新魔法の発見
遅くなり申し訳ありません。
俺は弱い。最強と呼ばれる力を手にしても弱い。大きな存在にはなれない。
最強なのに弱い? 何故そんな矛盾があるのか。
……簡単だ。俺が本当の戦いに身を投じたことがないからだ。
いつも遠巻きに補助魔法を使ってみているだけ。危険のないところでぼんやりと待つだけ。目で見ているからイメージまではできるが、それを自分の体でやろうとするとうまくいかない。このままでは良くないと、ギルドが持っている道場で格闘訓練を受けた時期があったが、全く身にならず。アレスの呼び出しが多くなってからは通いきれなくなってやめてしまった。
魔法紋を手にしてからは、アレスとナヴィを圧倒し、ランクの高い魔物も一撃で灰にした。レギナから預かった力は本物だ。できないわけではないのだ。理不尽はうち壊せばいい。力で突っ切ればいい。
本気で戦った。本気でニルスに勝とうと思ったんだ。なのに魔法が思うように使えない状況にパニックになって、敗北した。
アレスに一瞬で地面に倒されたことを思い出す。
洞穴でナヴィから不意打ちを食らった衝撃を振り返る。
……俺は何をしているのか。
「リーリィ」
「ふん?」
「勝てない相手に勝つには、どうしたらいい」
「それは無理だよ」
俺は黙った。そうに決まってる。影虫に刺されても運良く生き残ったが、もう一度挑みに行っても、同じように虫に翻弄されるだけだ。しかも、今は森を吹き飛ばすレベルの大きすぎる魔法は使えない。心臓をヴァヌサに握られているから。
「……リーリィは、ポリドンやグランデリに勝とうと思ったことがないのか」
「へ?」
「二人を潰せば自由になれる」
「でも他の魔物が許さないよ。リーリィが森の主になったって、従いたくない魔物が襲ってくる。修羅場は嫌だ」
「……」
「それに、リーリィは何処にもいけない。この木がないところでは、力が消えて生きていけないから」
「……」
「もしね。もし夢が叶うなら二人で旅に出たいねって、フォチュアと言ってたんだけどね……もうフォチュアはおばあちゃんになっちゃったけど」
「若返ったが」
「フォチュアはなんやかんやで喜んでるよ。痛かった腰も痛くないって。でもリーリィは、長生きされると良くないなって思う」
「どうして」
「またずっと、リーリィのために人質になるんだよ、フォチュアは」
「……」
「八十年間ずっと村に縛られて、ようやくバリスのところにいけるって考えてたのに」
「……」
「でもこれはリーリィの勝手な考え。フォチュアは困ってないよ。お兄ちゃんが悪いわけじゃない」
「……」
「お兄ちゃんはリーリィとフォチュアに夢をプレゼントしてくれたんだよ。リーリィには誰かと繋がりたい気持ち、フォチュアにはもう一回やり直すための人生」
「プレゼント……」
はっとした。失敗魔法はレギナにもかかっていたが、彼女はなんと言っていた?
『ぼくらレギナ・スライムは同格の個体を分裂させても、記憶は引き継がれない』
『……深くDNAデータを漁れば、断片くらいはあるのかもしれないけど』
レギナは失われていたはずの古代魔法を思い出していた。
『……魔王に血統は関係あるのか?』
『ないんだったらぼくが魔王になっているね』
つまりレギナの夢は、力。記憶が呼び覚まされて、現代では誰も知らない魔法を手にしたのだ。
ということは、失敗魔法に法則がある?
俺は二回も、誤った蘇生の術式を口にした。
一回目は周囲の胸に秘めた願いを叶え。
二回目は、敗北に後悔した俺の命を救った。
また、蘇生魔法の実験では、グラドウルフの骨の息を吹き返させた。
発見した蘇生魔法の特徴は、
1、生物を進化させることができる。
2、未来にも過去にも干渉できる
3、対象指定に有効なのは細胞?
