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神秘のドライアド

「……はれ? お兄ちゃん、どうしてここにいるの?」


 幼げな声と褐色肌。フリフリのレースがたくさんついた人形のような少女が、俺の顔を覗き込む。


 リーリィだった。森の奥に避難したはずだが、そうか。その近くまで飛んできたのか。


 何十キロも飛ばされるようなことはないだろうと思っていたが、座標指定はしていなかった。誰もいないところに行きたいはずだったが、無意識にリーリィたちを思い浮かべたのだろうか。それとも単なる偶然か。


 魔法には解明されていない部分もたくさんある。無意識が”偶然”に組み込まれても、それを否定する根拠はない。


「こんなところで寝たら風邪ひくよ?」


「……眠たくて」


 わさわさと音がして、落ち葉が降ってきた。リーリィがかき集めて俺にかけているようだ。


 ハラハラと散りおちる落ち葉を眺めていると、何だか埋葬されている気分になった。苦しみも悲しみもなく、神秘の中に埋れていくかのような。どちらかというと、心地良い気分だ。


「……フォチュアはどうした」


「ここから少し離れたところで待ってる」


「……そうか」


「おにいちゃん、何かあったの? お姉ちゃんは?」


「取り戻せなかった」


「……」


「ヴァヌサに協力してもらおうと思ったが断られた」


「だよね。ヴァヌサ冷たいもん」


「……」


 リーリィが俺の中の形にならない気持ちを代弁してくれているみたいで、少しほっとした。


「リーリィ」


「ふん?」


「伝わらない苦しさってどうしたらいいんだろうな」


「……」


「話下手な俺が悪い。自分が悪いのはわかっているんだ。でも俺の訴えは形にならない。言葉全てが軽々しく見られて嘲笑されて、聞く価値もないと切り捨てられる」


「……」


「どうしたら人とちゃんと話せるようになるんだろうなって。俺の実力が足りないことに気づかされて……どんどん辛くなってくるんだ」


「そんなの簡単。合わない人とは一緒にいなければいいと思う」


 口をへの字に曲げて、リーリィは細い腕を組んだ。


「リーリィはお兄ちゃんのこと好きだよ。好きな人と一緒にいればいい。お兄ちゃんを嫌っている人になんか、ぷいってそっぽを向けばいいのに」


「だが好みと必要は別物だ」


「お兄ちゃんは誰と仲良くなりたいの?」


「……」


 仲良くなりたい相手。

 すぐにレギナが浮かんだ。


「お兄ちゃんはヴァヌサのこと嫌そうにしているのに、頑張って近づこうとしているように見えるの。ヴァヌサと仲良くなりたいの?」


「違う」即答する。


「俺はただ、()()()()()


 ヴァヌサが俺を嫌悪しているのはひしひしと伝わってくる。


「アレスとナヴィのことも」


 俺のことを見下して笑うあの悪意が、鈍く胸に突き刺さる。


「俺のことなんかわかってくれるはずがないと、わかっていてもだ」


「……おにいちゃんは頑張り屋だね」


 リーリィはふわっと笑って、空を見上げた。


「私もね、周りに嫌なヤツが多いよ。ずっと寂しかったから、友達が欲しかった」


「……フォチュアがいるだろう」


「フォチュアも孤独だよ。リーリィのせいで、フォチュアはずっと我慢を強いられてきた。結婚も勝手に決められて、バリスも死んで、それでも一人にしかなれなかった」


「……バリス?」


「フォチュアと結婚した人。リーリィやドライアドを管理するための冒険者だったの」


「……」


「リーリィはバリスのこと大嫌いだったけど、フォチュアは幸せそうだった。時々ムッとくるくらい、フォチュアと仲がよかったから。私も恋をしてみたいなと思ったのも、その頃だったかな」


「……魔物は恋ができないはずだ」


「できないから知りたくなるんだよ? 魔物が感じるのは忠義だけど、遠いものではないと思う」


 ふとリーリィは俺を見て、「立てる?」と言った。


「ついてきて。リーリィの本当の姿を見せてあげる」


「本当の姿ならもう見た」


「へ?」


「最初に出会った時全裸だっただろう」


 リーリィは目をパチクリさせて、「変態えっち」と呟いた。


「この体は私の一部にすぎないよ」


 重だるくなっていた体を伸ばしてほぐし、立ち上がる。スタスタと足早に森を歩くリーリィは何も言わなかった。


 そして、特に何の変哲もないところで立ち止まる。


「お兄ちゃん、この木」


「木?」


 リーリィが指差すそれは、ひょろりと細くて高く伸びる、どこにでもある木だった。


 ……ドライアドは一つの森の中で生まれ、その生涯を終える。

 

