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スライムの倒し方

 さて、育ての恩がある孤児院に向かうところだったが、道の真ん中に何故かスライムがいた。


 スライムは、フィールドでは弱い敵の代名詞だ。だが魔物に慣れていない人にしてみれば、脅威でしかないだろう。


 実際、時に人を襲っては、強力な酸で皮膚を溶かしてしまう。子供が誤って踏んだりでもしたら、大事に至る。


 マシューは怯えてるし、魔物は魔物だ。さっさと駆除した方がいい。


 俺は<手持ち倉庫(ホルム)>から自分のロッドを取り出して、先端をスライムに近づける。


「<(サルス)>」


 ぼてぼてぼてと、白いものがロッドの先から滴る。スライムが嫌そうに体を捻った。


「ひゃあああーーー!」


 マシューがスライムを動きを見て、さささと距離を取る。


「ゼロ、だ、大丈夫なの? そんなに近づいて……」


「飛びかかってくるのはタイミングがある。それを見極めれば大丈夫だ」


「というか、何、その白いの……」


「塩だ」


「し、塩……?」


「スライムは水分の塊だからな。塩を振りかければ、水が抜けて勝手に萎びる」


「……」


 別に炎魔法を使って炙り焼きにしてもいいんだが。皮下に脂を持つグラドウルフと違って、スライムは本体に火がつかない。俺の火力では一撃で殺すことができないため、熱を帯びたスライムが決死の攻撃を仕掛けてくる方が怖いというのもある。


「こんなものか」


 日干しにされたミミズのごとく、潰れたスライムが完成した。


「<着火(ピラム)>」


 焼却処理も忘れない。


「よし。終わったぞ、マシュー」


 遠くに離れたマシューは、わなわなと震えていた。


「……どうした?」


 何か、やり方に問題があったのだろうか。塩に過剰反応していたから、塩が苦手だったとか。

 いや、そんなはずはないか。塩が苦手なら、マシューはシチューを食べられるはずがない。


「マシュー、もう大丈夫だ。スライムは跡形もなく消した」


「……」


「マシュー?」


「馬鹿なの!?」


 いきなり罵倒された。


「攻撃が『塩をかける』って何よ!? 男ならもっとがつんとした魔法くらい使いなさいよ!!」


「……だから、俺は攻撃魔法は使えないって……」


「もうちょっとかっこよく助けてくれてもいいじゃない!!」


「……」


 魔物を退治したことは変わらないのに、どうして怒られなければならないのか。

 これが女心という奴だろうか。俺にはよくわからない。


 腑に落ちない気持ちを抱えながら、歩みを再開する。一応は謝ったが、マシューはつんとそっぽを向いてふてくされ、一言も返事をしない。機嫌が直るまで放っておくことにした。


 そんなこんなで、俺とマシューはパルーバ孤児院へと辿り着いた。

 敷地に入ると、わあっと子供達がマシューに群がる。


「おかえりマシュー!」


「はい、ただいま」


「そのひとだれー?」「マシューのおとこ?」


「ち、違うわよ……彼はここの孤児院出身の人。みんなのお兄さんよ」


 記憶にない顔ぶれが多い。全員十三歳未満に見えるから、俺と顔見知りの奴らは、畑や食堂で仕事をしているんだろう。


 ……俺がここを巣立ったのは五年前。二つ隣の村で、住み込みで魔法道具屋の手伝いをしていたんだが、今年から冒険者に転職した。


 理由は店が畳まれたから。魔法道具屋を経営していたのは老夫婦だったんだが、親父さんが当然の病気で亡くなってしまった。おかみさんは「すまねえ、すまねえ」と俺に何度も頭を下げて、しばらくの生活資金をくれたから俺も何も言えなかった。おかみさんは故郷に帰ったらしい。その後の連絡はとっていないから、今はどう過ごしているかわからない。


