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再考して気づく

 俺は魔法水晶のついた指輪を用意して、近くの石の上を台に見立てて置いた。


「<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ(クルス)>」


  かっと魔法水晶が輝いた。魔法が狙い通りに飛んだ証拠だ。魔法水晶は、魔力の動きを感知して光る性質がある。


 次に、魔法水晶と魔物の骨 (薬草液から取り出して持ってきた)を交換し、同じように魔法を発動する。


「<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ(カディ)>」


 ……何も起こらない。


「<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ(カディ)アド(ディア)>」


 ……何も起こらない。


 魔物の骨の横に魔法水晶を置いて同じことをすると、水晶が僅かに光る。おそらく魔法は正確に当たっている。骨に傷をつけて、再度詠唱を試してみたが、やはり何も変化がない。


「……」


 つまり、魔物の骨に魔法が効いていないということだ。

 操作するマナの量が足りないのか。それとも指定に失敗しているのか。


 何にせよ、魔法を成功させるための条件が不足しているのだろう。


「……魔法の発動条件を限定するといえば、魔法の型か……」


 土型(テラム)水型(アクル)というように、魔力の属性を指定することで、使うマナの質を変えることができる。一通り型を試したところ、魔法水晶が強く光った時があった。属性指定による魔力の強化。<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>は暗黒属性の魔法だと判明した。


 暗黒属性は魔言語を使うが、元はドラゴンが作り出した魔法とされる。詠唱の難しさと大量のマナを動員する必要性から、神聖魔法と同じように使い勝手は良くないとされる。しかし攻撃魔法としては重い一撃になる。他の魔法より致命傷を与えやすいため、まれに習得を試みる魔法師はいる。


「……どうしたらいいんだ……」


 とりあえず、わかったことは二つ。

 <蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>は暗黒属性であること。

 生物には反応して、無生物には反応しない。


「……」


 その違いは、物が持つ魔力のコントロールの有無だろうか。生物は安定した魔力を使えるが、死体は魔力のコントロールを失っている。狂った魔力は暴走し、魔物の死体であれば毒化する。


「……人間の死体は毒化しない……いや、だが……」


 推測だが、本当は人間の死体も狂った魔力を帯びているのではないか。

 それが、人間に対して悪影響を与えていないだけで。


 ……つまり、肉体が正常な魔力のコントロールができれば、死体にも魔法は効く……。


 なぞなぞのようだ。


 やはり、レギナを連れてきた方がよかっただろうか。彼女なら俺とは違った目線で考えてくれ流だろう。死体の細胞からDNAを抽出すれば、肉体が再合成できるとも……。


「……」


 細胞。


 ……無生物と生物には、決定的な違いがある。そうだ。生き物には細胞があるのだ。


 魔力は生き物だけが操作できるものだ。だが死体はやがて細胞が死に絶えることで、朽ち果てる。細胞こそが魔力の操作に関係しているものだと仮定すれば、死体も魔力の操作ができるということではないか。


「……」


 ……老化も細胞の衰えによるもの。フォチュアが若返ったということは、細胞が若返りしたから……。


「……」


 俺は手に魔法水晶の指輪をはめて、触媒を”俺の体”から指輪に切り替えた。そしてその手で、魔物の骨を持ち上げる。



 俺が無知なだけかもしれないが、魔言語で“細胞”を意味する言葉は聞いたことがない。だから広義の意味を持つ“それ《イド》”で魔法の対象を指定し、さらに魔力の分散を避けるために、対象との距離をゼロにする必要がある。


「<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ=イド>」


 魔法水晶が輝く。骨を小さな針でつんつんと突くようなイメージで、狭い範囲に魔力を送っていく。


「……っ」


 ドクンと波打つように、急に魔力の流れが変わった。俺の操作する魔力が、別の方向に流されていくような感覚だ。

 おそらく、細胞が動き出して、魔力のベクトルを攫っている。


「(……これで……)」

 

 俺が魔力を当てる起点から、骨の奥に、横に、川のように魔力が流れていく。


「(……次々と細胞が息を吹き返している)」


 今、<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>の発動と維持で、相当なマナを使っている。軽く見積もっても一億マナは超えているだろう。人間の魔法師が一日に使えるマナは三百万から五百万が平均。これは、俺が無限の魔力を持つからこそできる所業でもある。


