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意思疎通

「ぼくらレギナ・スライムは同格の個体を分裂させても、記憶は引き継がれない。ってこと、確か話したよね?」


「……」


「君の言葉を聞いて、ざっと自分のDNAデータを読み直してみたんだ……驚いたよ。ぼくの中に、知らない記憶があるんだ」


「……意味がわからない」


「ゼロ。君に、ぼくの全てを教えてあげる」


 耳に囁かれた声は甘く脳に響いた。

 そしてさりげなく、レギナは俺のみぞおちあたりに手を置いている。


 こんなところでいきなりか。

 でも、そうか。レギナは魔物だから、ベットのない場所でも平気でできるのか。


「……やめろっ」


 その場で膝を折り、さっと横飛びしてレギナから離れる。


「ちょっと、逃げないでよ。これは君のためにもなるんだから」


「……来るな。近寄るな……」


「顔、赤くなってるよ? なんだ。強がるわりに、ぼくに触れられて恥ずかしいのかい?」


「まだ既成事実はないが友達以上恋人未満の関係だ。だが今は渡せない」


「え? 渡せないって、何が?」


「俺の純潔だ」


「……えっと? よくわからないけど、男の純潔ってそこまで守るべき価値があるものなのかな?」


「……」そう言われると反論が浮かばないが。


 俺は童貞であることにはコンプレックスを持っている。だが好みの女に誘われたからといって、ほいほいとついていく気にはなれない。貞操観念くらいある。


 もしノース先生のような、聖職者としての人生を歩むつもりだったなら、俺は真面目に禁欲を守るだろう。そもそもモテないとか、色々な理由を含むが……。


「ないわけではない、はずだ」


「尻すぼみの回答だね」


 レギナが何か唱えようとしたのを聞き取り、俺は急いで障壁を張る。


魔法障壁(マギアスクトーム)(ゼロ)(ピス)(モノ)


(マギアスクトーム)(イン)魔法(マギア)


 きんとガラスを打つような音がして、魔法障壁の一部に穴が開く。俺の顔周辺が無防備になった。


「スクイレ・クオリア=(ゼロ)接続(ユクシア)


 聞いたことのない術式だ。何らかの魔法を浴びて、俺は呆然とする。


 ……何も起きない。体が拘束されたわけでもなく、洗脳らしい魔法を受けたわけではない。


「("転生"ということは、新たな力を得る、別人になる……今よりずっといい条件で生きることができるって意味じゃないかな? そうであれば、()()()()()()()ことだってありえるはずさ)」


レギナがいつも通りの声で淡々と説く。


「(あれ? 今、ぼくが何を言っているかわかるかい?)」


「……ああ。わかるが……」


「(ああ、何だ。へえ……本当なんだね。驚いた)」


「……何が本当なんだ」


「(今、ぼくが何も話していないことに気がついているかい?)」


「……?」


「(でも声が聞こえるだろう?)」


 確かに、レギナは口を結んでいる。


「……何の魔法だ」


「ぼくの心を読み取れるようにした。これでぼくは、君に隠し事ができない」


 今度は普通に話している。


「……心を、読み取る……」


「(ああそっか、説明しないとわからないよね。)君が<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>を“転生”に例えたから、ぼくの仮説が間違っていたことに気がついたんだ」


 心の声と同時に、レギナが説明を始めた。


「(ぼくとしたことが迂闊だったよ。)君が魔法に失敗したあの晩、テロメアの延長だけにしか気がつかなかったから、単に寿命が伸びただけかと思ったんだけどね。でも実際は、過去のレギナ・スライムの記憶が蘇っていたんだ」


「……だから『知らない記憶がある』と」


「ぼくは全ての行動や発言をするのにDNAデータの解放が必要だけど、普段読み込まない部分もあるから、盲点だったんだよね」


「……すると、さっきの魔法は、レギナの母親? の魔法か」


「(ぼくに母という概念はないけど……人間基準に合わせると)まあ、そういうことかな。“伝心の術式”とでも名前をつけておこうか。一種の古代魔法(アクトマギア)だとは思うけどね」


「……消失魔法(ペルデ・マギア)か」


 消失魔法(ペルデ・マギア)は古代に開発され、現代に伝わっていない魔法だ。

 消失の理由は様々だが、例えば、その魔法を持つ国が消滅した場合、代用となる良質な魔法によって存在がフェードアウトした場合、開発されたはいいが使う機会が少なくなったなど。完全に失われたものだけではなく、かつては一般的だったが何らかの理由で使用者がごく僅かになった……という場合も含まれる。


確かに、“伝心の術式”は使える機会が思いつかない。「相手の心を読む魔法」ならわかるが、「自分の心を読ませる魔法」に意味はあるだろうか。


「とにかく。君がぼくの心根がわからないことに悩んでいるなら、ぼくが何もやましいことを考えていないと証明できるのが一番だ。でも口の弁解じゃ、信じてくれないだろう?(説得に必死になるのも見苦しいし)」