 俺は仕事先を探して街に戻り、冒険者の兄 (血縁はなく、マシューや俺と同じ孤児院の出身者だ)の勧めもあって、この道に入った。


 早めに院長のところにも顔を出しに行こうと考えてはいたんだが、毎日の生活で手一杯だったからな……。結局五年もご無沙汰したことになる。


 少し小さくなったような気がするアーチをくぐって、裏口から中に入ろうとした。


「きゃあっ!」


「……どうした?」


 本日二度目の短い悲鳴を上げた、マシューの目線を追う。


「……またスライムか」


 道端に落ちていたやつよりは小さいが、ドアの取っ手口にでろんとした粘液がゆるゆると蠢いていた。


「嘘嘘嘘……! どうしてこんなところにまで魔物がいるの……!?」


「さあ」


「『さあ』じゃなくて、早く! 早く何とかして頂戴……!!」


「……」


 妙だな。人里に魔物が入り込むという早々ないことが、二回も起きている。


 スライムは周囲に仲間がいることが多い。つまり群生を作るのだ。そこからはぐれた奴が、人間の領域に迷い込んだりするのはまれにある。


 が、二体も三体もいることはまずありえない。


「マシュー。院の周りに塩を撒こう」


「え?」


「杞憂だといいんだが。生きているスライムが二体もいるということは、この近くに親玉がいるのかもしれない」


 スライム本体は生殖行動をしない。分裂することはあるが、それはあくまでも一時的に戦力を増やす方法であり、数時間で分裂した個体は全部死滅する。ならどうやって生物としての数を増やすかというと、蟻のように女王(レギナ)から生まれるのだ。


「親玉って……? それは強い魔物なの?」


「……」


 レギナ・スライムは物理攻撃が一切効かない。知能も高く、あらゆる魔法が使えるという。


 ドラゴンとまではいかないが、高ランクの魔物だ。数十キロの縄張りを支配するため遭遇率は低いものの、余程の事情がない限りスルーすることが多い。人間を直接狙って攻撃することはないから、“触らぬ蜂は差さぬ”という対策が取られているのだが。討伐となればそれなりにリスクを伴うということだ。


 だがそれは魔物の領域であるフィールドの話だ。この場合はすぐギルドに報告するべきだろう。もし本当にレギナ・スライムがいるとしたら、孤児院は避難が必要だ。街の方まで大騒動になる。


 俺は一度マシューの顔を見てから、思いつく案を口にした。


「……院長に相談しよう。まだ本当に親玉がいるかはわからない。偶然、二匹のスライムがいただけかもしれないからな」


 と気を使って言ったものの、正直自信はない。


 俺の目算だが、さっき焼却したスライムとこのスライムは、別の個体だと思う。


 同じ個体だとしても、決死の分裂をした割には、それぞれの距離が遠いからだ。親玉がいなくても、群生が近くにいる可能性は高いと思う。


「仮に最悪な想定が訪れたとしても、時間を稼ぐことはできる。明日俺がギルドに報告しに行くから、今日は魔物除けの対策をしておこう」


 まさか、スライムの群れも塩だらけの土を歩こうとはしないはずだ。


「……それでいいか? マシュー」


「え、ええ……魔物のことはわからないから、ゼロの意見に従うわ」


 ドアノブに塩をまぶしてスライムを落としてから、建物から少し離れたところに蹴っ飛ばし、<着火ピラム>を唱える。


「……飯に吊られたのが幸運なのか不運なのか……」


 体が命の危険を自覚して緊張している。軍勢とはいえ雑魚の代名詞は<周囲・塩(シア・ソルム)>で一掃できるかもしれないが。レギナ・スライムは、まだ冒険者として日が浅い俺では到底太刀打ちできない。遭遇したらお終いだ。


「俺の最後の晩餐はシチューか……」


「やだ! 縁起でもないこと言わないで!!」


「いや、それなら死んでも未練はない。運はよかったかなと」


「何処の運を心配しているのよ! 私たちはシチューを食べても死にたくないわよ!? ゼロの馬鹿っ!」


 ……また怒られた。


 不安な表情を残したままのマシューを誘導して、俺は院長がいるはずの書斎に向かった。部屋の前では、まずマシューがノックをする。


「院長。院長先生、いらっしゃいますか?」


 部屋の中から入室を許可する声を聞いて、「失礼します」と扉を開けた。


「……やや? なんだ、ゼロくんじゃないか。久しぶりだねぇ」


 後ろに流したロマンスグレーの髪は以前より白く、温和な微笑みは昔と変わらない。

 牧師の衣装が似合う院長の姿を見て、俺は軽く頭を下げ、少し堅苦しい口調で挨拶を口にした。


「……ご無沙汰していました、ノース・クイス先生」


「いやいや本当だよ。元気だったかい?」


 院長には腰掛けるようにと椅子を進められたが、今はのんびり談話している場合ではない。


「院長、実は、相談したいことがありまして……」


 話はマシューから切り出された。

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