 ドライアドの本体は樹木だからだ。木は動けないから何処にもいけないし、火に巻かれても逃げることはできない。


「これがリーリィの木。これが枯れたらリーリィは死ぬ。リーリィが死ねばこの木も枯れる」


「……おかしくないか」


 リーリィはドライアドの中でも重要な存在であることに間違いない。だが、どうしてリーリィの本体がこんなにも貧弱なのか。グランデリの近くで見たドライアドたちに比べて、樹齢も高くない。


「リーリィはどうして人質になれる。ドライアドの女王にしては若すぎる」


 ルソールのところで俺は色々な推測を述べたが、そこには多くの穴があった。

 まさか大筋が正解だとは思わなかったが。だが俺にその穴まで埋める力はなかったから、なぜ正解なのかはずっとわからないままだ。


 抱えていた疑問をぶつけると、リーリィは真剣な顔を俺に向けた。


「あのね。本当の女王はもういないの」


「……」


「本当の女王は、ポリドンとグランデリに殺されたの」


「何だって」


「でもね、バリスがね。まだ少年の冒険者だったバリスがね、女王の木の枝を土に埋めた。それでリーリィが生まれたんだよ」


「……差し木か」


 合点がいった。差し木というのはつまりクローンだ。

 ドライアドの女王の分身が土に定着し、新たなドライアドになった。そして森から逃げ出したリーリィは、フォチュアに助けられた。


 その後ポリドンたちは、リーリィをドライアドを服従させるための人質として利用することにした。リーリィが逆らうことがないように、彼女が慕うフォチュアも巻き込んで。


 バリスがどんな心意で女王の一部を逃したのかはわからないが、ポリドンの共犯者だろう。ドライアドたちの見せしめに女王を殺して、その分身を手中に収め、服従を強要した。

 だが、魔物は服従の条件として強さを盾にするものでは? ドライアドたちにとっては年端もいかないリーリィを再び女王と認めるのは合理的ではない。他のドライアドが女王になり変わった方がいいように思えるが。


「変だなって思うでしょ? 何でリーリィが女王なのって」


「……」


「理由はお兄ちゃんと同じだよ」


「……?」


「お兄ちゃんしか魔王になれないのと同じで、リーリィにしかできないことがあるからだよ。それを失わないために、女王が死ぬまでは代替わりができないの」


「……」


「でも身内争いはありだよね。ドライアドはリーリィを殺して新しい女王を作ればいい。それができないのは、リーリィのそばに冒険者ギルドとグランデリがいるから。誰も手が出せないんだよ」


「……」


 ポリドンは相当なキレ者だったのか。リーリィはあまりにもよくできている人質だ。


 リーリィがフォチュアの家にばかり滞在しているのも、森は居心地が悪い場所なのだろう。リーリィの存在はドライアドからも疎まれ、グランデリの手下にはじっと見張られる。孤独の中でフォチュアに縋るのも当然だ。


「リーリィはドライアドのお姉さまたちのために命を捨てたくない。フォチュアを失うのも嫌だ。だからリーリィはこのままなの。ずっとずっと」


「……」


「それにリーリィが何もしなければ、みんなおんなじくらいの不満を抱えて平和に暮らせる。リーリィが勝手なことをしたら、平和のバランスが崩れてたくさんの人が死ぬかもしれない」


「……」


「だからね、リーリィは魔物のお兄ちゃんたちに会えて嬉しかったの。人間の旅人は魔物を好かないから、私のこと変な目で見るし」


「……リーリィ」


「変な魔法かけられて最初は戸惑ったけど、リーリィはお兄ちゃんに恋ができて楽しいよ。ドキドキしたり、心配になったり。フォチュア以外の人が傷つけられてこんなにむかむかするの、嫌な感じだけど楽しい」


「……俺の失敗魔法を肯定的に捉えてくれたのか」


「これが作られた感情でも偽物じゃないって思ってる。リーリィにとっては楽しいから、本物」


「……」


「だからお兄ちゃんはね、私の”好き”に後ろめたくならなくていいの。リーリィのことは信じてね」

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