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夕飯

「……君のこと?」


 レギナは目を点にする。


「感情のことを言っているのかい?」


「……俺は本来魔王ではない。ただのゼロ・ウラウスだ」


「じゃあ、逆に聞くけど、君はぼくにどう思って欲しいんだい?」


「逆に聞くな。俺はあんたの意見が聞きたい」


「……」


 レギナは口を閉ざす。サーモンピンクの瞳をしかと見据えて答えを待つが、沈黙だけが続く。

 

「……言えないのか」


「そんなことないよ。ぼくの目的は先代の意志を継ぐことだ。君には、先代のような魔王になって欲しいと思っている」


「……俺は先代の意志を知らない」


「だからこれから少しずつ、」


「先代のようになれるはずがない。俺は先代とは違う」


「……」


 レギナの顔はすんと真顔になった。少し責めすぎたかもしれない。これ以上追求すれば疑われると思い、次に提案だけを示した。


「……とにかく、俺とあんたは部屋を分けた方がいい」


「え、でも、」


「俺たちは互いを知らなすぎる。最初は適度な距離を保つべきだ」


「……」


「そう」と、レギナは相槌を打った。何処か寂しそうにも見えたが、それは感情のない無機質な答えだからかもしれない。


「君は、ぼくと距離を縮めたいとは思っていないんだね」


「……そう言うわけではない。むしろ頼りにしている」


「でも突き放すようなことを言うのは、ぼくを信用していないってことだろう?」


「……」


「でも君がそうしたいと言うなら、そうするよ」


「……レギナ」


「何?」


「……すまない」


「いいよ、別に」


 淡白な声だった。顔つきは、膨れたわけでも拗ねたわけでもなさそうだ。感情を隠しているのだろうか。それとも本当に気にしていないのだろうか。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、見てみてー!」


 リーリィが戻ってきた。金色の髪と共に、ふわふわとレースが踊る。


「わたしの洋服! 似合う?」


「……等身大の愛玩人形」


 まさにその言葉が相応しい。サイズもぴったりのようだ。


「思った以上だったわね。服に魔法をかけられて、正解だったわ」


 フォチュアは満足げにうんうんと首をふり、微笑んでいた。


「わたし洋服着たから、毛布はいらないよね?」


「薄汚れた毛布はいらないわ。でも今のリーリィなら、どんなものを着ても合いそうね」


「てへへっ。リーリィ、毛布も似合うって褒められた」


「……毛布は着るものだったのか」


 俺はフォチュアやリーリィの会話に挟まっていたが、レギナはいつもより口数が少なかった。

リーリィは何かを察したのか「どうしたのお姉ちゃん」と聞いていたが、「何でもないよ」とレギナは笑う。


 部屋を分けたいという話も、レギナからフォチュアに伝えられた。


「まあ……あたし、余計なお節介を焼いたかしら?」


「納屋の方はゼロが使います。ぼくは何処でも」


「何処でもなんてダメに決まっているでしょう! あたしと一緒の部屋に寝ればいいのよ。スペースはあるわ」


やがて、はしゃぎ疲れたリーリィは、床に転がって鼻ちょうちんを膨らませた。「洋服……」という寝言を漏らしながら。




 レギナは夕食を遠慮して散歩に行ったため、俺とフォチュアが席につき、根菜のスープと麦パンを食べる……いや、これがなかなか美味だった。おかげで抱えていた不安が少し落ち着いた。


