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捕虜の扱い

 フォチュアの家に戻る。レギナの言う通り、夕食はきのこのシチューだった。

 余ったシチューを「夜食に食べたい」と言って、鍋ごと預かり、パンと共に<手持ち倉庫(ホルム)>に入れ、例の洞穴に向かう。


「……レギナもついてくるのか」


「心配だからね。君はあいつらを前にすると、フリーズする癖がある。それを克服しない限りは、真の意味で最強にはなれないよ」


「……」


「正直、理解はできない。君の邪魔しかしないやつを生き返らせるなんて。生かしておくだけ面倒だと思わないのかい?」


「……面倒だ。だが、」


「だが?」


「アレスとナヴィは俺の事情に巻き込んだだけだ。死んでいい理由はない」


「君の行動は矛盾しているよ」


「矛盾はしていない。弱いものを助けるのが、魔王の役割なのだろう」


「……」


 感情に素直になるのは大事だが、感情論で人を圧制するのは何か違う。

 俺はアレスと同じようなことをやって、自分を貶めたくないだけだ。


 傲慢(サペル)嫉妬(イヴィル)怠惰(アケッド)強欲(アヴァル)暴食(グル)色欲(ルクス)憂鬱(メラコール)虚飾(イリム)憤怒(イル)悪言(ディアボルブ)

 太陽神教の教典では”十悪魔”と呼ばれる。



 負の感情を持つのは人間の性だ。それは本来、自分をマイナスに落ち込ませるためではなく、プラスに働かせるための心だと言う。人が十悪魔を生まれ持っていることにも意味があるのだと、ノース先生は言っていた。


「……フリーズはしないように精進していく」


「君は魔王として、もっと自信を持つべきだね」


 ……自信か。

 大きな力を持っても、そう簡単に持てるものではない。


 二人の捕虜がいる洞穴はしんと静かだった。「生きているだろうか」と不安になり<周囲(シア)察知(インフ)>を使う。二つのじっとしている生命反応があって、ほっとした。


 作った土壁を破壊して、中に入る。アレスとナヴィが振り返り、無言でこちらを睨んでいた。


「……食事を持ってきた」


手持ち倉庫(ホルム)>からシチューとパンを取り出す。カトラリーの用意を忘れたことに気がつき、適当な細長い石を<生成の術式(オプタム)>で歪なスプーン状にして置いた。


「……フォチュアの飯は美味しい。冷める前に食べた方がいい」


「――ざっけんなっ!!」


 ガンと鍋を蹴って、アレスが俺をまくし立てる。


「誰がお前の持ってきた飯を食うかよ。こんなものを惨めに頂戴して口に入れろってか?」


 こんなものという言葉にむっとする。

 

「……アレス、食べ物を粗末にするな」


「胸糞悪りぃ飯を食うくらいなら、何も食わねえ方がマシだ!!」


「魔王の意志に刃向かうのかい?」


 レギナが口を挟む。


「それとも強引に食わされたいのかな? ぼくが腹に詰めてあげようか?」


「レギナ、そこまでしなくていい」俺は止める。


「何でさ?」


「アレスに食べさせるのはナヴィの仕事だ」


 四肢を不自由にしているわけではないが、アレスは自分でものを食べることは少ない。特に手づかみで食べるものはナヴィが口に運ぶ。


 予想はしていたから、スプーンも一本しか生成しなかった。


「……え。この勇者まさか、赤ちゃんプレイが趣味なの?」


「んなわけねぇだろ!! 食い物の油を手につけねぇためだ!」


 アレスが吠えるように否定するが、レギナの目つきは不審者を見るそれだ。


「手が汚れるのが嫌だってこと? でもシチューはスプーンで食べるものじゃないのかい?」


「アレス様は食事の時間を勉強時間に割いているのです」とナヴィ。


「食事中に本を汚さないために、私を食べさせる係にと、任命してくださりました」


「……よくわからないけど、そういうものなんだね」


「ああ。そういうものだ」


 アレスの言い分だと、“ものをとって口に運ぶ単純作業”を排除し、効率よく時間を使いたいらしい。パルーバでは結構有名だ。勇者らしい勤勉さだと褒める声もあるが、違和感を語る声も多かった。流石に本人の前で言う人はいなかったが。


 俺も違和感はある。食事は食事で集中して摂るべきだろうと思うのだが、本人たちも合意でやっているわけだ。どうこう言う理由もない。特に肯定も否定もしてこなかった。


「ところで。二人共、何か違和感は感じないか」


「は?」


「体がおかしいと思ったら言って欲しい。対処する」


 アレスは訝しげな顔をしていたが、これ以上何かを言うのは控えた。


 俺は黙って石で皿を生成。水の魔法で砂を濯ぎ流してから、風魔法で鍋の中身を移す。鍋ごとおいていくと、アレスの乱暴な扱いで壊されかねない。中身だけ置いて、すぐフォチュアに返そうと思った。


