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【回想】フォチュアとリーリィの出会い③

「フォチュア!!」


 人の声。はっとして立ち止まる。


「フォチュア!!」


 バリーだ。引きちぎったのか、ツルを手足につけたままマントを翻していた。


「フォチュア、枝を返すんだ! あの枝は大事なものなんだ!」


「子供だからって馬鹿にしないで」


 むっとしながら切り返す。


「全部しゃべって、洗いざらい。どうして森を焼いたの」


「それは……」


「ここの森のヌシを殺したらどうなるか知ってるの?」


 バリーは明らかに動揺している。うなだれるように歯を噛み締めてから、「もちろんわかってるよ」と呟いた。


「だからリーの枝を折ったんだ。ドライアドの女王が死んだらこの土地の力が落ちて、麦畑にも影響が出る。村を守るためにも、リーの枝はギルドが管理するべきなんだ」


「意味がわからない。グランデリとかいう魔物と一緒に森を襲ったんでしょ? なのに村を守るため?」


「……リーの化身に聞いたのか」


「そうよ」


 すましているのが気に食わなかったのか、ただ驚いたのか。バリーの顔に浮かんでいたのは、何も知らない子供を咎めるための怒りだった。走り寄ってきたバリーは、私の肩をがっと掴んで揺らした。


「フォチュア、魔物を信じてはいけない! ドライアドの女王は君を利用しただけだ!」


「質問に答えて」


「ああ、俺がリーの枝を折ったのも同じ理由だ! たしかにギルドは魔物と結託して森を乗っ取った、でも魔物からすると村の損益はどうでもいいんだ! 森の中に木を置いたら、グランデリに奪われてしまう! そうなったら、村が魔物に支配されるのと同じだぞ!」


「……」


「早く枝の場所を教えるんだ。君のしたことは親父に報告したりしない、だから早く」


「嫌」


「フォチュア!」


「絶対に嫌。私、約束を破るのは嫌いなの」


「そんなことを言っている場合じゃないだろ!!」


「ギルドは村を守らないで、お父さんとお母さんを死なせたじゃない!!」


 ハイドンの言葉を思い出す。助けを求める私に、お父さんとお母さんを助けると嘘をついた。村に被害をもたらしたのはギルドなのに。


「魔物が森を襲うことを知っていたなら、なんで村を守らなかったの!? 犠牲者が出るってわかっていたのに!」


「……それは……」


「答えてよ!! 大嘘つき!!」


「……」


 バリーは口を開きかけて、閉じた。私に叱咤は意味がないと知ったのか、それとも嘘つきであることを認めたのか。


「……大人の事情だ。君にはまだわからないよ」


 苦しそうに俯きながら、バリーは弱気につぶやいた。


「君の両親を救えなかったことは無念だ。村に犠牲者が出たことも。でも、今の俺ができるのは、これ以上事を拗らせないことだけだ」


 バリーは悪人ではない。その印象は、たしかに正しかったと思う。当時の私はバリーの言葉の意味を察せるほど賢くない、感情任せの子供だったけど、それだけは……。


 私は涙が出そうなのを堪えながら再び問い詰めようとすると、しゅんと風を切る音がして、バリーは私をを胸に引き寄せた。


「ドライアドか……!」


 木にまとわりつくツルが鞭のようにしなり、バシンと地面を叩いて落ち葉を舞い上げる。地面は力強く線を書いたようにえぐれていた。バリーは剣を抜き、私を肩に抱えて走り出す。


「ちょっと、離して! やめて!」


 私はバリーの胸の横で両足をホールドされていたが、背中をぽかぽかと叩いて訴える。枝を挿したところが遠ざかっていく最中、木の上に女の人が立っているのが見えた。大人の美女。リーリィとは違う、ドライアドの大人だ。


「ロリコン! 変態えっち!!」


「殴るなら後で好きなだけ殴れ、今はジタバタするな!」


 木がメキメキと音を立てて、伸びる枝がドスンと槍のように降ってくる。バリーは右に左にと攻撃をかわしながら、森の出口を目指した。



***



 森の外に出ると、ドライアドは追ってこなかった。バリーは重そうに歩いてフラフラと蛇行し、私を下ろしてから、地面に手をついた。


「……はぁ、はぁ……くそ……」


 ぜえぜえ息をしているバリーよりも、私はリーリィのことが気になって、家の方に向かう。


 けど誰もいなかった。バリーに切られたわけではなさそう。逃げたのかもしれない。


「……あの子、大丈夫かしら……」


 でも、これで彼女を助けることができた。ハイドンたちの弱みも握った。優越感とまではいかないけれど、私は真実に辿り着ける自信があった。


「フォチュア、君のしたことがどれだけ危険なことなのかわかっているか?」


 いつのまにかバリーがそばに来たらしい。私は振り返らずにはっきりと言う。


「ええ、わかっているわ。でも私は何も怖くない」


「死に急ぐようなことはやめろ」


「つまらない慰めね。あなたに私の何がわかるの?」


「木のありかを教えろ」


「嫌」


 このマセガキ、と悪態をつかれた気がする。


「……とにかく、木のありかは必ず俺に言え。弟と親父には言うな、俺を通せ。いいな?」


 絶対に言うつもりはないけど、わかったわと返事をした。


 そのあとは、バリーが集会所まで私を送ってくれた。ちょうど配給が始まっていて、避難した村人たちにパンやスープが渡っているところだった。


 その中には、励ますように明るい声を出すハイドンもいる。


「……俺はまだやることがある。ボロは出すなよ」


 私の頭をぽんと軽く叩いて、バリーは集会所の外に出て行った。


『知らないから来た、グランデリ。アモルと、森を燃やした。バリー、ドライアド追って、リーを折った』


 リーリィの言葉を思い出して、人だらけの空間できょろきょろする。森を燃やしたのはアモル。ギルドが関わっているとしたら、主犯はハイドン。


 今できるのは、権力者のハイドンに探りを入れることくらいだわ。私も配給の列に紛れ込んで、ちらちらと偽善の笑顔を貼り付けた中年を睨む。


 アモルは集会所にいないようだ。人気のないところで見回りでもしているのかもしれない。


 バリーと違って、アモルは控えめで大人しい印象だった。いつも俯きがちで声が細く、何を考えているかわからない不気味さがある。挨拶をしても顔を背けられるから、いい印象を抱いたことはない。


お盆を持ち、ギルドのお姉さんからスープを受け取り、ハイドンからパンを受け取る。「おや、君は」と、ハイドンから声をかけられた。


「お父さんとお母さんは見つからなかったようだね」


「……ええ。死体すら見てないわ」


「そうか。約束を守れなくてすまなかった」


 バリーと同じようにぽんぽんと頭を叩かれたけど、不愉快極まりない。その手から逃げるように一歩下がって、「そういえば」と軽い言葉を前振りにして、質問を投げかけた。


「アモルはどうしたの?」


「アモル?」


「バリーはさっきみたけど、アモルは見当たらないから、何してるんだろうって」


「ああ……あの子なら森で見回りをしているだろう。ああ見えても剣の腕は立つからな。魔物の一匹や二匹は相手ではな……」


「今だいたいどの辺にいると思う?」


 急かすように言葉を遮ってしまって、ハイドンは少し驚いたようだった。


「アモルに何か用があるのか?」


「少しね。まあどうでもいいことなんだけど」


「……そうか」


 ハイドンは口周りの髭を撫でて、「あいつなら日没にギルドまで来るはずだ」とこぼした。

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