4、暗黒魔法の一種である
5、復活した死体は肉体の欠損があっても動く
6、見えない胃袋がある
3は細胞ではない。見えないもの……意志が対象なのだ。死体は物言わないが、意志を持っているかは誰にもわからない。もし、細胞レベルに刻まれた想いがあるとしたら、あるいは細胞自体が持つ本能が魔法の対象になっていたとしたら……生き返るという「願い」が叶えられる。
5、6も、もしかしたら単なる進化ではなく、現実に適応させるための現象なのかもしれない。不条理の修正、いや補足みたいなものだ。
アレスとナヴィは、未だに何かの能力を持っている兆候はない。本人が気づかないようなものなのかもしれないが。もしかしたら本当に持っていない可能性もある。
「そうか……」
「お兄ちゃん?」
「俺はとんでもない真理に気がついてしまったかもしれない」
蘇生の術式は高度な禁忌魔法とされていたが、実際に唱えられる人は限られている。ドラゴンだって厳しいだろう。そもそも俺みたいに何回も使うことができない。サンプルが少ない実験はなかなか進まない。
だから誰も、その魔法の本質を知れる機会がなかったのだ。
時間にまで干渉し、ないものをあるものして変化させる。
死者を生き返らせるとは、世の中の理を捻じ曲げることだったのだ。
「……なら失敗した時の共通点は、」
一回目は対象をきちんと指定しなかったせいで魔法が分散した。
二回目はそもそも魔法が言語化できていなかった。
一回目は何故俺に魔法が向かなかった?
二回目はどうしてニルスや影虫ではなく、俺に魔法が効いた? しかも何故蘇生の術式が発動した?
魔法の気まぐれだと言われればそこまでだが、きちんと詠唱できなかった魔法は不発に終わることが多い。
「……」
わからない。
だがその結論を保留にしても、蘇生の術式があれば何度でもニルスに挑戦できるのではないかという希望が見えてきた。
「これは、望みを現実にする魔法」
ということは、俺が「レギナを連れ戻したい」という望みを持った上で唱えれば、魔法は願いに応えるのだろうか?
「……リーリィ、少し下がってくれ」
「へ?」
「試したい魔法がある」
目を閉じて、じっとレギナの姿を頭に浮かべる。
レギナは何処にいる?
「<追尾の術式=其>」
ぐんと意識だけが遠くへ走っていき、影虫に取り付けたマークを辿った。
……予想通り、絹の虫籠が近くにある。
「<蘇生の術式=其・然・移動の術式=……其!>」
かっと目を開き、一歩下がった。
「…………」
レギナは現れない。移動の術式と組み合わせることはできないのか。
「……」
リーリィもキョトンとしている。
「……やり直しだ」
考えられる理由として、あの絹の虫籠の中にレギナがいない可能性だ。絹が魔法を弾く性質上、中身の気配までは確認できない。
また、絹糸が魔法を弾くせいでうまくいかないのかもしれない。絹糸鉄壁説……。
「周囲・察知」
次に単純な探知魔法で追ってみる。だが場所が遠すぎて気配が霞んでいる。レギナどころか、影虫の気配すら掴めない。
これ以上無理に範囲を広げればマナの消費が激しくなる。その直後に蘇生の術式を使ったらどうなるか……心臓の無事を懸念して中断した。
「……レギナは直接取り戻すしかなさそうだ」
願いを叶えるといっても、できることとできないことがある。距離の問題もあるのかもしれない。蘇生の術式がそもそも接近して使うものだ。
「……もう一度ニルスに挑む」
リーリィが「誰?」と言わんばかりに首を傾げたから、「レギナを攫ったやつだ」と答える。
「いや、これなら何十回でも挑めるかもしれない」
負ける度に失敗の帳消しを願ってなかったことにすればいい。
……とはいえ、おそらくその帳消しにも限界はあるだろう。だが可能なだけマシだ。
もし俺の思うような蘇生の術式が発動しなかったら一巻の終わり。ミスは絶対に許されない。
……もう、蘇生の術式という名前は正しくないかもしれない。言い伝えられてきた正確な魔法が魔法の本質を引き出していないからだ。
「……魔法の名前はどうやって決めるんだ?」
問題は、俺が見つけた魔法に相当する単語を知らないことだ。




