さて、奴らを蘇生しよう
遅くなりました。
「……グランデリ。奴が、ポリドンが連れてきた魔物の筆頭だ。だが他所の魔物がドライアドを支配して、この村を発展させたのは事実だ。わしらもドライアドを迫害しているわけではない。ラフルメはドライアドがいなければ、村を維持できん。今更関係を変えようなどできんのだ」
帰路につきつつ、ルソールの言葉を思い返す。
「人は誰でも、後悔や無念があるものだ」と言っていた。
……確かに。それは同感だが。
不自然なのは、グラたちがポリドンに協力した理由だ。
魔物は他種の存在に興味がないのではなかったのか。
……グラたちにも、村に貢献することには、何らかのメリットがあるのだろう。
麦の育成と引き換えに、何を得ているのだろうか。
フォチュアもリーリィも納得しているなら、“転生”による若返りも恋心の芽生も、俺の杞憂にすぎないものだろうか。いや、まず、余所者の俺が首を突っ込むべきではないのかもしれない。
ふと、レギナの言葉を脳裏に浮かべる。
何か、魔王の役目で弱い魔物をどうするかと言っていた気がするが……。
……胸の谷間のことしか思い出せない。夕飯前にいたら、聞いてみるとしよう。
さて。例の洞穴のところに来る。グラドウルフの骨が俺に気がついて、ぴょんぴょんと跳ねていた。まだいたのか。
「……蘇生、やってみるか」
とりあえず、二人は洞穴に監禁する。
問題は、“転生”によってアレスとナヴィがどう変化するかだ。
おそらく、悪い意味でなく、元のままで復活はできない。ものすごく強化された存在になるかもしれないし、天使になって翼が生えるかもしれない。性格が変化する可能性もある。
少なくとも死体の腐敗は進んでいないから、見た目が大きく変わることはない……と信じたい。
<手持ち倉庫>から取り出した二人の死体を、洞穴の中で並べる。
冷えてはいるが、見た目は綺麗だ。
深呼吸。まずは、アレスから蘇生するか。
「蘇生、できそうかい?」
魔法を発動しようとした瞬間に声が聞こえて、中断する。
「……レギナか」
「ちょっと様子が気になって覗いてみたけど、順調そうならよかったよ」
「……」
一体今までどこにいたのか。
「この二人を逃さない方法は考えてあるんだよね?」
「……一応は」
「そう。じゃあ、新生魔王のお手並み拝見といこうかな」
「よっ」と掛け声を出して、レギナは近くの岩に座った。
……見られているとやりにくいと思いつつ。<蘇生の術式>を発動させる。アレスの首に手を当てて、魔力を注ぎ込んだ。
「……う……あ……?」
数分経っただろうか。うわ言のような声を上げながら、アレスがピクリと体を動かす。
「おー……すごいじゃん。本当に生き返ったね」
と、両膝に両肘を置いて頬杖をつくレギナが感嘆する。
「……寒……体痛ぇ……ここ、どこだ?」
「ラフルメの村だ」
「ラフルメ……?」
瞼が上がり、鋭い目が俺を捉える。
「……ゼロ……てめぇ……!」
「アレス、まだ無理に動かない方がいい。蘇生したばかりだ」
「ざけんなよ……うっ!」
思ったよりも辛そうにしている。体が死後硬直を起こしていたせいか。骨のようにすぐ跳ねるようにはいかないようだ。
「……次はナヴィだ」
もう一人の方にも<蘇生の術式>を使用する。
「くそ……ゼロ……殺す……」
アレスが物騒な言葉を吐いているが、俺が死んだら魔王の証が外れてしまう。
ナヴィも息を吹き返したことを確認してから、まだ横たわったままのアレスに向き直る。
「……まだ動けないか?」
「……―――っ」
「もう一度頼む。聞こえなかった」
声を拾うために、アレスに近づいた瞬間。
「<其・発破>……!」
背中から甲高い声がして、ハッと振り返ったがもう遅く。俺は魔法が生んだ風圧に吹っ飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
「……落ちこぼれ、が……アレス様に……触るな……!」
びっくりはしたが、魔力のコントロールが不十分だ。俺は無傷。大した威力はなかった。
「ゼロ、君は本当に呑気だね。敵意を持つ相手に背を向けるなんてさ」と、レギナのコメント。
「……開口一番に魔言語を唱えると想定していなかった……」
完全に魔法を発動できないようにするには<封じの術式=魔法>をかけるべきだが、まだ蘇生が完全ではない。細胞を魔法で無理矢理動かしている段階だから、「体が動くまで魔法は封じられない」と判断して、俺は使わなかった。
