村の被害状況
ゼロがフォチュアたちと話を終えた時と、ちょうど同じ頃。
義叔母の家を冒険者ギルドの拠点とし、とんとんと指令を出しているヴァヌサは登った報告を聞いて激怒した。だが顔にその感情は出さなかった。
「安否不明者を合わせても、犠牲者は1500人にのぼると思われます」
一瞬にして地中と地表をひっくり返された村の調査を急いだが、人口2000人弱のこの村の被害は、想定よりも大きい。
「これだけの被害を受けて、叔母様が動かないのも奇妙ねん……一体なんのつもりかしらん」
報告に来た十代半ばの新米冒険者に聞いても、答えを知るわけがない。少年は「僕にも何が何だか……」と濁し、ヴァヌサはため息をつく。
少年には行方不明者の捜索を急ぐように伝え、ヴァヌサは両腕を広げて目をつぶるナヴィのそばに向かった。
「ナヴィ、腐れ外道の魔法師は見つかったかしらん?」
「特定は無理ね」
ナヴィは<周囲・察知>の魔法に集中を続けながら、口で答えた。
「でも結界を張っている場所がある。探知魔法を防いでいるってことは、その中にいるかも」
「場所は?」
「南西の方角」
「……乗り込むしかなさそうね」
ヴァヌサは森の奥を見据えながら思惑を巡らせる。村に被害をもたらした犯人を成敗するには人員が足りていない。だがギルドの本部に報告をあげて増援を依頼するためにも、犯人像を知ることが最低限必要だった。
村は無数に存在する。「誰かが村を壊しました助けてください」という大雑把な物腰で救援を頼んでも、そこに素早く優秀な冒険者を送ってくれる可能性はほとんどない。
「アレス」
ヴァヌサはたまたまこの村にいたBランク冒険者に視線を移す。新米冒険者のゼロとトラブルになって一度は命を落としたが、蘇生されてラフルメの洞窟に監禁されていたという。
「聞いてた。調査だけが目的ってなら、最低限の人数で行った方がいいだろうな。討伐が目的じゃねーし、俺がいればなんとかなるだろ」
アレスが剣の柄を叩く。魔王の魔法紋で急激に力を上げたゼロにはゴリ押しされて敗れているものの、本来はドラゴン一体を一人で倒せる実力者だ。アレスの自信ありげな言葉に、ヴァヌサは頷いた。
「ありがと。勇者の箔を持つあなたがいてくれれば心強いわん」
ヴァヌサはナヴィ繋がりでアレスのこともよく知ってはいるが、安堵はできなかった。魔王が持つ紋章を手にして計り知れない力を持ったとはいえ、あのゼロに負けたというのが到底信じられない。
「(……アレスは対人戦にはあまり向いていないのかしらねん)」
ラフルメ支部のリーダーとして冒険者の適性を考える癖がついているヴァヌサだが、どうも腑に落ちない。周りがサポートをして当然だと言わんばかりの独りよがりな戦い方をするため、むしろ向いていると思うのだが。
だが、アレスの不安要素はそれ以外にもある。ヴァヌサは彼の相棒に視線を移した。
「ナヴィはここに残れないかしらん? 魔法師は一人でも多く残って、怪我人の手当てをしてほしいのよん」
「は?」
ヴァヌサの発言を疑うように、ナヴィの目つきが鋭くなる。
「ヴァヌサが今なんて言ったのかよくわからなかったですけど、あたしにアレス様と離れて怪我人の手当てをしろっていいました?」
ナヴィの口調が敬語混じりのきつさを持った時点で、ヴァヌサは「なんでもないわん、気にしないで頂戴」と発言を撤回した。
ナヴィのこともよく知っている。むしろアレスより知っているだろう、ヴァヌサとナヴィは新米冒険者だった時に一緒に各地を巡った同期だ。だからナヴィがアレスと離れることに応じないことはわかっていた。怪我人の手当てをしてほしいというのは、本音半分のダメ元だ。
「(相変わらずなのねん、ナヴィは……)」
できないことはさっさと諦めて、ヴァヌサはラフルメ村の冒険者を呼び集めた。
「村を襲った犯人を見つけ出すわん。私とナヴィとアレス、それ以外であと二人、調査に出て欲しいのよん」
さらに「できれば魔法師相手の腕に自信がある者ねん」と、付け加える。すぐに二つの手が上がった。
「俺が行く」
「そしたら僕も」
陽気だが腕は確かのモーブルと、ラフルメに流れ着いて定住している冒険者の回復士だ。
ヴァヌサは了承して頷くと、そばにある箱のようなものを拾い、ぐんと大きく弧を描いて背負った。
「隣の村を突然襲ったというドラゴンの主と同一犯かもしれないのよねん。身の危険が迫ったらすぐに引くわよん」
「了解だヴァヌサ」
「気をつけましょう!」
ヴァヌサと二人の冒険者の後ろに、アレスとナヴィがつく。
「……身の危険が迫った段階で逃げたら、追われるかもしれねぇだろ。いざとなったら敵を潰すぞ、ナヴィ」
ヴァヌサの指針にほとんど従うつもりだが、アレスはアレスで自分の方針を持っていた。
「さすがはアレス様、みんなを逃して立ち向かうつもりですね」
「もし相手に気づかれたらな。てか抑えるとしたらオレしか無理だろ」
「おっしゃる通りです。このナヴィア・オーディラー、アレス様に最後までお供いたします」
口調は機械的だが本心からの言葉を述べて、ナヴィは森の奥を睨む。雑魚と侮っていた魔法師に負けた悔しさを双眸に灯し、次こそ魔法師に負けるわけにはいかないと、奥歯を噛み締めた。
いつも読んでくださっている皆様ありがとうございます。書けたり書けなかったり、更新したりしなかったり、紅山が公募に疲れて燃え尽きたりと連載が安定していませんが、応援してくださる方がいらっしゃることを大変心強く思っています。
本作は30万字ほどで完結する予定でしたが、更新が不安定かつ内容の整理が進まないため、仕切り直すことを考えています。そのためラフルメ編が終わるキリの良い段階で本作を打ち切ることに決めました。
まだ書きたい部分、書き足りないストーリー、登場させたいキャラクター、たくさんやりたいことはあるのですが、今の私の力量でこのまま書き進めてもきちんとした形にできないと感じていますので、ご理解いただきたく思います。
あと3ヶ月ほど更新は続けます。ゼロの物語に最後まで付き添っていただけましたら幸いです。




