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【回想】フォチュアとリーリィの出会い②

「……リー・リー」


 廃墟となった実家で手当をすると、ドライアドはそう言葉をこぼした。


「……リー・リー? どういうこと?」


「リーが燃やされた。でも生まれた。だから、リー・リー」


 脈絡を得ない言葉だったけれど、「リー」は森のヌシの名前だったから、「リー・リー」がドライアド自身のことを示していることは何となくわかったわ。後から知ったことだけど、彼女は自分の名前を持たないから、咄嗟に思いついた名前を口にしたみたい。


 少なくとも、名乗ったということは、魔物が私に心を許してくれていることになる。私も自己紹介をした。


「私はフォチュアよ。ラフルメのしがない村娘」


「フォチュア」


「リー・リー……あなたの名前、少し呼びにくいからリーリィと呼ぶわね。ねぇ、あなたはどうして森が燃えたか知っている?」


「……ヌシを盗まれたから」


「ヌシ? 森のヌシのこと?」


「リーは森のヌシだった。けど奪われた。この森は、ドライアドがおしまい」


「……つまり、魔物同士でいざこざを起こしたってことかしら?」


「リーは負けた。森はグランデリのもの」


「グランデリ……」


「知らないから来た、グランデリ。アモルと、森を燃やした。バリー、ドライアド追って、リーを折った」


「ちょっと待って、登場人物が多すぎる。アモルとバリーは知っているけど、グランデリ、って誰?」


 アモルとバリーはハイドンの息子たちだった。当時、二十歳と十六歳。アモルはちょっと怖い雰囲気があったけど、バリーは気のいいお兄さんという印象だった。バリーは若くして冒険者になっていたから、村でも評判の少年だったわ。


「……人間が、魔物と手を組んでドライアドの女王(レギナ)を襲った?」


 つまり、村が被った被害は人災ということになる。私はリーリィをさらに問い詰めた。


「あなたはリーに近しいドライアドで、バリーという人に助けてもらったのね」


「違う」


「どうして?」


「フォチュア、バリーから木を返して」


 ドライアドに縋りつかれて、思わず面食らってしまう。


「木を返すって?」


「木が盗られたら何もできなくなる」


「バリーから、木を取り返してほしいってこと?」


「まだ近くにいる。バリー殺して」


「人間が人間を殺すのは罪深いことよ。私にはできない」


「……」


 リーリィは諦めたような表情をしていた。最初からダメ元で頼んだのかもしれない。


 魔物に手を貸すなんて、普通は考えないわよね。でも、両親を奪った真犯人が別にいるとわかったから、私は立ち向かうつもりでいた。


「殺すことはできないけれど、捕まえて聞き出したいことはあるわ。私にできることがあれば言って。村にまで火をもたらした罪は償ってもらうべきよ」



 こうして私は、魔物の少女と手を組んだ。




***



バリーはリーリィのことを探している。


 痕跡を残せば誘き出せるはず。ドライアドの葉っぱの生えた髪を少し切り、家の近くに落としておく。


「……でも、どうやって捕まえてようかしら」


「押さえる」


「だから、どうやって」


「こうやって」


 リーリィがぐっと前に手を伸ばすと、家の周りに伸びているツル状の雑草が蛇のように這い、ざりさりと室内に入り込んできた。


「すごい……植物を操れるの?」


「育ててる」


「育ててる?」


「魔法。見ているのは、地面の重さ」


 これは、重力と照らし合わせて成長させているから、まるで動いているように見えるということみたい。


 当時の私は魔法に疎かったけれど、後々冒険者のことに詳しくなってから、人間の魔法師にはできない芸当だと知ったわ。


「でもバリーから木を奪ったら、それからどうするの? あなたの本体ということは、人間の心臓みたいなものよね。隠し場所を考えないと……」


「森のどこか」リーリィはすんと言う。


「曖昧ね」


「森のどこか、なら、わからない」


「……たしかに、木は木の中に紛れ込ませる方が目立たないけれど」


「そのどこかなら、リー・リーとフォチュア以外、木を知らない」


 リーリィがぴくりと何かを察して、ふと西側の森へと目を向ける。私もつられて視線を辿った。


「来てる」


 リーリィと共に、家の裏にしゃがんで身を隠した。でも巨大な化け物の下顎のように屋根がないから、地面に張り付くように膝をつくしかない。見つけた隙間から森の方の様子をうかがう。私には足音が聞こえない。おそらく、相手は存在感のない歩き方に慣れている。私の父もそうだった。