 ……また魔力酔いして倒れないだろうか、とやや不安はあるが、大量の魔物を転送した時に比べれば慎重にやっている。限界がきたら自覚できるはずだ。


 ぴくん、と骨が動いた気がした。


「……生き返ったか」


 俺は魔法をやめた。骨がガタガタと動いて、ポンと俺の手から跳ね落ちた。


「カタカタカタカタ」


 骨は辺りを見渡すようにキョロキョロとしている。

 ……何というか。不気味だ。


 骨はやがてぴょんぴょんとウサギのように跳ね出し、俺の周りをぐるぐると回った。


「……」


 生きている。ように見えるが、骨だけがこんな風に動くのはおかしい。死者蘇生というより、死霊魔法(ネクロマンス)やゴーレム生成みたいなものだろうか。骨が飛んだり跳ねたりできるのは、生きた骨の細胞が作り出す魔力で動いていると推測される。


「時を操る魔法……ではない」


 これでは"時を戻した"とは言えない。アンデッドならともかく、骨だけの生き物など存在するわけがない。


「……」


 動く骨は俺の匂いを嗅ぐような仕草をした。手を出すと、驚いたように後ずさりし、ぐっと鼻先を下げて俺を牽制するようなポーズ(?)をとる。


 ……行動はグラドウルフに似ている。


 俺は骨の前にしゃがみこみ、人差し指を突き出して簡単な祈印(ログシル)を描いた。


「……カタ?」


 骨は首をかしげた。


「……神聖属性の魔法が怖くないのか」


 アンデッド系の魔物であれば、神聖属性の魔法を恐れるはずだ。攻撃が過激になるか、もしくは逃げようとする。


 ……次に骨をむんずと捕まえ、ジタバタ暴れるそれを<手持ち倉庫(ホルム)>に押し込もうとしてみる。空気が反発するような手応え。<手持ち倉庫(ホルム)>に入らないということは、「無生物」ではないということだ。


 ……だが、これだけでは得体がわからない。

 俺はアンデッド系にほとんど出会ったことがほとんどなく、知識も十分ではないのだ。この骨がアンデッドと同じものであるとは断定できず、命を吹き込まれた生き物であるという確信もない。


 暴れる骨の頭をくりくりと撫でながら、どうしようかと思案する。


 ……このような不完全な見た目で復活するということは、本命の死体も長く置いておくわけにはいかないということになる。できれば今日中には、蘇生を完了させたい。


 骨をパッと離し、<周囲(シア)察知(インフ)>で獲物を探す。


 ……近くでウサギを見つけて、適当な魔法で頭を撃ち抜いて狩る。


 骨と同じように<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>を使って蘇生を試みる。


 ウサギは頭に穴を開けたまま動き出した。血の匂いを嗅ぎ取ったのか、ぴょんとあの動く骨が現れて、ウサギの首に噛みついた。


「……いや、骨は肉を食べられないだろう」


 俺のつぶやきは聞こえていないようだ。骨は再度絶命したウサギの腹にかぶりつき、獣毛ごと肉を千切って飲み込んでいる。


「……?」


 肉が減っている。喉も胃もない状態で、何処に食物を送っている?


「……<手持ち倉庫(ホルム)>のようなものか」


 胃袋が四次元空間に送られているのだろうと推定する。

 ……ますますワケが分からなってきた。


「……」


 骨が食事をしている様子をじっと眺めながら、頭の中を整理する。


蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>は……


 1、生物を若返らせる

 2、それゆえに、本質は時間を操る魔法である

 3、対象指定は”細胞”が有効である

 4、暗黒魔法の一種である

 5、復活した死体は肉体の欠損があっても動く

 6、見えない胃袋がある


 ……俺は、何かを勘違いをしている?

 前提条件にミスがあるのか?


 少なくとも、時間を巻き戻すことで蘇生ができる魔法ではなさそうだ。


 フォチュアは可愛い時代に戻った。

 レギナは寿命の物差しが長くなった。

 リーリィは……。


 ふとリーリィのいる方向を見た。

 ()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()


『――リーリィも見た目は変わらないけど、たぶんね』


 俺が聞いたのは、あくまでもレギナの推測だ。

 本人の口からは聞いてない。


 気配に変化はない。俺は元の洞穴の場所に戻り、リーリィのいる木に近づいて、呼びかけた。


「……リーリィ。聞きたいことがある」

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