妙な偶然もある
「……昨日の娘っ子から聞いている。あんたが新魔王のゼロ・ウラウスだな?」
「……はい」
「ふん。思ったよりひょろい若造だな」
「……」
ラフルメの村の長老、ルソール・クピタム。あまり俺を歓迎していない顔つきだったが、ぶっきらぼうに「入れ」と家の中に通された。
「ほら、茶だ。好きに飲め」
「……」
「何だその無言は。最近の若者は礼の一言も言えないのか?」
「……いえ。ありがとうございます」
……参った。言うべきことをしっかり準備してからくるべきだったか。俺の苦手なタイプだ。
「で、何の用だ?」
「……ご挨拶が遅れて、すみません。匿ってくれたお礼を言いたくて」
「それだけか?」
「……それだけです」
「そうか。時間の無駄だな」
ルソールは俺からふいと顔を背けて、拡大レンズを片手に、新聞を読み始めた。
「……忙しいところ訪ねてすみません」
「忙しいように見えるか?」
「……」
「さっきはギルド長が来ていたから忙しかったがな。今は暇だ。話したいことがあれば好きに話せ」
「……」
ギルド長というのはヴァヌサのことだろう。
「……ヴァヌサと何の話をしていたのですか」
「そんなこと聞いてどうする」老人は新聞から顔を上げない。
「トラブルを起こさないというなら、村に滞在するのは構わんがな。村の事情に首を流っこむのは筋違いだろう」
「……いや。ヴァヌサの胸をどう思っているか聞きたかったので」
「うん?」
雑談は苦手だが、「無駄なものではありません。会話の緊張をほぐすためには必要ですよ」と、ノース院長が言っていた。ぱっと思いついた話題を口にする。
「ヴァヌサの胸がどうした?」
ルソールは興味を持ったらしく、俺をじろりとみる。
「……さっき、胸の勢いで階段から突き落とされたので。あれは凶器だなと」
「ぶっ!!」
ルソールは唾を吹き、プルプルと骨のような体を震わせる。
「……くくっ。なるほど。お前が玄関先で間抜けな顔をしていたのは、そのせいか」
「はい」
ぱしゃん、と新聞をたたみ、ルソールが再び俺に顔を向ける。
「このルソールの家に来て、村娘の胸の話題をする奴は初めて見た」
「……」
確かに。堅物そうなこの人に、卑猥な話題を持ちかけたら怒られそうな気がする。俺は無自覚だったが。もう遅い。
「それはヴァヌサを巻き込んだ自虐ネタか?」
「俺は巨乳好きなので。得意な話題なら話しやすいかと」
「……。ひょろいだけの若造かと思ったが。中身は面白い奴のようだな」
ルソールはようやく俺と向き合うことにしたらしい。新聞を脇において、体ごと俺に向き直った。
「お前、ヴァヌサの知り合いか?」
「……昔一緒に仕事をしました。一回だけ」
「そうか。……で?」
で? と言われても。
「一回会ったきりなので、ヴァヌサは俺を覚えていなかったみたいですが」
「だろうな。あいつは、興味のないことはすぐ忘れる」
俺に興味はなかったということか。わかっていたことだが。
「ま、実の腹の中はわからんがな。見た目に反してなかなかのキレ者だ。あやつは簡単に人を信用しない」
「……」
そもそも女の腹の中なんて簡単にわかるものではない。ヴァヌサもそうだが、レギナのことも、リーリィのこともそうだ。フォチュアも……。
「……そういえば」
ルソールは無言でマグカップの中身に口をつけている。俺は相槌を待たずに続けた。
「フォチュアの夫についてなのですが」
「……あのばあさんの夫?」
「この村以外の冒険者だったと聞きました」
単なる好奇心ではない。フォチュアは冒険者だった男と結婚して、最近に亡くしたと言っていたが。
「ああ。それがどうした?」
「この村は、五十八年前にやってきたポリドンという男が発展させたと聞きました。ヴァヌサがその孫であることも。村が魔物と仲良くできるようになったのも、約二十年前ですね」
俺は一つの勘を呟く。
「……この村の発展に貢献した魔物は、本来ここに住んでいない魔物だったのではない。と、思ったのですが」
「……」
「ポリドンがやってきたという時期に、怪我をしていたリーリィはフォチュアに助けられた。リーリィたちドライアドは、もともとこの辺りにいた魔物かもしれませんが。怪我をして弱った魔物が、わざわざ人里に降りてくるはずがない」
「考えすぎだ」
「おそらくですが。今の森の主であるグランデリは、ポリドンが連れてきて、森に住み着かせた魔物ではないでしょうか。ドライアドはグランデリとポリドンに支配された。何らかの方法で脅して、植物を操る魔物の技を使って麦を育てさせ、村人の信頼も勝ち取った。リーリィはフォチュアと仲良くするという名目で、実質の人質になっている」
「……」
「リーリィはそれを重要視しているのか、軽く見ているのかわかりませんが。少なくとも俺の監視をするようによく現れるのは、誰かの命令で俺を見張らせているからではないですか。さらには、その命令に、リーリィは逆らえない」
「……」
「フォチュアの旦那は元冒険者ということだが、フォチュアと結婚させたのは、ポリドンの目を光らせるため。フォチュアを利用して、リーリィを見張っていた」
「……」
「その旦那がどうやって亡くなったかはわかりませんが。フォチュアもリーリィも、監視の続く生活を許容していて、今に至っている。俺とレギナをフォチュアの家に置いたのも、監視をしやすくするためだ」
「……」
フォチュアが若返った理由。リーリィが恋心を覚えた理由。
魔物の骨が肉もなく動く理由。
これらの理由から仮説できることは、いずれも”転生”を意味しているのではないか。ということだ。そうなれば新しい生命が宿るにしても、元の記憶や魂を維持したまま、姿形が変化したり、進化したりする現象の説明にはなる。
蘇生の術式はそのまま生き返らせる訳ではない。
時を操ると言っても、それは次元を超えた意味も含んでいたのだ。
フォチュアは過去を取り戻したいと望んでいるのかもしれない。だから結婚する前の姿になった。
リーリィは救いを求めているのだろう。恋をきっかけに駆け落ちして、自由になる都合を求めていた。
「……ふん 、名探偵気取りか。根拠にも乏しい、無茶振りな推理だな。それで、何がしたいというのだ?」
俺は驚いた。なぜか、今の説明で言質が取れたのだ。
「まさか新生魔王、お前がドライアドとフォチュアを解放しようと思っているのか?」
「……いや。全然」
「うん?」
「今のは適当に考えついたことを話してみただけです」
根拠などないに決まっている。俺がフォチュアとの会話で何となく勘づいた”出来過ぎた話”の違和感から、他の情報と掛け合わせて思いつくストーリーを話して見ただけだ。会話を続けるために。
それがまさか、的確な推理となって現実のことと一致してしまうなど。思うわけがない。
案の定、ルソールはぽかんと大きく口を開けていた。
「……」
……ルソールと俺は初対面。会話が噛み合わないことは覚悟していたが。
自分のコミュニケーション下手が災いして、村の秘密を掘り返してしまったようである。




