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……恋?

「……リーリィ。聞きたいことがある」


「……」


「そこにいるのは気がついている」


「……」


 返事がない。


「逃げようとすれば捕まえる。おとなしく降りてきてくれ」


「……っ」


 突然だった。大量の葉っぱがハイスピードで落下してきたのだ。

 俺は即座に<魔法障壁(マギアスクトーム)>を張った。葉っぱが異常な重力を持ち、ずどどどどと、障壁を打つ。


 リーリィが動く。俺は<魔法障壁(マギアスクトーム)>を解除して、<繋縛の術式(リグル)(リィリ)アト(アルボ)>と唱え、木から離れられないようにする。


「~~~~!!」


 リーリィは木に置いた手足が離れないことに焦っている。俺は次に<(コルグ)>を唱え、“魔法的”にリーリィを木から引きずり下ろした。


「きゃあああーーー!」


 そのドライアドはスカートをはためかせながら”ポトン”と地上に落ち、尻餅をつく。その体制のまま、「はうぅ……!」と慌てたような悲鳴をあげて、俺から離れるように上半身を仰け反った。


「……落ち着け。とって食うわけではない」


「や、食べられる!?」


「待て。動くな。逃げられると困る」


「やだあ! 変になっちゃうから、こないでぇ……!」


 腕を掴んだらすぐにおとなしくなった。だが上気していた頬がさらに赤みを増し、目を潤ませてやや泣きそうになっている。


 女の子にこんな顔をされたら、さすがに俺もたじろぐ。俺はパッと手を離した。


「あ……」


「……すまない。強引すぎた。怖がらせるつもりはなかった」


 今度は何故か、少し悲しそうな顔になっていた。


「怪我はしていないか」


「うん……や、でも、でもね! 嫌の意味じゃないんだよ!」


「?」


「……。何でもない」


「そうか」


 一旦会話は終了した。


 リーリィの涙が落ち着き、顔の赤みが引いた頃に、例のことを聞く。


「昨日のわたしにかかった魔法?」


「……ああ。フォチュアとレギナには若返る効果があったが、リーリィも同じ変化があったのか知りたい」


「うーん……」


 リーリィが空を見上げ、腕を組み、しばらくウンウンと唸っていたが。


「違うと思う。リーリィは別に、若くなったわけじゃないよ?」


「なら、それ以外に体に異変はあったか?」


「うー、んー……異変なのかわからないけど……」


 リーリィは胸に手を当てる。


「ここがね、ちょっとだけもやもやするの」


「……もやもや?」


「落ち着かない感じかなぁ……リーリィ、こんなこと今までなかった」


「何か持病はあるのか?」


「花粉症」


「……ドライアドもなるのか」


「うん。人里にいる方が、楽な時もあるの。でも今の時期は花粉、そんなにない」


「そうだな。だとしたら別の要因か……」


 まさか、リーリィにだけは悪い影響を与えたのか?

 何か、妙な病気を発生させたとしたら……。


「……魔物を診られる医者はいるのだろうか……」


「いしゃ?」


「……無縁みたいだな。とりあえず適当な回復魔法を一通りかけておくか」


「リーリィも病気になるの?」


「……それはわからない。だが責任を持つべきは俺だろう」


胸がもやもやすると言っていた。少なくともその辺りに何かがある。


「少し触るが怖がらないでくれ」


「え? 触るって……きゃっ!?」


 回復魔法も魔力の分散を防ぐために、ゼロ距離で魔法を使うのが理想とされる。

 傷を癒す魔法、毒を抜く魔法、呪いを解く魔法、火傷を消す魔法……まじない的に神聖魔法の病気平癒を祈る祈印(ログシル)も刻む。


「や、手、動かさないでぇ……!」


 ……そう言われても、手や指を動かさなければ祈印(ログシル)を描けない。


 魔法が一通り終わると、手を離した。


「……胸は良くなったか?」


「~~~~~っ」


「……また顔が赤いが……」


「お兄ちゃんの変態えっち!!」


「え」


「これダメなことだよ! リーリィの胸にえっちなことした!」


 ……。俺は馬鹿である。


「膨らみがないから乳の存在を忘れていた」


 慌てて取り繕う言葉を吐き出すと、


「~~~~~~~~~~~~!!」


 リーリィは森全体に響きそうなほど大きな声で泣きじゃくり、俺が全力で謝罪をして許しを乞うたのは言うまでもない。




**


「あらあらあら。それは大変! とても重大な病に罹っているのよ!」


 昼になったため、リーリィを連れてフォチュアの家に戻った。卵とハムのサンドイッチを用意しているフォチュアにリーリィの状態について話すと、何故か笑顔でそんなことを言う。


