フリフリの洋服
「フォチュア家にいるかな?」
リーリィがずり落ちかけた毛布をよいしょと胸まで持ち上げる。
「出かけるとは言ってなかったから、いるんじゃないかな」
と、レギナが答える。
俺も出掛ける前に一度挨拶を交わしたが、フォチュアは何の変哲もない村のおばあさんだった。リーリィは“女の子”と言っていたからかなり驚いたが。
最近に夫を亡くし、一人で過ごしているらしい。
俺がふて寝をしていた民家に辿り着く。
「お帰りなさい。夕飯は作ってあるわよ」
ノックをするとフォチュアが孫を迎えるような笑顔で出迎えてくれた。
「フォチュア!」
「あらリーリィ。あなたも一緒だったのね」
「わたし、これ森に持って帰っちゃったの。ごめんなさい」
「ゼロくんから話は聞いているわ。仕方がないね」
「フォチュア、わたし、洋服が欲しい」
「そうね……レギナちゃんの着るものは用意できたのだけど」
「ああ、ぼくはお構いなく。自分で着替え持ってますから」
「何を言っているの。女の子は可愛い服を着ないと恥ずかしいわよ」
そう言ってフォチュアが取り出したのは、
「ほら、これを着なさい」
「……それ、ですか?」
レギナの顔が引きつる。
「……。高価そうな服だ」
俺も呟く。それは人形の衣装のように、フリルがたくさんついたチュニックだった。
「可愛いでしょう? あたしの手作りよ♪」
「……遠慮しておきます」
「ほら、帽子もあるの」
「いえ結構です。それにぼくたち、この家でずっと厄介になるわけにはいかないですし」
「あらあら大丈夫よ気にしなくても。若い男女がこんな辺境まで二人旅って言ったら……ねえ?」
フォチュアには俺が魔王であることを話していない。
……レギナが魔物であることを知っているかはわからないが。
「隣の納屋を片付けて部屋にしたから、二人はそこを使って頂戴。あたしもそこは気を使うわよぉ」
「……」
「うちがあるんだから、わざわざお金払って宿に泊まる必要なんかないわよ」
「……。寛容すぎる村だな」
村に来たばかりの時はすんなり「お言葉に甘えて」と答えられたが、今は事情が違う。非常に厄介なお節介だった。
……何となく、フォチュアの顔を見ていたらマシューが思い浮かんだ。マシューも年をとったら、こんな感じになるのだろうか。
「ほら着てみなさい、彼氏さんのためにも」
「汚しても悪いですし」
「いいからほらほら」
「ちょ、やめてください、着替えませんからっ!」
かなり強引だ。フォチュアはレギナを捕まえて奥の部屋に連れて行こうとしている。
「……お洋服いいなぁ」
リーリィがぎゃあぎゃあと揉める二人の様子を、羨ましそうにじーっと眺めていた。
「……あの服、着たいか」
「うん」
「ならあんたが着ればいい。レギナは嫌がっているからな」
俺は<手持ち倉庫>から指輪を取り出した。
「<変性の術式=水型・其・縮小>」
「……あらあらあら!? 何事かしら!?」
フォチュアは腕に引っ掛けていた服を見て、目を白黒させている。
「……このサイズなら着られそうか?」
「あなた今、魔法を使ったわね!? 何てこと!」
フォチュアはぷんすかと俺に小言を漏らしていたが、「フォチュア、それ、リーリィがもらってもいい?」と幼い少女に言われて、皺の深い顔をキョトンとさせた。
「……仕方がないわねぇ。リーリィには別のお洋服を用意してあげたかったけれど」
「リーリィそれがいい」
「わかったわ。もうこのサイズはレギナちゃんに着せられないものね」
「やったー!」と歓喜して小躍りするリーリィ。レギナはフォチュアの背中に回って、安堵のこもった、疲れきった顔をしていた。
フォチュアとリーリィが着つけのために奥の部屋に行くと、レギナが俺のそばによってくる。
「助かったよ、ありがとうゼロ」
「……頑なに拒否する理由はなかったと思うが」
「あんなフリフリした服着られるわけがないだろう! ぼくは着せ替え人形じゃないんだよ!」
「俺は似合うと思ったが」
「……。男ってそういうものなのかい? ……やっぱり兄弟だね……」
「兄弟?」ぼそりとレギナが漏らした言葉に引っかかる。
「魔王候補に、ぼくにああいうタイプの服を押しつけてくる奴がいたんだ」
「……なるほど。俺と好みが近い可能性はあるな」
「やめてよ。思い出すだけで寒気がする」
腕を組むようにしてさすさすと肌を撫でるレギナの様子は、いつもよりしおらしく見えた。
……こういう時に「俺がいるから」と抱きしめてあげるのが、対応として正しいのだろうか。
いや、そんなギザなことやらないが。というよりそんなことを考えている場合ではない。
「……宿の件、どうするか」
「お金がかかるのは事実だからね。君も金銭的な余裕がないことを気にしていたから、ここはフォチュアに甘えさせてもらう方がいいと思うけど」
「部屋は分けたい」
「どうして?」
「……眠れる自信がない」
「別にぼくと寝るのが嫌なら強要しないよ。君が焦っていたからOKしただけだ」
「……」
「君は頻繁に心変わりするからね。あれだけ童貞でいるのが嫌だと言っていたのに、今度はどうしてやめたくなったんだい?」
「……」
自分自身への嫌悪感。俺は最低な奴だと思った。
レギナは俺のためのことを考えているのに、俺は彼女のことが今だに信じられないのだ。
心は傾いていた。信じかけていた。それは嘘ではない。
だが俺が気絶していた時間を換算しても、レギナとは出会ってまだ二日だけの仲だ。それで、こんなにも積極的で”都合のいい女”となってくれる理由がわからない。
「……レギナ」
「うん?」
「どうして俺を魔王にしたんだ」
「何回か話した気がするけど、ぼくは君以外が魔王になることに反対していたからだ。あいつらはアンティフォドスのやり方に不満を持っていたからね」
「違う。俺のことをどう思っている」