「打ち合わせした通り、捕まえても殺さないでね」


 リーリィが少し遅れて頷いた。


 人影が目に写る。バリーだった。細身の体と、淡白ながらも精悍な顔つき。正義の味方と言われる方がしっくりきそうなほど、悪いことをする人には見えない。その手には大人の人の背丈に満たないほどの木の枝を持っていた。村の男の子が剣士ごっこに使うような代物ではなく、何本も枝分かれした枝だ。


 きっとあれが、リーリィの木ね。ばくばくする胸をぎゅっとつかむ。ゆっくりと静かな呼吸をして、存在を悟られないように神経を張る。


 バリーはリーリィの木の葉に気がついてる素振りだった。でも草むらに足を踏み入れようとしない。長年人が踏んで作られた道をうろつき、キョロキョロとあたりを見渡すだけだ。罠があることを察したのかもしれない。このままだと、私たちがじきに見つかってしまう。


「……あいつ、草の中、入れば……」


「私が誘き出すわ」


 リーリィが不思議そうな目をして私を見た。


「草むらに入るから、わざと私の足を捕まえて。バリーは私を助けようと飛び込んでくるはずよ」


 バリーが悪人だとは私も思っていなかった。村の仲間を疑いたくなかったというのもあるけれど。身を張って人を騙すような作戦を思いついたことには私も驚いた。


 でも、今回の森焼きに関わっていたのは間違いない。ラフルメの村人ではなく、フォチュアとして。私はただ、両親の死を招いた真相を知りたかったのよ。


 バリーの視線が外れた瞬間を狙って、私は駆け出した。


「……っ、誰だ!!」


 バリーの張り詰めた声が飛んだ。


 私は冒険者じゃない。気配を消すことなんてできない。ただ草むらに潜りむだけ。


 息を大きく吸って、喉を絞り出す。


「きゃあああああーーーーーー!!」


 私の悲鳴と同時に、植物のツルがざらりと動いて、私の足に絡みついた。


「っ!!」


 狙い通り、バリーは草むらに飛び込んで来た。足をとられて転がった私を見ると、驚愕の顔をしてすぐ、瞳に正義感を灯した。


「じっとしてろ! 今助ける!!」


バリーが剣の柄に手をかける間もなく、一斉に動いたツルがバリーの体を絡め取り、身動きを封じた。


「くそっ! 女王(リー)のなれの果てめ、どこに隠れて……」


 隙は今。


 私は立ち上がり、バリーが握る枝を奪い取って、森へと走った。


「なっ……!? おい、待て!!」


 森に1人で入るのは自殺行為だ。魔物に襲われてもおかしくない。遠ざかるバリーの声は、木の枝を盗んだ小娘を止めたい一心ではなく、私の危険を案じる叫びのように聞こえた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 私は、馬鹿だったのね。馬鹿だったのよ。私はどこか、このまま自分が死んでもいいと思っていた。天国があるなら、この地を孤独に生きるより、両親のそばに行きたい。真面目だったから、自分から死んではいけないと考えていただけ。魔物に襲われて死んだから、それは自殺じゃなくて事故だ。そんな屁理屈を捏ねて。


 足が疲れて、速度が落ちる。息をつきながら後ろを振り返る。バリーが追ってきている様子はない。


「……木の枝……挿さないと……」


 子供の足だったから、そんなに深いところまでは来ていない。でも乱立した木の中には、私の背丈くらいしかないものもある。


 その近くにした。手で土を掘って、枝を挿す。落とし穴と同じ。土の上に落ち葉を被せれば、人が手を加えたようには見えない。


 土まみれの手をはたいて、私は来た道を引き返す。全速力ではないけど、その時も走っていた。

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