不信感
「……ところで、レギナ」
「何だい?」
「今日はどこに行っていたんだ?」
帰路を辿りながら話題を振る。
「……森や村の周りを巡っていただけだよ」
「何のために」
「スライムの回収と再配置さ。あれ? ぼくは自分から分裂したスライムを食べて生きてるって、言わなかったけ?」
「……お前の目的は、それだけじゃないだろう」
レギナがちらりと俺を見た。
「どういう意味?」
「……俺とレギナは監視されている。この村に」
「うん。知ってるよ」
「知ってるのか。ならどうして俺に言わなかった」
「別に、村の民衆が得体の知れない旅人を監視すること自体はおかしくないだろう? むしろ警戒するのは当然だ」
「……長老に話はつけたと言っていたが」
「あのじいさん、堅物そうに見えて好色みたいなんだよね。若い女の子と喋りたがりでさ。上目遣いでお願いしたらすぐOKしてくれるよ」
「……」
「それに、自分の立場と村の責務をきちんと考えている人だ。ぼくは信用できると思ったんだけど」
「俺のことは信用していないと」
「それはお互い様だよ。君はぼくを警戒するような素振りを見せて、ぼくを突き放したじゃないか」
「……」
「君が土下座して頼み込んできたのにさ」
「……怒っているのか?」
「ぼくのプライドが傷つけられたんだよ」
「……それは謝る」
「もういいよそれは」
「……」
レギナは常に俺のことを考えている。俺に尽くそうとしてくれている。
ただそれは、俺を意のままに操ろうとする策だ。
俺が筆下ろしをしたいと言った時に引き受けてくれたのも、彼女なりの都合があったからだ。
……もし俺が、話を聞かないで勝手をする相手だったら、レギナはどうしただろうか。
俺に洗脳の魔法をかけて、誤魔化そうとするのだろうか。
実際、レギナは合理主義だ。俺に見込みがなければ、切り捨てようとするかもしれない。
……レギナから逃げなくてはならないのか。
だが、俺一人でこれからどうする?
「……ああそうだ。レギナから魔王の役割について聞きなおそうと思っていたんだ」
「魔王の役割?」
「……俺に魔法紋を渡す時に言ってなかったか?」
「ああ……というか、やっぱりちゃんと聞いてなかったんだね」
「……」
レギナはため息をついて、こう切り出した。
「ぼくはね。強い人には責任があるって考えているんだ」
「責任?」
「魔王は魔物を支配する。時に人の世界にまで手を伸ばす。それは魔王に無限の力があるからこそ、できることだ。どれだけ強くなっても、絶対に勝てない神のような存在がいる。それが魔王だ。常に全ての頂点に立つことで、世の中の不条理をなくすんだよ」
「……」
「魔王の素質に血統が関係する理由、なぜだかわかるかい?」
「……いや」
「大きな争いを作らないためさ。誰でも魔王になれるんだったら、魔王紋を巡って魔物同士も人間同士も大戦争になっているよ」
「……だが、魔王がたくさん子を成せば、それだけ血統が増えるだろう。何百人の魔王の血を引く存在がいてもおかしくない」
「残念ながら、魔王紋を引き継げるのは一親統までなんだ。先代のアンティフォドスは兄弟がいなかったけど、いとこはいてさ。でもその人は“魔王紋”を受け継ぐことができない」
「どうして」
「それはわからないけど、これも争いを最小限に抑えるためなんじゃないかな。これは魔王紋の性質だから、ぼくらにどうこうできることじゃない。少なくとも、今先代の血を受け継いでいるのはゼロを合わせて三人だけだ」
「……俺は魔王候補から除外されていた」
「まあね」
「親は俺を捨てたのか」
「……捨てたというより、意図的に遠ざけたのさ」
「遠ざけた」
「君は魔王にならない予定だったんだ。人間としてつつがなく暮らしていくはずだった。一生ね」
「……だがレギナは俺に魔王紋を渡した」
「前にも言ったけど、ぼくは二人の魔王候補に着く気がないんだ。アンティフォドスが死んだんだから、本当はどちらか選ばないといけないけどさ」
「どうやって魔王紋をとったんだ」
「ああ、簡単だよ……ぼくが魔王を殺したんだから」
カラスの鳴き声が空に響いた。
「……誤解のないように言っとくけど、ぼくは頼まれたんだよ、本人に。放っておいても死んでしまう状態だったからね。ゼロのことも、その時聞かされた」
「なんでその頼みを鵜呑みにした」
「魔王紋を外すには持ち主が死んだ時だから、」
「違う。なんで殺せた。例え命令だとしても、お前は大切な人をそんなにあっさりやれるのか」
「……」
レギナが立ち止まる。そして俺を見る。
サーモンピンクのそれは、何の感情もない瞳だった。
「やれるよ。ぼくにはぼくなりの忠誠心がある」
「俺のことも殺すのか」
「…•…」
「なら、きちんと聞いておきたい。俺を殺そうと判断するのは、どういう時だ」
馬鹿げたことを聞いているだろうか。俺に多くの隠し事をしているレギナが、素直に答えてくれるとは思えない。
「ぼくを遠ざけたくなったのは、それが理由かい?」
「納得ができないだけだ。本当はレギナを信用したい。でもわからないことが多すぎる」
「……そう」
レギナは少し考えるようなそぶりをしてから、再び俺を見る。
「君は素でかなりとぼけているところがあるから、多少の失言や行動は譲歩しているんだよ、これでも」
「……」
「ねえ、ぼくの目を見てくれる?」
「洗脳するつもりか」
「まさか。一度に二人も洗脳するのは無理だ。ぼくの魔力が保たない」
「信用できない」
「……君を殺すとしたら、ぼくの手に負えなくなった時だよ」
曖昧な答えだ。手に負えないというのは、言うことを聞かなくなった段階ともとれるし、魔王としての見込みがないと判断した時とも取れる。それとも、俺が強くなりすぎた時か。だがそうなればレギナが抑えられないと思う……俺の体に自由に操作できる爆弾でも仕込んでいない限り。
「じゃあ逆に聞くけど、どうしたらぼくを信用してくれるんだい?」
「……俺に隠し事をしないことだ」
「ふうん。じゃあ、他に何が聞きたい? 全部答えるよ」
「……」
ふと考える。「隠し事をしない」という言い方は失敗したか。嘘をつかれてもその真偽はすぐにわからない。それに、レギナは俺の質問には答えている。
「……あと、嘘をつかないでくれ」
「精一杯の誠意は示すよ」
「……テロメアの件」
「うん?」
「本当に時間操作の実感だけか?」
「<蘇生の術式>のことかい? ぼくはそう考えたってだけだけど。他の仮説が浮かんだのかい?」
「実験を知った結果と失敗魔法の結果から、“転生”という形で生き返っていると判断した」
「へえ。なるほどね」
「お前も転生しているんじゃないか?」
「……」
レギナは立ち止まった。じっと地面を眺めて何か考え事をしているかと思ったら、ふと顔をあげた。
「……そういうことか」
レギナは俺に振り返り、すっとスマートに距離を詰めてくる。俺は反射的に後ずさりし、背中が木にどんとぶつかった。
「何のつもりだ」
レギナのニヤリとした笑顔の返答。意味を解せず、俺の心臓が縮こまる。
……第一に何の魔法を唱えるべきかと、頭を巡らせた。




