリーが30%を下回ると戦闘不能と判定されて戦闘から脱落。脱落者の抱えていたクレジットは、撃破者が丸々受け取ることになる。
例外は懸賞金に大きく差がある相手を撃破した場合だ。自分の首級に最低額の懸賞金しか賭けなければ、高額な懸賞金の相手を倒しても1クレジットも貰えない。逆もしかりだ。但し懸賞金の低い側が、撃破によって高い側以上のクレジットを抱えていればその限りではない。
このレーティングルールは野試合特有のもので、要するに初心者狩りとゾンビアタックの横行を防ぐものだ。このルールがないと戦闘バランスの崩壊どころか、近隣一帯の治安が崩壊する悲劇を招く。というか実際過去に招いた末に生まれたルールだ。
そして10分以上戦闘機能を使用せず、シールドが発動していない、つまり攻撃を受けていなければ獲得クレジットを抱えたまま任意で戦闘から離脱できる。
抱えたクレジットは多少の手数料と税金こそ取られるが、そのまま財布に入る。
つまり野試合は、己の首級に値札を付けて殺り合うサバイバルゲームだ。
ゴミ箱の影に身を潜めて2分足らず。対峙した相手は未だ飽きることなくこちらに威嚇射撃を続けている。
このまま10分経過を待つ……のは、無理があるな。
10分ルールは全プレイヤーの踏まえる大前提だ。もう何分もすれば無理に突っ込んででも一発を当てに来るだろう。
そうして一度でも被弾してしまえば離脱までの時間は再び10分に戻る。
後方はろくな遮蔽の無い一本道が20mほど続いている。無被弾・戦闘機能非使用・徒歩で逃げ切るのもまず無理。
渋々ながら脱兎の作戦を諦め、愛用の拳銃型装備を構えて遮蔽から半身を出し、赤く強調表示された相手に軽く牽制射撃を返してやる。
ぱす、ぱす。となんとも気の抜ける音を鳴らしながら、非実体弾が跳ぶ。
相手も路地の角に身を隠しながら撃ち返してくる。
時折互いのAR防護を掠り、削りながらも、終わりの見えない射撃戦が続いた。
…
三度のリロードを挟んだところで、状況が動いた。
視界の隅に表示されるマップから、プレイヤーが一人減る。
つまり、自分以外の3人のプレイヤーのうち、目の前の相手でない誰かが落ちた。
おそらくはココに居ない2人のプレイヤーが競り合っていたのだろう。
そして1人が落ち、残った1人はこちらに向かってくる。
ちっ。欲張らずにそのまま帰ってくれればよかったのに。
俺だって普段は1~2人倒したら引き上げる。ただ今回は戦闘態勢に入った瞬間に酷い乱戦になって引き時がなかっただけで。
というか誰かが派手にやりあってたせいか、誘蛾灯のようにプレイヤーが次々集まって一時は参加人数も定かではない大混戦になっていた。俺もそこに乗っかったクチだが。
なんとかハチャメチャな激戦地からは抜け出したが、道中で7人くらいは倒してきた気がする。
閑話休題。
とにかく、これで欲張りな誰かさんがここにたどり着けば三つ巴。
いや、情報ウィンドウを見るに今撃ち合いに興じている相手が2,000クレジットのみ、新手の欲張りさんが6,000クレジットの保有であることを考えると、まず俺が狙われるだろう。場合によっては共闘される恐れもある。
あと1分もすればこの辺に合流してくるだろう。
となると、位置が悪い。
俺の正面側と、後ろ側。新手がどちらからやってくるか分からない。
この辺の路地はそこまで複雑ではない。そのまま真っ直ぐ走ってくれば正面側だが、一本脇道に入るだけで俺の後ろ側に回り込めてしまう。
そこから狙われれば、遮蔽も無しに撃たれるがままだ。
「多少の被弾は仕方ないか……」
飛来する非実体弾を受ける覚悟を決めて、展開できる限りの情報ウィンドウを展開。そして遮蔽の裏から戦闘機能:モーションアシストで補正を受けたダッシュで路地裏の奥に走り込む。
すかさず相手も非実体弾射撃を撒きながら追従してくるが、ばらまいた情報ウィンドウに阻まれ殆どが防がれる。
AR投写物は、物理的に干渉することが可能な実体型情報体だ。
情報ウィンドウには薄いガラス程度の耐久力しか無いが、貫通力のない非実体弾の一発を受け止める位ならそれで十分だ。
