老齢少女たちと作戦会議
お久しぶりです。少しだけ書き溜めができたので、ぼちぼち投稿を再開しようと思います。
日が暮れ始めた。リーリィに連れられて、俺はフォチュアが休んでいるという苔むした掘っ建て小屋までやってきた。
この森は村人と交流があるために、冒険者が休息するための建造物がいたるところに建てられているそうだ。井戸は付いていないが、水は川から汲んできて確保しているとのこと。雨風を凌げるなら野宿よりはいい。
「……ニルスのいる場所まではわかっている。あとはどう攻めるかだ」
正直レギナのことが気になって寝たりする場合ではない。もたもたしていると、ニルスが村から離れてしまうかもしれないからだ。だがフォチュアは「焦りは禁物よ」と俺を諭した。
「レギナちゃんのことが心配なのはわかるわ。よくわかる。でも貴方の体調が万全でなければ、ちゃんと戦おうにも戦えないわよ」
「一応夜間散策の経験は、」
「村の集落をひっくり返した犯人がわかっていない今、むやみに動き回るのはよくないと思うの。グランデリが支配している森の中ならまだ安全よ。ギルド所長も森のヌシも、リーリィと私を危険な目に合わせることは望んでいないもの」
「……」
「私もできる限り協力はするけれど、力で手を貸すのは難しいわ。特技は知恵をしぼることと料理くらいだから」
「それでも助かる」
「リーリィも手伝えることは手伝うよ!」
「……ありがとう」
レギナのように戦えなくても、ヴァヌサのように権力がなくても、二人の存在が誰よりも心強い。今はそばにいてくれるだけでありがたかった。
「……はい、簡単なものだけど、きのこのスープができたわ。食べながら話を整理しましょう」
塩味のスープで胃を温めながら、俺はフォチュアとリーリィに、これまでのことを話して情報を共有した。アレスたちを南方面の洞穴の中に隠していたことも、洗いざらい。
リーリィは俺を尾行していたから大まかに事情を知っていたが、フォチュアは驚いたようだ。だがすんなりと「それでシチューを持って行ったりしたのね」と頷いた。
「死んだ人を生き返らせた上で監禁していたなんて、なんだかすごいことをしているわね」
「……あんまり心良い話ではないが」
なぜかフォチュアは嬉しそうである。
「ごめんなさい。不謹慎だけど、こういう話をすることにわくわくしてきちゃって」
「……刺激に飢えているのか」
「そうね。ずっとこの村の中で生きてきたから」
……さて。状況を整理しなくてはならない。
第一目標はレギナの奪還。
第二目標はニルスを倒すこと。
第一目標が達成できれば逃げてもいいのだが、俺が魔法紋を持つ限り、魔王城に向かわなくてはならない。ニルスが感づいて先回りしてきたら最悪だ。ニルスは魔法紋自体に興味はないが、もう一人の兄に遭遇することも厄介だ。結託されたら勝ち目はないだろう。ほぼ無限に魔力を使えるとしても、俺は魔王紋の力を扱いきれていないし、しかも戦い方が下手すぎる。
それに、人里には逃げ込めない。ラフルメ以外の村も襲われるかもしれない。
ニルスの仲間かもしれない魔法師の存在も侮れない。
「ねぇ、悪い魔法使いは探す魔法で見つけられないの?」
リーリィが首をかしげる。俺は「そうだ」と答える。
「相手は魔法紋を持っている。だが、魔法紋は魔法を発動していない時には、<察知魔法>に引っかからない」
<察知魔法>はあらゆる魔力の流れを察知できる便利な魔法だが、欠点がある。魔法が発動している場所では放った魔力が捻じ曲げられて、正確に相手の位置を捉えられないことだ。例えば魔法鉱石がある鉱山では魔法が吸われてあらぬ方向に飛び、死体は乱れた魔力を放つから魔法が通りにくくて察知が難しい。もちろん、魔力を通さない性質がある絹も障害になるが。
だが察知できない場所は、魔力の障害となる何かが存在するということになる。知識さえあれば、推測の範疇で問題にならないことがほとんどだ。
逆に、魔力の流れがないものは<察知魔法>に引っかからない。
魔法紋は魔道具として数えられるが、通常、魔力を増幅できる魔道具は大きさに比例して効果が強くなり、色んな物質が含まれているから<察知魔法>に引っかかってくれる。だが魔法紋は大きさと効果の強さは関係しない。肌に貼りつく刺青みたいな薄っぺらさで、莫大な魔力を操作できる。既成事実としての認識は、魔法紋の本体は魔力を動かさないことだ。
魔道具は魔力の加速装置。魔道具の質量が大きいほど、それだけ一度にマナをたくさん動かせる。マナを動かせるということは、触媒になれるということ。
だから魔法紋が魔力を動かさないということは、触媒の役割は持たないということになる。
……なら、魔法紋の触媒は何処だ?