「レギナちゃんは魔物なのよね」


 食事中、ふとフォチュアが聞いてきた。


「……レギナは何か言っていたか」


 砕けた返答をする。最初は敬語を使っていたが、「やめて頂戴、あたしも永久の女の子なんだから!」と文句を言われたためだ。


「『あなたと一緒に旅をしている』とだけよ。でもリーリィのような、普通の人間ではない雰囲気がするわ」


「……勘がいいな」


「ふふふ。行動でわかるわよ」


「俺は何に見える」


「あら? あなたも魔物なの?」


「……魔物ではない」


「やっぱりそうよねぇ! ゼロくんみたいのが魔物なわけないわ!」


「……」


「レギナちゃんはどんな魔物なのかしら? 男の人と一緒にいるから、きっとサキュバスね?」


「違う」


「あら、じゃあ何かしら?」


「……答えは本人の口から」


「あらあら? 意地悪ね。相当特殊な魔物なのかしら?」


 俺が物心ついてからの世間体が狭いせいだろうか。魔道具作りや冒険者の仕事でほぼ毎日魔物の死体を見ていた俺からすると、フォチュアの寛容さには疑念を抱いてしまう。


「フォチュアは魔物が怖くないのか?」


「怖い魔物ももちろんいるけれど、あたしは小さい頃からこっそりドライアドたちと遊んでいたからね、そこまででもないのよ。むしろリーリィみたいな子は可愛いじゃない」


「ここまで魔物と対等に話せる人間は初めて見た」


「あたしが特殊なだけよ。元々この村も、魔物は害獣扱いしていたわ。でもここにギルドを作ったポリドンって人が、とても優秀な人でね。魔物は狩るより共存する方がいいって訴えたのよ。もちろん最初は反対する人も多かったんだけど、実際に村が発展したところを見たら、手のひらを返すように感謝をするようになったわ。ポリドンは亡くなったけど、今はお孫さんのヴァヌサがその意志を受け継いでいるわね」


「……ヴァヌサは冒険者ではないのか?」


「あら? ヴァヌサのことを知っているの?」


「……少しだけ」


「そうだったのね。ヴァヌサはポリドンが死んでから、村に戻ってきてギルドの経営を受け継いだのよ。冒険者の資格は持ったままだからたまに遠出することもあるけれど、ギルド所長としての仕事に力を注いでいるわね」


「……ヴァヌサがギルド所長……」


 それはまた大出世だ。七光りかもしれないが。

ヴァヌサがパーティから抜けた後のことは知らなかったが (知る気もなかった)、一度行動を共にして以降、アレスとナヴィにも会いにこなかった。そういう事情があったのか。


「……厄介なことになった」


「厄介?」


「……俺はヴァヌサが苦手だ」


「あら、そうなの?」


「だが会ったのは一度だけだ。あっちは俺を覚えていないと思う」


「そう。長い仲でないなら、何か誤解がありそうねぇ。ヴァヌサは無神経なところはあるけれど、根はそんなに悪い子じゃあないわよ」


 仮に悪気がなかったとしても、とろんとした表情を真顔に変えて放ってきたあの言葉は忘れられない。


 ここに留まるついでに、ギルドの脱会手続きもしてしまおうと思っていたが。ヴァヌサがギルド所長となれば、手続きに必ず関わってくる。嫌でも顔を合わせなくてはならない。


 ……魔王になったはいいが、色々な問題が山積みだ。


 だが一つずつ乗り越えていくしかない。


一。まずは俺が殺してしまったアレス、ナヴィの蘇生。<蘇生の術式モル・セルタ・ホラ・インセルタ>がそもそもできるかどうかもわからないが、ゴリ押しでもやるしかない。


二。蘇生後にどうするか。アレスのことだから、謝っても許してくれるはずがない。息を吹き返したら眠らせるなりして、そっとどこかにおいておくしかないだろう。


三。次にヴァヌサとの顔合わせ、ギルドの脱会手続き。


四。レギナとこれからどう折り合いをつけていくかだ。


 ……そういえば、アレスがいなくなったことで、ギルドのパルーバ支部はどう動くだろうか。アレスはBランクの冒険者とはいえ、パルーバにとっては勇者の称号を持っている貴重な人材だ。一パーティ丸々、忽然姿を消したとなれば、ギルドが調査に乗り出すかもしれない。


 ……夕食を終えて、片付けを手伝う。レギナも散歩という名目の食事から戻ってきた。

 リーリィは目を覚まさなかったため、「寝かせておきましょう」とフォチュアは言う。


俺はおやすみの挨拶をして、納屋に向かった。

次回は閑話休題です。

ゼロがいなくなった後のパルーバの話。

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