閑話休題 その頃のパルーバ(後編)
マシューは遠くに運ばれる魔法の光を眺めて、孤児院への道のりに振り返る。
「……マシューくん。ゼロくんは生きていますよ」
マシューは驚く。先に行ったと思ったノース院長も足を止めて、マシューの祈りを見ていたのだ。
「ゼロくんは、知り合いから預かった子供なのです」
「知り合い?」
「……人気もなくなったことですし。歩きながらゆっくり話しましょうか」
院長が再び、孤児院への道のりを歩み始める。今度はのんびりとした歩調だった。マシューは追いかけ、その横に並ぶ。
「……確か、マシューくんには前にも話したと思いますが。ワタシはパルーバに孤児院を立てる前、王下街で助祭をやっていました」
太陽の神を信仰しているこの国は、そのトップに”最高聖司祭”を据え、重臣に七人の”聖司祭”がいる。その聖司祭たちの補佐をするのが”助祭”。いわゆる秘書のような役割だ。
ノース院長はその聖職者の統括に関わる役職を降り、牧師 (*太陽神教では各町で人に神の教えを説く者)に役職を変えて、パルーバに孤児院を建てたのである。
「その時に親睦を深めていた、ハスタという名の騎士がいまして……もう何十年も会っていなかったのですが、ある時突然ここに来てですね。『この子を預かってくれ。名前はゼロ・ウラウスだ』と、赤子をワタシに託しました」
「騎士?」
「ええ。『誰の子ですか』と聞いたら、『魔王の子だ』と返ってきました。最初は冗談かと思って笑ってしまいましたよ」
「……」
「……驚かないようですね。マシューくんは、ゼロくんが”普通の人間”ではないことに気がついているのだろうと思ってはいましたが」
「そうですね。何となく、くらいのものでしたけれど……ゼロは、他のみんなとは何か違う雰囲気を持っていました。でも変人なのも事実ですし……人間じゃなくてもゼロはゼロ。それも変わらないと思います」
「そうですね。出生は何であれ、彼はただの変わり者です」
ノース院長はくすりと笑う。
「魔王といえば、魔物の総大将であり、人間と敵対すると言われる存在……ですが、ここ数百年は魔王と人間でぶつかりあうことはありませんでした。この世の平穏を維持した魔王アンティフォドスは、人間と友好的な関係を築こうとしたそうです」
「……」
「レギナ・スライムの出現。危険な魔物が大量出現したこと、ゼロくんの失踪……これらはもしかしたら、魔王に関する何かが起こったからかもしれませんね」
マシューは息を飲む。
「……院長。あの女の子の正体に、心当たりがあったのですか?」
「いいえ。何者かと言われればわかりません。ですが彼女は、ワタシたちに害をなそうとはしませんでした。『助けて』と言っていたのは方便かもしれませんが、そのような演技をするのもまた、理由があったのでしょう。危害を加える気のない相手の腹を探ることなど、できませんよ」
マシューはノース院長の言葉にハッとする。
「(まさか、あの女の子の正体は、魔物? ゼロに会いにきたということ……?)」
しかし、レギナ・スライムが人型を取るのかどうか。マシューにそれに関する知識はなかった。「不勉強な発言で申し訳ありませんが」と前置きしてノース院長に聞くが、「高位の魔物なので可能性はありますが、人に変身する話は聞いたことがないので、確証はありません」と返された。
「……でも、もし、もしゼロが、あの女の子に騙されたり、命を脅かされたらって、考えなかったのですか?」
「考えましたよ」
「じゃあどうしてゼロを行かせたのですか!」
「彼なら大丈夫だと思ったからです」
「どうしてそのような自信が……」
「マシュー」ノース院長は微笑みを絶やさない顔を崩し、目を細めた。
「ワタシは、ゼロくんに出生のことを教えませんでした。何故だと思いますか?」
「……ゼロを、傷つけないため、ですか……?」
「違います。彼は魔法師になりたがっていましたが、攻撃魔法が使えないことに悩んでいました。彼が純粋な人間ではないことを伝えたら、それを言い訳にして夢を諦めてしまうかと思ったからです」
「……」
「その判断が正しかったかどうかはわかりません。でも代わりに、彼にも使えそうな神聖魔法を教えましたし、聖水の作り方も伝授しました。例え強い魔法師にはなれなくても、誰かの役に立てる技があれば、彼の自信になるだろうと考えて」
「……」
「ゼロくんは、あの少女に関して何か知っていたように思えます。でも仮に脅迫されていたのであれば、彼は必ず抵抗しますよ。考えて、工夫して、拙い力でも最大限に活用して、苦難を乗り越えようと。そうするように育てましたから」
「……ゼロは魔法に関しては器用だけれど、抜けているところが多いです。ヘマをして大怪我でもしたら……」
「ヘマをしても、その後何とかなればいいんですよ」
「楽観的です」
「世の中にヘマをしない人なんていないのです。心配するところではありませんよ」
「……」
「ワタシのできることは最大限したつもりです。あとできることと言えば、神に祈り続けることですね」
「……」
マシューは何も言えなかった。「院長が言うなら大丈夫」という気持ちと、「ゼロが辛い目にあったらどうしよう」という気持ちが胸の中で責め合っているかのようだった。それでも、今となっては、できることが限られている。
「(……ゼロ。『行ってくる』って言ったんだから、ちゃんと帰って来てよね。『ただいま』って、必ず)」
自分も祈り続けようと。マシューは決意する。
ふと顔を上げると、孤児院の屋根が見えてきていた。
*補足として設定の話
太陽神教の役職は人の生活に関わる聖職者(神官)と、人に神の教えを説く聖職者(牧師)が分かれています。
すっごい田舎だと二つの職をいっぺんに担うこともありますが、基本は別の人が担当します。
牧師と神官どっちが偉いかというと、別役職なので位に差異はつけられませんが。
牧師は「教えること」をメインとしているため、人柄も頭も良くないとやっていけないです。だから牧師の方が人の尊敬集めることが多かったりしますね。牧師の方が立場は強い、というのが一般的です。
・牧師→人に神の教えを説き、善行に導く人。俗にいう教役者。先生と呼ばれる。ボランティア精神に溢れる。
・神官→神の声に従って儀式を行う人。結婚式や葬式で言葉を唱えたりする。商売みたいなことをするため、冒険者と兼業する人もいる。
・聖司祭→聖職者の組織を統括する。牧師でもあり神官でもある。
・修道者→牧師や神官の補佐を行う見習い。マシューは修道者。
・僧侶→太陽神教の役職ではなく、冒険者ギルドが指定するジョブ。物理派でも魔法派でも、聖職者であればこの役名になる。