「……いいのか、それで」


「都合のいい魔法が見つかったのは偶然だけど、ぼくを信用してくれないなら、仕方がないよ(考えたことを読まれるなんて不愉快だけど)」


「不愉快か」


「当たり前だろう!」


 ブツブツと小さくて聞き取れない言葉も、心の声としてなら俺に届く。


(分からず屋め……ぼくだって嫌だよ。でもいくら強いぼくだって天才じゃない。間違いをするし、失敗もする。でもぼくは、ゼロに魔王になって欲しいんだ。なのに信じてくれないじゃないか……)


 ……レギナのことを誤解していた。


 彼女は腹黒いわけではない。自分なりの意見がしっかりしているだけだ。俺に都合よく合わせてくれる理由も、魔王だからというわけではない。俺との距離感を測りながら面倒を見てくれようとする、素の性格だったのだ。


 俺自身、自分の想いが伝わらない苦しみは存分に知っていた。理解されないもどかしさも十分にわかっていたつもりだった。でも、俺は自己保身から本音を隠して、レギナに同じ想いをさせていたんだ。


「……レギナ。もう一度質問をしたい」


「好きに聞きなよ。ぼくはもう隠し事はできないから」


「俺のことをどう思っている」


「……(昨日と同じか。結局どういう意味? 好きとでも言って欲しいのかな)」


「俺はレギナが好きだ」


「……は?」


 冷静を装っているが、心の声は「(はああぁ!? 何言ってるのこいつ!)」と動揺しているようだ。


「好きってどういう意味さ」


「わからない」


「(わからないの!?)」


「……これが恋愛感情かと言われれば違うかもしれない。俺はそういうのに疎い」


「(理解できない)」


「それでも信用できなかったのは、お前が俺の子を欲しているのかと思っていたからだ」


「……(え? ぼくが? なんで? 何気持ち悪いこと言ってるの?)」


「……気持ち悪いのか……」


「ごめん。まさかそんなことを考えていると思わなかったから」


 レギナが俺から距離をとった。明らかに引いている。


「(でもこれは、童貞だと言われるよね……過去の女にフラれた理由にも、ちょっと納得)」


 ……。女性不信になりそうだ。


「ごめんってば」


 俺がトラウマワードで落ち込んだのを察したのか、レギナは慰めるように謝った。


 だが、ヴァヌサの時とは違う。今回は俺が悪かった。


「いや……謝るべきは俺だ」


 俺がレギナを疑う考えに至った理由もしっかり説明する。レギナは心の中で相槌を打ちながら黙って聞いていた。


「なるほど。確かに、ぼくが君のDNAから子供を合成すれば、裏から魔王の力を牛耳ることはできそうだね。面白い考えだ」


「……」


「君の言う通り、ぼくはドライなところがあるかもしれない。弱いものは負けて当然だし、強いものに食われるのが道理だと思っている。仮にぼくが君を襲って既成事実を作っても、ぼくに押された君の弱さが問題だと思うね」


「襲われた方が悪いのか」


「悪いとかいいとかの話じゃないよ。弱い存在が強者にねじ伏せられてしまうことは、どうしても起こりえることなんだ。君だって、ぼくが現れる前は勇者に逆らうことができなかっただろう?」


「……」


「でも、“最強”が誰かに苦しみを与えるものとは限らないじゃないか。強い存在と言うのは頼られたり、信用されたりするわけだから。時に喜ばれる存在でもある。辛い現実にとらわれた自分を助けてくれるヒーローとしてね。人間が神様を崇めるようにさ」


「……辛い時に神頼みする気持ちは少しわかる」


「君は弱い人間だ。だけど、たまたま魔王になるための素質を持っていた。この道に足を踏み入れた以上、君は“最強”の偶像を保つべきなんだ」


「……レギナが俺に味方をするのは、俺が弱いからか」


「君が()()()()()()だからかな。ぼく自身も一応、強者の部類だと思っているからね」


「……もし、俺が魔王紋の継承を断っていたら、どうするつもりだった」


「洗脳して連れて行こうかと思ったけど、一晩いい思い出を作ってさようならの方が、お互い深く傷つかないで済んだのかもね」


「……推測を話さない方がよかったか」


「いいんじゃない? 仮に君を殺すことになっても、気持ちよくして死なせてあげるから」


「それなら死んでも悪くない」


「(だよね。言うと思った。)受け入れが早いところは、君らしいよ」


 レギナの言葉に、不思議と親しげな軽さがあったのは、気のせいだろうか。




 ……どうして俺は、魔王になってしまったのだろう。


 最強になれる力が魅力的だった。自分がこの世で特別な存在である証明が欲しかった。


 それが大きな理由だが、レギナをあっさり信用してしまったのも、ワケがあるはずだ。


「……一目惚れか」


「何が?」


 いや、たぶん、何か違う。最初は塩をかけて追い出そうとしたからな。


 ただ、自分の中の、よくわからない意識で運命を感じたのは、間違いないだろう。

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