「……心当たりがあるのか?」


「まあねぇ。リーリィもようやく目覚めたということよ。ふふふふふふふ……」


「リーリィ、何に目覚めたの?」と、目の周りの赤みが取れていないドライアドははてと首を傾げる。


「森で暮らす少女と何処からともなく現れた青年と……はぁ。ロマンチックね。あたしも旦那と出会った時のことを思い出してしまうわ……」


「……旦那さんは村の外の人だと言っていたな」


「ええ、冒険者だったのよ。あたしと結婚してからは田んぼを継いで、冒険者稼業はやめたのよね。たまにポリドンの手伝いには行っていたけれど」


「……だが、それとリーリィの症状に何の関係がある?」


「一目惚れよ。ひ・と・め・ぼ・れ」


 フォチュアはウインクをしてはぐらかした。で、結局どういうことだ。


「……っ、はっ!!」


 考えあぐねている俺より先に、リーリィが何か気がついたようだ。少女 (と言っても年上だが)は俺の顔を見上げて、料理に戻ったフォチュアの背中を見て、「はわわわわわわわわ……!?」とよくわからない悲鳴をあげた。


「わ、わたし、わたし、そんなこと……ねえフォチュアどうしよう!?」


「ドライアドは人間とも結ばれるって聞いたことがあるけれど。よかったじゃない、あなたにもようやく春が来て」


「ダメなことだよ! お姉ちゃんが許してくれない!」


「……それは実姉のことか? それともレギナのことか?」


 リーリィに姉がいるかどうかは知らないが。

ちなみに、レギナは不在にしている。ちょうど昼飯(スライムめし)にでも行っているのだろう。


 リーリィはまた顔を赤くして、モジモジといじらしく手を弄び始めた。


「お、お兄ちゃんは……結婚する相手とか、決まってるの?」


「……急にどうした。結婚も何も、俺は異性と付き合った経験すらない」


「でもお姉ちゃんとお兄ちゃんはアイジン? 何でしょ?」


「……そうだな。ある約束を交わしてそういうことにしているが、まだ邪な関係は持っていない」


「そういえばお姉ちゃん処女って言ってた……」


「レギナは厳密には違うと言っていたが」


「そ、それでも! 女っ気のある男に恋をしたら、本当はいけないんだよ! 本命の座を奪い合う修羅場をくぐらないといけないって、昔フォチュアに言われたもん!」


「……恋?」


「でも何で? 何でわたし、お兄ちゃんのこと急に”恋”になったの?」


「……俺のことが好きなのか?」


「ううん、普通だった」


「なら俺のことを少しでも気にしていたのか?」


「気にして……」


 リーリィは言葉を濁してから切り替える。


「違う。違うよ! リーリィは、お兄ちゃんのことが好きなわけじゃない!」


「……恋をしているのに好きではない。感情としてありえるのか」


「わかんない! でも、リーリィ、変! やだ! 修羅場はやだ!!」


「落ち着け」


 パニックになるリーリィをなだめ、俺はフォチュアに「頼む助言をくれ」と助けを求める。


「そうねぇ……不自然といえば、不自然よね。だって、リーリィは今まで一度も異性に興味を持ったことがなかったもの。あたしの旦那を誘惑したりなんてしなかったし」


「ドライアドは恋をするのか?」


「吟遊詩人の曲ではそういう逸話がたくさんあるけど、普通は逆よね」


「……」


「人間の男が妖精の美しさに惚れて、それからドライアドが受け入れるパターンが多いかしら。と言っても、これはおとぎ話の中のことだから……確証にはならないわね。この村でもドライアドと村男が愛し合っていたなんて話は聞かないし、相当まれなことだと思うわ」


「……なら、異種の魔物同士が愛し合っていた話は聞かないか」


「ないわねぇ。あたしの感覚だけど、魔物って、異種族には深い興味を持たない気がするわね」


「……」


「だから推測だけど、リーリィはゼロくんに恋をしているというより、”恋に恋してる”状態じゃないかしら。憧れや夢に感情が動かされて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……。恋は複雑だな」


 フォチュアの話だと、「好きでもないのに恋をする」という状態も、ありえるということだ。

 ……憧れや夢。それが”未来”のものであると仮定した場合、リーリィの感情は未来のものに変化してしまったということか?


「……だが、それだと『リーリィは恋に興味があった』ということになるな。『異性に興味はなかった』という話と矛盾する」


「リーリィは森の他の魔物たちに比べると、人間の生活を真似したがることが多かったわ。だから恋そのものに、関心はあったのかもしれないわね」


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