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魔法の失敗

 フォチュアに沸かしてもらったお湯で体を拭き、今日の作業に入る。


手持ち倉庫(ホルム)>にしまってあるありったけの薬草液に、魔物の骨をつけていく。


「……在庫が尽きたな……」


 早めに薬草液を補充しなければならない。

 さらに欲を言えば、魔道具を作るための工房が欲しい。


 薬草液を入れた瓶は適当な場所に置く。骨を数日つけ込む必要がある。


手持ち倉庫(ホルム)>の中にしまわないのは理由がある。亜空間であるためか、この世の時間より時間経過が遅いのだ。早く作業工程を進めるには、外に出しておいた方がいい。


 ……逆に言えば、手持ち倉庫(ホルム)に入ったものは死体も含めて、すぐに腐敗することはない。もちろん多少伸びるだけで限度はあるが。

 手持ち倉庫(ホルム)に生物が入れられない理由は、おそらくこの辺りが関係しているのだろう。


「……」


 死体。そういえば、魔物の骨も死体か。手に持つ頭蓋骨をじっと眺める。


 ……部分的なパーツに、<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>を使ったらどうなるのだろう。頭だけ生き返るのだろうか。


「<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ=ディア>」


 適当に魔言語を口にしてみる。骨は骨のままだ。


「……流石に何も起きないか」


 おそらく、対象指定のやり方に問題があるのだろう。死体に魔物(ディア)ではなく、死体(カディ)とつけるべきだったか。


 ……これ以上唱えるのはやめておく。歪んだ魔法が発動したら厄介だ。


 禁術と呼ばれる魔法は、発動後のリスクの他、失敗した場合の作用が大きい場合も指定の対象になる。魔法の失敗というのは、例えば指定の失敗による魔法の乱射・自己損傷、あるいは全く違う魔法が発動することだ。


 洗脳の術式(コアグラ・ラタリイア)はおそらく発動後のリスクが問題なのだろうが、蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタは死者蘇生の力がある。それは悪用される可能性も高いということだ。


 ……何故、死者がもう一度命を宿すことが可能なのか。

 魔法理論を踏まえた上での俺の推測だが、この魔法の本質は“時間を操る魔法”ではないかと思う。


 もし、俺の推測が正解だった場合。この骨に時間の巻き戻しが起こったら、骨のままで動くか、魔物の生首ができるだろう。焼いてしまった肉や他の骨のパーツまでも具現化される場合、グラドウルフが丸々復活する、なんてこともあり得るだろうか。


 ……丸々復活すると言っても、おそらく、同じ時間支配が起きている<手持ち倉庫(ホルム)>に入れてある骨は影響を受けない。骨や肉片が集合する可能性は低い……肉体の再生成が起きる場合は、その限りではないが。


 うんともすんとも言わない骨を薬草液につけて蓋をし、「さて寝よう」と思った矢先のことだった。


「きゃあああああああーーーーーー!!」


「……?」


 女性の悲鳴だ。どたどたと騒がしい足音もする。


「ちょっとどういうこと!? 何が起きたわけ!?」


 そしてフォチュアの声。盗賊にでも襲われたかと思ったが、あっちにはレギナがいる。「攻撃魔法の加減がわからない俺が行っても足手まといか」などとぼんやり考えていると、ばんと納屋の扉が開いた。


「ゼロ! 君、何か魔法を使ったのかい!?」


 レギナだった。


「何かあったのか?」


「フォチュアが……!」


「フォチュアが?」


「若返ったんだよ!」


「え」


 ……魔法は対象指定が十分でない場合、魔力が分散する。


 つまり俺が唱えた蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタは中途半端に効力を発揮……つまり失敗した魔法が、フォチュアに影響を及ぼしたのである。


「……。俺の推測は正しかった」


「呑気なこと言ってる場合!? ぼくは君に忠告したよね!? 安易に魔言語を唱えちゃダメだって」


「……」


 そう言えば。二日前、俺は何となく自死の魔法を唱えようとして、レギナに止められたのだ。


「……忘れていた」


「殴っていいかな?」


「右の頬を差し出そう。俺は左の頬を殴る」


「ぼくが殴られる理由が何処にあるんだい!?」


「違う。自分で自分を殴る」


「ああそう。じゃあ全部自分で殴ってもらってもいいかな? ぼくは君を相手にするのが嫌になってきたよ」


「……」


 レギナの目には温度がない。

 ……とりあえず自分の両頬を挟むようにえいと殴った。


「……えぇ……ホントに殴った……」


「……レギナとリーリィは無事なのか?」


 口を動かすと歯茎が痛む。


「魔法は浴びているよ。リーリィも見た目は変わらないけど、たぶんね。フォチュアが若返って、ぼくのテロメアがいきなり伸びたということは、何か時間操作系の魔法じゃないかい?」


