覚悟なき決意
お久しぶりです。
またしばらく更新が止まってしまいご心配をおかけしました。
フォチュアの話を聞きながら、焚き火で温めた石を布に包んで懐に入れる。ちょっとしたカイロだ。長く火を焚けばドライアドたちの機嫌を損ねるだろうと判断して、早めに火を消した。代わりに、簡単な光魔法で明かりを灯している。
「……バリーやリーリィとの馴れ初めはわかった。その上でいくつか質問がある」
俺はフォチュアの話がひと段落ついたところで切り出した。老人は話が長いと言うが(今のフォチュアは見た目は若いとはいえ)、肝心のヴァヌサの話やハイドンが村を支配した理由まで至るには相当かかるのではないかと思ってしまう。話を急かすようだが、実際にそう時間はとれないから、仕方がない。
「アモルはどうやってヴァヌサをこしらえたんだ」
「その言い方……」
「……すまない。いい感じの言葉が浮かばなかった」
話の感じだと、アモルはどこか俺と似ている。劣等感からバリーを妬み、魔物に信頼を寄せて依存していた。つまり、人間を信用していない。そんな男がグランデリ以外の女になびいたりするだろうか?
「アモルがヴァヌサを連れてきたのは、バリーが私と結婚してからよ」
「……どういうことだ?」
「ヴァヌサの本当の母親は誰だかわからないのよ。アモルはグランデリとの子だと主張していたけれど、バリーの推測だと、近くの街の娼館からもらってきたんじゃないかって。でもヴァヌサにはアモルの面影があるから、おそらく血は繋がっているのよね……」
つまり、バリーとフォチュアにマウントをとろうとして、ヴァヌサを用意したと。娼婦は客の子を身籠もると、産んで売り飛ばすことがあると、聞いたことがある。
「……なるほど。だからあの体つきなのか……」
「ゼロくん、本人の前でそういうことを言ってはダメよ。そういうのはセクハラ」
「……忠告してくれて助かる。悪気はなかった」
「ヴァヌサの出生の話は誰にも言わないで。ゼロくんは無自覚に口を滑らせてトラブルを起こすタイプでしょうから、先に言っておけばよかったわね」
「……」
ごもっともだ。俺の口が災いしか生まないなは自覚している。だから極力黙り込むようにしているのだが。
「……次の質問をしたい」
話を切り替える。
「ハイドンがグランデリを森に連れてきたのは、アモルに服従させられていたからか」
「半分かしらね。グランデリとその率いる魔物が村を襲ったら壊滅的な被害が出るから、村を守るために仕方がなくよ」
「もう半分は」
「ハイドン自身がラフルメの村を服従させたかったからね」
すでにだいたいわかっていることだ。俺の適当な勘で当てたラフルメ、ギルド、グランデリ、ドライアドの四角関係は、ハイドンが首謀者ということになっている。だが直接の原因はアモルにある。
「……もしかしたら、ハイドンは脅されていたというより、譲歩したのかもしれないわね」
「譲歩?」
「例えば、アモルがグランデリに入れ込みすぎているからなだめようとしたとか」
「なんのために」
「アモルが息子だからよ。ハイドンは利己的な考えをする人ではあったけれど、実の子供に対しては甘かったと思うのよ」
「アモルのために村人を犠牲にしたということか?」
「ラフルメのギルド支部を管理するために来ただけで、余所者だもの。村長たちもそこまでハイドンを快く思っていなかったから」
フォチュアはずっとくすぶっていた思いを吐き出すかのように一息つく。
「それに、バリーもずっとアモルのことを心配していたわ。アモルはひねくれていたけれど、親兄弟から大切にされていたのよ。彼はそれを信じることはなかったけれど……無償の愛に囲まれていた」
「……」
「皮肉よね。信頼できる相手を疑って、信頼のできない魔物を信頼してしまったなんて。アモルが、グランデリに恋をしなければこんなことにならなかった」
「リーリィが恋心を知らなかったのと同じか」
「だって、リーリィたちはイセーを必要としないもん」と、リーリィがなぜか胸を張る。
「ドライアドは全員女の子で、繁殖も女の子同士だから。グランデリは土から生まれるって聞いた。リーリィは分身だけど」
「……ドライアドはレズピアン。それが現実か」
「恋と繁殖は別物だと思うわ」フォチュアが呆れたようにため息をついて、「魔物に恋の定義を求めるのは不毛だからやめましょう」と続けた。
「ゼロくんも、レギナちゃんのことを強く信用しているみたいだけれど、魔物に恋をした末路は碌なことがない。多くの伝承はその教訓のために残っているのよ、おそらくね」
「……俺は問題ない。レギナとは彼氏彼女ではなく、愛人レベルの関係だ」
「愛人レベルは十分に問題だと思うけど……」
「アイジンってどんな恋??」
「リーリィは知らなくていいことよ」
「えー」
ふてくされるように頬を膨らますリーリィを見ながら、俺は新たに思いついた疑問を投げかける。
「最後にもう一ついいか」
視線に気がついたリーリィが「ふん?」と首を傾げる。
「リーリィの性格はいつ変わったんだ」
フォチュアの話からすると、生まれたばかりのリーリィの方が大人びているように思える。
「そういえば、いつからだったかしらねぇ……」
フォチュアが「覚えてる?」とリーリィに確認するが、「んー、わかんない」と首を振られる。
「でもね、リーリィはフォチュアのことわかりたくて頑張ったんだよ!」
「……わかるために……フォチュアの性格を模倣したのか」
「そう! もほーしたの! リーリィがフォチュアとおんなじようになれば、リーリィも人間になれるかなぁ、って」
「そうだったの?」
フォチュアが驚いたように聞くと、「そだよ?」とリーリィが笑った。
「ずっとこうするようにしていたら、元の性格わかんなくなっちゃった」
「……幼い頃のフォチュアを真似して、今のキャラになったのか……」
「納得いかないわ。私、こんなキャラだったかしら?」
「泣き虫でよく笑う、たまにドジ」
「なによそれ……」
「リーリィの知ってるフォチュアはませてないよ? あ、バリーとけっこんした日は、」
「ちょっとやめて!! その話はもう終わり!」
「バリーと結婚した日がどうした」
「ゼロくんも深掘りしないで!!」
……? フォチュアの顔が赤いが、何を焦っているのだろうか。
「今の話の流れだと、なにか重要なことだと思うのだが」
「全然重要じゃないわよ、今のことと全く関係ない余談だから聞いちゃダメ!」
「そうなのか」
「そうよ」
「……わかった」
フォチュアがそこまで言うなら、聞かないほうがいいのだろう。
「……とにかく、ゼロくんはもう少し体を休めなさい」
フォチュアが半ば話題をそらすように気を遣ってくれるが、俺は横に首を振る。
「いや……もう十分だ。スープで食欲と睡眠欲と、他も色々と満たされた」
「睡眠欲も? 普通逆だと思うけど」
不安が落ち着いて少し冷静になれたということだ。
一度は運良く助かったものの、二度ニルスに挑んだところで勝てないかもしれない。レギナを取り戻すことはできないかもしれない。
だが、自分の無力さに怯えて立ち止まっているわけにはいかない。待っていても俺はいずれ殺されるだけだ。
これは責任感でもヤケクソでもなく、レギナを助ける使命に燃えることや、村を救うための正義心でもない。
やらなければ進まない。何も掴めない。
ただただ、それだけが、わかっているからだ。