魔物のように血肉を触媒に変質させるのではないかという説もあったようだが、今は否定的だ。人間の魔力は魔法鉱石を使わなければ、魔法が形にならない。
魔法紋は人から人へと引き継がれる。始祖の魔法師が作ったとか魔物の化石から取り出されたとか、根拠のない起源の説はたくさんあるようだが。
そのため実態のない触媒があるという非現実的な理論しか立てられず、機能の証明ができない。製法も不明、仕組みも不明。だから魔法紋がどうして魔力の増幅ができるのか、未だに解明されていない。
このように性質が例外的であるために、魔法紋は希少かつ最高級の魔道具とされてきたのだ。要人ばかりが所持しているのもそのせいである。察知されないということは暗殺を防ぐことにもなるし、護身にもなり、また服の下に隠して正体を欺くことができる。
「……ということは逆に、相手が俺を察知することもできないはずだ。隠密行動をするなら俺が有利でもある」
「レギナちゃんがどこに連れていかれたのかはわかるのよね?」
「気配までは掴めなかったが、推測はつく。ここから北東の森、山の中腹あたりだ。ニルスは絹の巣を作っている」
フォークを木々の闇の奥へとつき立てて、方角を示す。
「……あとは、ニルスのところまでどうやって潜り込むかだ。あいつは魔法以外の技に優れているから、俺が感知されなくても、物理的な侵入には気づくかもしれない」
蜘蛛の糸みたいなトラップを仕掛けているかもしれないからな。
「ヴァヌサたちもきっと、犯人探しの過程でニルスの巣の存在には気がついているはずね。そのニルスっていう人が魔法師と繋がっているなら、きっと調査に向かうわ」
「なら、そっちにニルスの気が逸れているうちに俺がこっそりと通る」
「それが一番確実かしらね。うまく行くかは別として」
フォチュアがふと、腕を組んで地面を眺める。
「……一つ思ったのだけど、どうしてニルスは逃げないのかしら?」
「逃げない?」
「相手はレギナちゃんを狙っていて、目的は達成したのよね? 村を攻撃するような騒ぎを起こしたんだから、ギルドが追ってくるのも、そのうち増援がくるのもわかっていると思うのよね。実力の程は分からないけれど、勇者が何人も来たら流石に勝てないでしょう?」
「……アレスくらいの実力者が5人いたら……ドラゴンもあっさり死ぬか……」
勇者は単身でドラゴンを狩れる。あらゆる魔法に特化した魔物を倒せるのだから、魔法紋を持つ魔法師でも苦戦を強いられるだろう。
だが、他のギルドから応援がくるまで丸二日はかかると仮定すれば、まだ猶予はある。山の向こうの村も最近ドラゴンに潰されたばかりだ。ニルスが焦って逃げる必要はない。
山の途中に巣を作った理由は……単なる野宿?
「ねえ、その蟲使いの人って、住むところ探したりしてる?」
ふいにリーリィが言う。
「もしグランデリみたいに森を乗っ取ろうとしているなら、わざと逃げないで追い打ちかけようとしているとか??」
「確かにね。高所に陣を築くなら、攻撃の準備をしている可能性もありえるわ」
「……だがそれだと、ラフルメの村人以外に、魔物も相手にする必要がある」
ニルスの敵が増えるだけだ。わざわざリスクが増えることをするだろうか。
「……いや……取引ならできるのか……」
ラフルメの村を取り巻く四角関係。ラフルメのギルドはグランデリに協力して、グランデリはドライアドの支配をしている。ドライアドはラフルメの耕作を手伝うことで存在意義を保っている。また、村長を含めた村人たちは、魔物を制御するギルドに逆らえない状態にある。
ドライアドの女王、リーリィを森の魔物とギルドで監視することによって、ドライアドの反逆は防がれている。だがリーリィ自身は戦意がなく、さらに同族から女王の座にいることを疎まれている。
「リーリィ。ドライアドたちがニルスと手を組む可能性はあるか」
「……うん、ありえると思う。お姉様たちは森を取り返したがっているから、もしグランデリを追い出してくれるなら協力するかも」
「何も聞いていないのか」
「お姉様たちがリーリィに教えるわけないよ」
「待って、もしドライアドがニルスと手を組んでいたら、リーリィが危ないってこと?」
不安げな顔をするフォチュアに、リーリィが首を振った。
「でも、お姉様たち全員がニルスの力にはなれないはずだよ。ドライアドの本体は木だから、西の森に住んでいるドライアドは戦うのが怖いと思う」
「そうか……木を人質にされたら下手に動けないか」
「でも、グランデリとも手を組むなら、怖いものはないよ」
「……」
待て。そうなると……。
村の集落を襲ったのは、森のヌシ……グランデリが関わっている?