「……テロメア?」


「DNAに刻まれている寿命の物差しみたいなものさ」


「……レギナの見た目は変わらないのは、外殻だからとわかるが……リーリィは赤子になったりしないんだな」


「ドライアドは千年以上生きる長寿の魔物だよ。その分体の成長も、人間の百分の一のスピードだからね。フォチュアが若返るレベルじゃあ、見た目が変わるはずがないよ」


「……リーリィは一体何歳なんだ」


「フォチュアと同い年だ」


「……」


 リーリィは言動こそ子供っぽいが、確かに普通の子供より賢そうな節はあった。口調や容姿に惑わされているだけで、もしかしたら俺より思慮深いのかもしれない。


 リーリィがフォチュアを"女の子"と呼んでいた謎が解けた。「フォチュアが小さい頃から仲良くしていたドライアド」は、リーリィのことだ。


 ……彼女にとっては、幼い頃のフォチュアも年老いたフォチュアも、大きく変わったように見えないのかもしれない。お互いに何年経っても同い年で、永遠の女の子なのだ。







「ゼロくん、責任とってもらえるかしら?」


「……こんな形で嫁を迎えることになるとは……」


「そうね、こんなに可愛い時代の私を見たら、一目惚れしてあわよくば嫁にしたいという願望が生まれてしまう気持ちはよくわかるけど……そういう意味の責任ではないのよ。ね?」


「……はい」


 一応弁解するが、惚れたわけではない。「責任とって」と言われれば「嫁にする」と自然に連想してしまっただけだ。


 俺はフォチュアの前で正座をして、失敗した魔法に巻き込んだことを謝罪した。罪を贖う方法を相談すると同時に、断罪を待っているのだった。


 ……しかし、とんでもない魔法もあったものだ。あの老婆の姿が嘘のようだった。フォチュアの白髪だったおさげ髪は赤くなって艶を帯びていた。透明感のある顔の肌に手を添えて、サファイアブルーの瞳で遠いところを見ている。


「はぁ。あと少しで天国の旦那に会いにいけるのかなと思っていたのに……こんなことになるなんてねぇ……」


「……」


「それで、元には戻せないということなのよね?」


「……やり方がわからない」


「どうしようもできないわね……私に殺されるか、この場で自殺するか、どちらかを選んで頂戴」


「……わかった。命を差し出すしかない」


「いや、納得しないでよ。もうちょっと粘ってくれないかな」


 レギナのツッコミが横から入った。


「まあ、それでもね。若返りは素晴らしい奇跡だと思うから、魔法をかけられてしまったこと自体は受け入れているの。私はね。でも村の人たちはそうもいかないわ」


「フォチュアは可愛いから許される!」これはリーリィの言葉だ。何故か胸を張っている。


「ありがとうリーリィ。確かに可愛いは正義だわ。でも万人が正義を納得してくれるわけではないのよ」


「はれ? そういうものなの?」


「そういうものなの。現実は無慈悲で残酷よ」


 ……すでに四つの問題で頭を悩ませている段階で、また問題が増えてしまった。


「……話した通り、俺は<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>の詠唱に失敗してこの結果をだしてしまった。これから解決策を模索する」


「すぐに何とかしてとは言わないわ。でもやりっぱなしにされるのは困るから、村を出る前に元に戻る方法を教えてね。絶対よ?」


「……男としての責任は果たす」


「とりあえず、今日は解散して寝ましょう。明日になったら元に戻っているかもしれないし」


 フォチュアの提案に一同は同意する。


 ……ところで。


「……リーリィは帰らないのか?」


「うん、今日は遅いからいい。夜は危ないから」


「そうか」


 ……俺は納屋に戻って、毛布をかぶった。


 本当はレギナ・スライムのことを警戒して起きているつもりだったが、フォチュア若返り騒動により警戒心を忘れ、すっかり寝入ってしまった。朝日に気がついて飛び起き、体を確認したが、妙なことをされた痕はなかった。


「……」


 俺の生死に関わることであるが、少し期待していた自分がいる。

 レギナのことは信用できないが、本心としては信用したいのだ。


 彼女と一緒にいることに苦痛はない。

 恋か病かと言われたらそうかもしれないが、そうではないかもしれない。それでも、俺がレギナに好意を持っていることは明白だった。


「……たった数日で“好き”なのか。運命だな」


 別に動揺することではない。そもそも恋がどんな感情なのか、俺にはよくわからない。

 好意は好意だ。愛情でも友情でも劣情でも、『相手に興味を持つ』気持ちは同じだろう。

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