巨乳は鈍器
「……関心か」
タイミング的に、リーリィの恋心が俺の魔法によって芽生えたものだとすれば、辻褄が合う。
フォチュアは若返りを望んでいた。
魔物の骨は肉を持たないままでも動くことができた。
そしてリーリィは、恋に興味を持っていた。
……<蘇生の術式>はただ時を操作しているわけではない。それはフォチュアのように”過去”として具現化することもあれば、リーリィのように”未来”に干渉することもある。そしてあの骨のように、死者の体のまま復活を遂げることもある。
1、生物を若返らせる
→違う。進化させることもできる。
2、それゆえに、本質は時間を操る魔法である
→実際は、未来にも過去にも干渉できる。
3、対象指定は”細胞”が有効である
→たまたま細胞に効果があるとわかっただけで、他にも指定できる対象があるのかもしれない。心は細胞ではない。
4、暗黒魔法の一種である
→ネクロマンシーとの違いは未だ不明。
5、復活した死体は肉体の欠損があっても動く
→生物を超越した、進化 (未来への干渉)によるものかもしれない。
6、見えない胃袋がある
→これも何かしらの進化である可能性あり。
……しかし、フォチュアとリーリィで効果に違いがあった理由は不明だ。
こうなると、レギナにかかった効果についても釈然としない。テロメアがなんとかで、若返りだと言っていたが……。
……嘘をついているようには見えなかったが。レギナにかかった魔法も、単なる若返りではない可能性がある。あいつ、何か、隠していないか?
「……これだと、アレスとナヴィも、元と同じように蘇生できるかわからないか……」
「あら? 誰を蘇生するの?」
「……何でもない。こっちの話だ」
「そう」と相槌を打って、フォチュアは深入りしてこなかった。
「あら、そういえば。長老様のところにはご挨拶に行った?」
……そうだった。今日中に挨拶に行かなくてはならない。
「朝一で行くべきだったか」
「別に午後からでもいいんじゃない? 朝はみんな自分のことで忙しかったりするもの」
「そうか。ならこれから行こう」
俺は長老と初対面だ。レギナが帰ってきたら、同伴を頼もうと思っていたが……なかなか帰ってこないため、ひとりで行くことにした。
「リーリィはついて行けないから、待ってるね」
リーリィはぽんとソファーに座って、クッションを抱いた。心なしか、少ししょんぼりしたように見える。
「……この村は魔物に寛容ではないのか」
「怒られはしないけど、嫌な顔される」
「……長老は魔物と仲良くしたがらないタイプか」
「仲良くしたくないというより、肩入れしすぎないようにしているのよ」とフォチュア。
「魔物は他の種族に関心がなさそうって言ったでしょ? だから魔物は人間をいつ裏切るかわからないって警戒しているのよね。長老の考えすぎのような気もするけど」
でも理解のある人よ、と、フォチュアはフォローするように付け足した。
……レギナも、俺が魔王であることは長老にだけ話したと言っていたからな。
スライムの女王からしても、信頼できる人物と判断したということだろう。
*
長老の家に行くため、村の中心部に向かった。そこには小さな露店が並んでいて、村人以外にも、旅人や行商人で賑わっている。ちょっとした町のようになっていた。
たまに道を聞きながらも、長老の家に辿り着く。石を積んで床下を高くしているが、フォチュアの家よりごちんまりとしていて、村の長の住む場所とは思えないほどのボロ屋だった。
……それでも、ラフルメ村を取り仕切っているリーダーの家だ。こういうところに一人でくるのは緊張する。まず俺は喋るのが苦手だ。最初になんとあいさつをしたらいいだろうか。
ぼんやり考えながら、玄関に続く短い階段に足をかける。ばんと肌色のものが目の前に現れて、どんと顔にぶつかった。
「……あらん? お客さんが来るなんて思わなかったわぁ。ごめんあそばせ?」
勢いで後ろに転んだ俺は、仰向けのままぶつかってきたものの姿を見上げた。
「……何だ、あれは……」
「ごめんなさい、声が小さくて聞き取れないから、もう一度仰ってくださります?」
俺をふっとばしたものがあまりにも大きすぎて、声の主の顔を拝めない。
「もしもし、大丈夫かしらぁー? 頭を打っておかしくなりました? 立ち上がれませんか?」
「……大丈夫だ……」
差し出された手をつかもうとすると、ひょいと手が引っ込められた。
「そぉう、大丈夫ならよかったわぁ。わたくし、急いでいますから失礼するわねぇ」
さっと顔の上をまたがられた。巨乳が歩く衝撃でどんと揺れていた。
「……黒レース……」
今、思いっきり股を覆う布が見えていたが。当人は気にしていないのか、足音はたかたかと遠ざかって行く。
「……」
地面に激突した頭の後ろをさすりながら、体を起こす。
……何というか、凄まじい威力の乳だった。あれはある意味鈍器だ。だか何処かで聞いた声だったような。
「……あ」
さあっ、俺の顔から血の気が引く感覚。ばっと後ろを振り返るが、もう人影はない。
甘ったるい声。見せつけるように大きく露出した胸。あれはヴァヌサで間違いない。
……だが俺のことには気がつかなかったようだ。
「……」
若干嫌な気分がした。ヴァヌサがわざとらしく差し出した手を引っ込めたことに、性悪さを感じたのだ。
「……」
会いたくない相手に遭遇したことにもやもやしていると、「そこで何をしている」と、枯れた声をかけられた。
顔を上げると、玄関先に渋い顔をした老人が立っていて、俺を見下ろしていた。