「……また明日来る」


 それだけ告げて、また洞穴の入り口を封じておく。


「ふう……」緊張した。


「君にしてはまあまあ頑張ったね」


「……そうだといいが」


「で、結局いつまで閉じ込めておくの?」


「蘇生後の影響がわかるまでは、二人を隠す」


蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>を使ったことで、アレスもナヴィも、何かしらの力が付与されているのは間違いない。その正体がわかるまでは手元において監視し、対処(・・)が分かってから解放する。

 地図が手に入るまでに判明するかはわからない。もし地図の方が早ければ、ナヴィにかけた洗脳魔法だけ解いて、俺たちはすぐラフルメを後にすればいい。


 B級ランクの勇者が、魔物の巣窟である魔王城まで追ってくるのはまずないだろう……勝てるかどうかも怪しいドラゴンに剣を向けていたことを思い返すと、半分自信はないが。


 ぴょんぴょんと跳ねる頭蓋骨が俺の前にやってくる。しゃがみこんで頭を撫でてやる。最初は奇妙な“生き物”だと思ったが、だんだん可愛く見えてきた。


「……だが環境があまり良くないか。風邪を引かれても困るな」

 

 番犬一匹と、床の硬い洞穴。冷え込む時期ではないとはいえ、天井の穴からの空気が寒さに繋がるかもしれない。


「捕虜に対して優しいね、君は」


「アレスはあまり心配していないが、ナヴィが危うい」


 ナヴィは魔法師だ。暖を取ろうと思えば取れる。だが自分の身を顧みない節があるから、アレスが「寒い」と言えば、火口がなくても炎魔法を使い続けるだろう。


 魔力を持続して使えば疲労につながる。度が過ぎれば命を落とすこともある。


 ……何度も<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>を使うのは躊躇いがある。生き返るたびに強化することになれば、俺の手にも負えなくなるかもしれない。


「あのナヴィっていう女、かなり歪んだ忠誠心があるよね。どうしてあんなに尽くそうとするんだろう」


「……わからない」


 俺がアレスのパーティに加入した時には、すでにああいう関係が築かれていた。他の冒険者たちは慣れているのか、特に気にしている様子はなかったが。もしかしたらアレスとナヴィは長い付き合いなのかもしれない。


集・全物(コルグ・オムレム)>で焚き火に使えそうな枝葉を集めながら、ふと思いつく。


「……ヴァヌサは知っているかもしれない。ナヴィと知り合いらしい」


「ヴァヌサって君のトラウマの人だよね?」

 

「……そういえば、昼過ぎにヴァヌサに会った」


 村の長老の家に行ったことはレギナに軽く話してあったが、ヴァヌサのことは省いていた。


「へえ。どうだったの?」


「……鈍器だった。色々と」


 物理的にも精神的にも。


「鈍器? ……まあ、いい印象はなかったってことは察せるよ」


 早めに冒険者ギルドに行かなくてはならない。

 冒険者を離脱する手続きが必要だ。


 俺はパルーバ支部で登録しているから、ラフルメ支部がパルーバ支部と連絡をとることを考えると、俺の居場所はバレてしまうだろう。


 だが地図が来るまで1週間。レギナの話だと、パルーバとラフルメは徒歩で10日はかかる距離があるから、伝書鳩を使うにしても、電報が往復を終える頃には村を出ている。


「……明日、ギルドの脱退手続きをして来ようと思ったが。地図の到着が遅れるといった、不測の事態があった場合はどうするか」


「ああ、それは問題ないよ。あの商人、問題なく地図を手に入れているみたいだから」


「……スライムの見張りをつけたか」


「荷物に忍ばせてみたんだ。1週間かかるって言ってたけど、順調なら明後日くらいには戻って来るんじゃない?」


 なら、明日の方針は決まりだ。


「……ヴァヌサは俺の顔を覚えていなかった。名前も含めて、黙っていればすぐ終わるかもしれない」


「そうだといいね」


 魔法で集めた枝葉を、<(ウェンル)方角(レギル)>で竜巻のように浮かせて、洞穴の上の穴に放り込んだ。


 これくらいあれば、<着火(ピラム)>で焚き火ができるだろう。

*補足 太陽神教にて、十悪魔は真に人間らしく生きるために忌避すべきもの説かれています。


 人は五つの双生悪魔を宿して産まれ来る


 其れらは兵士として争いを携え

 人を滅する力となる


 其れらは悪魔である

 汝、囁きに心を傾ければ、悪魔の支配に飲まれるだろう

 汝、其れらが焚きつける士気に食われてはならない


 其れらは悪魔である

 命果てるその時まで胸里ペクタに巣食う邪気となる

 

 十悪魔を従えることに大義なし

 既に傲慢サペルの手の内に有り


(太陽神教 教典十五番ノ一 “十悪魔を自戒”より抜粋)

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