「……アレス。ナヴィ。悪いが、今は逃げられたら困る。ここでしばらくおとなしくしてくれ」
「オレが……てめぇに従うかと思うか?」
地や壁に手をつきながら、アレスがふらふらと立ち上がる。
「……パルーバの魔物は何とかした。今頃、ギルドが調査を始めているはずだ。俺たちの行方も探しているだろう」
「だからなんだよ。魔王の後継者争いなんぞ、オレやギルドには関係ねぇ。魔王はぶった切る。一族諸共皆殺しにする。オレの役目はそれだけだ」
「……そうなのか」
「つか、気に食わねえんだよ。雑魚が魔王の力を手にしていきがっているのがよ。落ちこぼれは落ちこぼれらしくしてりゃいいんだよ。世の中のためにもな」
「……」
少しは心でも入れ替えてくれればいいと思ったが。アレスの性格は“転生”の対象にならなかったらしい。
「アレス様……」
ナヴィも立ち上がる。顔は辛そうにしながらも、口元はつり上がっていた。
「アレス様は英雄になるお人です。ゼロは、おとなしく首を差し出しなさい」
「……俺が素直に首を縦にふると思うのか」
「黙れ。アレス様の恩を裏切ったクズが喋るな。死ぬべきはお前だ、クソ魔王」
「……はあ。生き返って早々、生意気な口が多いね」
俺が黙って何もしていないからか、不愉快そうな声を出したレギナがぽんと岩から飛び降りた。すたすたとナヴィに近づいて、その目を覗き込むようにしゃがみこんだ。
「う……魔物風情が、近寄るな」
「威勢だけのメスがよく言う。自分の立場をわかっているのかい?」
レギナはナヴィの髪を掴んで、強引に目を合わせる。
「<洗脳の術式=>其・我が命に従え>……」
……何処かで見た光景だ。
レギナはさらに何かを唱えると、
「いやあああああああぁーーーーーーーー!!」
突然、ナヴィが発狂したような叫びを上げた。
「いや、いやああああ、やめて、やめてぇ……!」
レギナは「ふん」と鼻を鳴らして、ナヴィを離す。
俺とアレスは目の前の状況についていけず、呆然としていた。
「い、いや、こんなのダメ……! 魔法を解いて……!」
「解くわけないよ。お前とあの勇者がおとなしくできていれば、何も起きないんだ」
「スライム女! ナヴィに何をした!」
アレスが唾を吐きながらレギナを睨むと、その視線を遮るように、ナヴィがふらふらと割り込んだ。
「アレス様、動いてはいけません!」
「は?」
「座ってください! お願いします!」
アレスが訝しげな顔をして、一歩踏み出す。
「い、いやああああああ! やめてぇええええ!! アレス様あああああああああーーーー!!」
またつんざくような悲鳴が上がった。狂ったようにブンブンと頭と体を振るナヴィを見て、アレスはおじげづくように、踏み出した一歩を引いた。
「あ、あ……申し訳ございません、申し訳ございません……! どうか魔物に屈したナヴィをお許しください……」
「……レギナ、何をしたんだ」俺が聞くと、
「ちょっと捻りのある洗脳をした。それだけだよ」
と、切り返される。
「こういう無駄にプライドの高い人間ほど、屈辱が聞くんだけど」
「……どういうことだ」
レギナはアレスにちらりと視線をやって、「ここで話す理由はないからあとでね」と言う。
「もう日が暮れ始めているから、帰らないと。今頃、フォチュアがきのこのシチューを作ってくれているよ」
「……きのこ」
「森に行ったから、お土産でぼくが持ってきたやつ。人も食べられるから大丈夫だ」
「……」
アレスとナヴィは逃げ出さないように、入口を土壁で固めておいた。<精神感作>の魔法を含ませておいたから、もし壁を破って脱走することがあれば、すぐに俺が感知できる。
「……人が近寄らないように、番犬を頼む」
ぴょんぴょんと跳ねるグラドウルフの頭蓋骨が、俺の言葉を聞き取っているかはわからないが。
頭を撫でると喜んでいるのか、俺の手に擦り寄るような仕草をした。
「……全く。君も甘いね。あの二人、そこそこの実力者だから、ちょっとした仕掛けならすぐ破ってしまうよ。ぼくの魔法がなければ、もう逃がしていたかもね」
「……で、ナヴィには一体何の魔法をかけたんだ?」
「『二人が少しでもゼロの意図に反抗したら、ナヴィはアレスを殺して自害しろ』と命令しただけだ。相手にするのも手間だし、殺しあってもう一回死んでくれた方がぼくらも楽だろう?」
「……」
レギナはやはりサイコパスではないかと思い、俺はそれ以上何も言えなかった。




