交差する思惑
「……グランデリが……レギナと約束したことを破ったのか……」
「それはないと思うわ」フォチュアが言う。
「もしゼロくんが危険に晒されたら守るって話をしたのでしょう? グランデリはゼロくんに手を出させないわ」
「どうして」
「だって、ニルスはゼロくんを攻撃したいわけではないもの」
「……あ」
そうか。ニルスの狙いはあくまでもレギナで、俺の生死はどうでもいいのか。
レギナはニルスが大切に守るだろうし、グランデリとの契約は反故にならない。
「そういうことか」
死にかけの俺が唱えた不完全な蘇生の術式。
あの場で対象指定のない魔法がかかるとしたら、ニルス、俺、ニルスの虫、たまたまその辺にいた魔物……。
もし俺の命乞いの意識と森の魔物……グランデリの意思に従う手先に魔法が反応して、結果的に俺は助かったのかもしれない。
「……だが逆に、グランデリ側に力を与えてしまった可能性もあるのか」
魔物に”転生”が起きて新しい能力が芽生えたとしたら。
「……厄介だ」
良い方に考えれば、フォチュアやリーリィのように寿命や気持ちに影響するだけで済んでいるかもしれない。レギナが自分の本当の変化に気がつかなかったように、相手もまだ自分の変化に気がついていない可能性もある。バレなければ、パワーアップした相手に対峙することはないだろう。
「……グランデリがニルスと手を組むとしたら、交渉材料があるはずだ。一体何を……」
「もう少し浅く考えてもいいかもしれないわ」
「浅く?」
フォチュアの言葉の意味を聞き返す。
「不戦協定よ」
と、銀色の髪を耳にかけながらフォチュアが答えた。
「グランデリはニルスが森に滞在することを許した上で、ニルスが村やギルドとぶつかっても干渉しないという約束を交わすのよ」
「……ニルス側が村を攻撃できたのはそれが理由か」
たしかに、グランデリはギルドとは繋がっているが、村の住民には興味がなさそうだ。ギルドが仲介しているから、ドライアドが農作の手伝いをしたり、人と魔物同士で争いをしない、相互関係が築かれているだけで。
「もっと言えば、グランデリはギルドにも関心が薄いわ。前のギルド長がいなくなってしまったから」
「ハイドンのことか」
グラをこの村に連れ込んだ張本人。
「……ずっと引っかかっていたんだが、グラとハイドンはどういった関係なんだ?」
全ての関係性はハイドンから始まっている。グランデリを連れてこのラフルメの村にやってきて、ギルド長になった。そしてグラは森を占領し、ハイドンは村を支配した。
そして、現ギルド長のヴァヌサは、ハイドンの孫に当たるという。
「ヴァヌサは天国の叔父様に殺されるとか、叔母様がナントカと語っていたが。叔父というのはフォチュアの夫だった人か」
叔母様はたぶん、グランデリのことだろう。
……ヴァヌサの身内に魔物がいる?
だが、ヴァヌサは間違いなく純血の人間だ。俺みたいな半魔ではない。どういう血縁かよくわからないが、フォチュアなら全部知っているかもしれない。
「……そうよ。バリーは……私の元旦那は……ポリドンの息子」
フォチュアは昔を思い出すかのように少し遠い目をして、ぱちぱちと燃える焚き火を見つめていた。
「バリーの弟が、ヴァヌサの父親よ。話すととても複雑な関係なのだけど……」
フォチュアの口から語られたのは、全ての始まりだった。