専用の戦闘機能:バリアを使えば実銃すら防ぎうるが、バッテリーの消費も激しいし非実体弾の1、2発に使うには過剰。そもそも路地裏でやるような野試合での実体武器は器物損壊の恐れにより使用禁止なので、野試合でこれを使うことはまずないんだが。
パリンパリンと投写展開したウィンドウが非実体弾に撃ち抜かれて割れる軽快な音が響き渡る。
このまま路地裏の奥、丁字路になっている所まで走り込めば、3人目が来る位置は今俺を追ってきている相手の背後だ。乱戦になっても有利に立ち回れる。場合によってはそのまま押し付けて俺一人で離脱も狙えるかもしれない。
走る背中に2、3と非実体弾が当たり、バッテリーを食いながらAR防護が起動する。
バッテリー残量にはまだ余裕がある。10も20も当たれば流石に危ういが、まだ許容範囲だ。無視して走り抜ける。
あと2歩で丁字路という所で、脚がもつれた。
倒れる。
いや、違う。
揺らぐ視界の隅に映る、足元で砕けるARのエフェクト。
やられた。
恐らくだが、走る足を狙って、情報ウィンドウを投射された。
情報ウィンドウはガラス程度の強度ながら物理的干渉ができる。それを利用して足を引っ掛けられたのだ。
くそ、小器用な事をしやがる。
「っしゃあ貰った!!」
相手が意気高揚と叫び、小銃型の装備から非実体弾をばら撒きつつ距離を詰めてくる。
だが、こちらもこのまま負ける気はない。
倒れる体の前に情報ウィンドウを重ねて投射展開。
装備を仕舞い空けた手を情報ウィンドウの束に叩きつけ、躓いて崩れた体勢を無理矢理を立て直す。
無様に転ぶことは避けれたが、そうこうしている内にすっかり距離を詰められてしまった。おまけに被弾も嵩んでいる。ヘッドギアの片隅に表示されたバッテリー残量を見れば、もう余裕はない。
「クッソが、4万も抱え落ちしてたまるかァ!!」
こちらも吠えながらモーションアシストを再起動、全力で180度のターンを決めて先程までとは真逆にこちらからも距離を詰める。
上等だ、近接戦闘で逆に沈めてやんよ……!
非実体コンバットナイフを手中に展開し、赤く強調表示された相手に俺は斬りかかった。
相手も当然の様に非実体ブレードを展開して、それを受け止める。
三合四合と打ち合い、躱し、時には徒手空拳の体術などを混ぜながらも斬り合う。
お互いに「こいつやるな」というシンパシーを醸し出し始めた頃。
路地裏に奇声が響き渡った。
「ヒャッハァァァァー!!!」
モヒカンだ。
肩にトゲパットを装着し、怒髪天を衝く真っ赤なモヒカンが、非実体釘バットを手に雄叫びを上げながら突撃してくるのが見えた。
俺達はアイコンタクトを交わすと、足並みを合わせて即座に逃げ出した。
言葉はいらなかった。
だって、相手はモヒカンなのだ。
◇
「なんだありゃあ……」
私がそれを見かけたのは偶然だった。
大通りから何本か脇道に入った裏通りなんてのは、どこでも野試合がよく行われる遊技場みたいなものだ。
その近くを通ったのは、駅までの近道というのもあるが、そんな野試合を観戦しながら歩くのも一興だと思い立ったからだ。
そこで目にしたのは、異常な光景。
情報ウィンドウで弾を防ぎ、情報ウィンドウで相手の体勢を崩し、明らかに熟達した技前の殺陣を繰り広げたと思えば、どうみてもカタギでない雰囲気のモヒカンが遠距離装備一つ持たずに突撃を敢行して一目散に逃げ出した。
どんな街の裏通りだって大概は野試合の遊び場だ。だが、今までも仕事柄あちこち見て回ったことがあるからこそはっきりわかる。
今のやりとりは、異常だ。
それだけではない、他にも道すがら何度か交戦している場面を目撃したが、全体的に異常だった。
全てのプレイヤーの質が、妙に高い。
そして、もはや文化が違うとすら思えるほどにARの応用力・適応力が高い。
統括して、全体的にこのエリアは何かがおかしい。
思いつきで通っただけだが、これは思わぬ拾い物だったかもしれない。
しばらくこの辺りを張ってみるのもアリだろう。
腰のホルスターから名刺ケースを取り出して、私は一人ほくそ笑んだ。