閑話休題 その頃のパルーバ(前編)
高位の魔物が大量出現した事象はギルドからパルーバ全体に広まり、街の住民は地下への非難と外出自粛を通告され、厳戒態勢を敷くこととなったという。
無論、郊外にあるパルーバの孤児院にも通告は届いている。
しかし、「何故か出現した魔物が全部消えた」ために街は安全性が確認され、数日で厳戒態勢は解かれた。
その頃合いに、孤児院の院長のノースは、「急ぎ冒険者ギルドに来るように」と、呼び出されたのである。
「……ノース先生、どうしてここに来ていただくことになったのか、おわかりですよね?」
パルーバのギルド所長は綿がふんだんに詰められた革張りの椅子に腰掛け、目周りにクマを作った表情筋を硬くして聞いた。
「はて。わかりませんね」
「惚けないでいただきたい。ゼロ・ウラウスから孤児院周辺でレギナ・スライムと疑わしき魔物が出たと聞いているのだ。こちらへの報告後、大量の魔物が出現して、彼は姿を消した」
「ゼロくんとそのパーティメンバーが行方不明ということは把握しています。呼び出しの使者からお聞きしましたので」
「ゼロ・ウラウスはあなたに何か言っていましたか?」
「いいえ、何も」
「本当に何も?」
「ええ」
「レギナ・スライムが出たという話も本当なのか?」
「それはゼロくんからもらった忠告です。魔物は夜分になって、孤児院の中に忍び込んできたようですが……そうですよね、マシュー」
「はい」黒い頭巾を揺らすことなく、マシューは答える。
「深夜三時頃だったでしょうか。ゼロが寝ているはずの客間から、突然大きな物音がして、私は様子を見に行きました。ゼロは応戦しようとしたみたいですが、レギナ・スライムは魔法を使って壁を壊して逃げたと」
「ゼロ・ウラウスが応戦?」ギルド所長が眉をひそめた。
「そうですけれど……」
「それはおかしな話です。彼は攻撃魔法が使えないんですよ? どうやって応戦すると言うんですか」
「……彼の魔法が実戦向きではないことは知っています。でも彼はわざわざ、私たちのためにスライム対策をしてくれたんですよ。たくさん魔力を使って、疲れるまでずっと仕掛けをしてくれて。レギナ・スライムに気がついた時も、私たちのために戦ってくれようとしたんだと思います」
少しムッとした顔で、マシューが言い返した。
「ギルド所長は、まさかゼロのことを疑っているんですか?」
「疑っているといえば、そうですね」ギルド所長は答える。
「今回の騒動で、勇者アレス・ディスクと魔法師ナヴィア・オーディラーも失踪していますが、その中で最も疑わしいのはゼロ・ウラウスになります」
「どうしてですか? ゼロはパーティの中でも下っ端ですよ。その勇者にかなり過酷な仕事を押し付けられていたみたいで、いつも大変そうでしたけど」マシューが問う。
「勇者の称号は国家資格となりますからね。一種の”箔”ですから、信用あるものにしか与えられない」
「ですが、」
「アレス・ディスクに少し粗暴な部分があるのは、我々も把握しています。ですがね、ゼロ・ウラウスはこのギルドに所属して一年足らずの新人なんですよ。しかも攻撃魔法が使えない。だから安全面の管理も含めて、勇者に指導役をお願いしたのです。実際にアレスは、十分に面倒を見てくれていました」
「取り分も減らされてジリ貧の生活を強いられていたようですが。それの何が十分ですか!」
マシューはがたんと立ち上がり、声を荒げた。
「ゼロは本質的にとぼけているところはありますけれど、ノース先生の孤児院で育った人間ですよ。人に感謝の意を持つように育てられているからこそ、パーティの仲間を恨まず、文句ひとつこぼしませんでした」
「座りなさい、マシュー」ノース院長が語りかけるが、マシューは止まらない。
「ゼロは困った人には手を差し伸べるようにと教えられているんです。人は人に支えられて生きていると知っているんです。街に被害を及ぼすような悪事に加担するはずありません!」
それはマシューも同じだった。今は孤児院の子供の面倒をみる立場になったが、それがノース院長の教育理念であり、院長本人が己に課している信念であることを把握している。
「……ふむ。ノース先生の教えが素晴らしいものであることは、私も十分存じています。どうやら私の言い方が悪かったようだ。それは謝ろう、シスター・マシュー」
「……っ」
マシューはギルド所長からも座るように促され、張っていた肩の力を抜き、腰を落とした。
「ですがね。教えというのは長続きすると限らないのですよ。大人になり巣立てば、信念を変える人間もいる。特に冒険者という仕事は命がけであり、収入が不安定なものだ。『昔と性格が変わってしまった』という話はよく聞く。駆け出しの冒険者が先輩に叩かれながら苦労するのは、ゼロ・ウラウスに限らず、誰もが通る道なのだよ」
「……」
「今の話はそれとは違う。論点はあくまでも、ゼロ・ウラウスが“今回の魔物騒動に関して何か知っていたのではないか”と言うことです。あなた方を呼び出したのも、彼の動向について不審な点がなかったか伺うため。もし、何か隠していることがあるなら、”この街を陥れる陰謀があった”としてさらなる調査が必要となる」
「そんな……」
それは逮捕の宣言に等しいものだった。ギルドはゼロと魔物の大量出現が関係していたと疑っている分、ノースやマシューをさらに尋問するつもりなのだ。
いや、尋問ならまだ優しい……マシューはぶるりと体を震わす。拷問にかけられる可能性もある。
「(どうしてそこまでゼロを疑っているの? それとも、ゼロに罪を被せて強引に解決しようとしているのかしら?)」
マシューの中に浮かぶのは怒り。それと悲しみ。ゼロがいなくなったのは確かだが、彼が犯人であると決めつけるには早計に思える。
「……。ギルド所長。そういえばひとつ、気になることがあります」
マシューとギルド所長のやりとりを静かに見ていたノース院長が、不意に口を開いた。




