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ドライアドと農村

 目を覚ますと、俺は室内にいた。

 寝台の上で仰向けになっていた体を起こす。辺りを見渡すと、果物が山積みにされた蔓籠や煤だらけの炉が目に入った。どうやら、人が暮らしている場所らしい。


「あ、行き倒れのお兄ちゃん、起きたの?」


 ひょいと視界に入ってきたのは、子供の頭だった。花をかたどった髪飾りで前髪を束ねて、頭の上で留めている。


「……誰だ?」


「わたし? わたしはリーリィだよ」


「……。ひとつ聞きたいことがあるんだが」


 レギナ・スライムの姿が見当たらない。小屋の中にいないだけだろうと思い、<周囲(シア)察知(インフ)>を使って周辺の気配を探るが……いや、それよりも。


「……何故全裸なんだ」


 少女は全裸だった。視線を逸らすべきか否かで迷ったが、一応は頭についている髪飾りに意識を集中させる。


「え、あ……そっか。ニンゲンはハダカがダメなんだよね」


 子供は納得したようにうんうんと頷いて、窓の外にかかる緑のツタをぐっと引く。すると、それが動物のようにしゅるしゅると動いて、少女の体に巻きついた。


「はい! これでいい?」


「……何か違う」


 恥部はかろうじて隠れているが、全身に植物の蔦を巻きつけているだけだ。衣服としては機能していない。


「はれ? おかしいなぁ……服ってこんな感じだよね?」


「どちらかといえばアレな趣味だ……とりあえず、この毛布を体に巻いてほしい。目のやり場に困る」


 俺は自分が被っていた上掛けを少女に渡した。


「……植物を操っていたようだが、あんたは魔物か?」


「うん、マモノだよ! 森の魔物だよ!」


 植物を操るところから察するに、ドライアドと呼ばれる樹木の化身だろうか。妖精と分類される魔物は、人型をしていることが多い。


「……リーリィと言ったか。ここには人間が住んでいるのか」


「ニンゲン住んでるよ」


「リーリィの知り合いか」


「トモダチだよ。フォチュアっていう女の子」


「ここは何処だ?」


「ラフルメの村」


「人里なのか」


「うん、ニンゲンたくさんいるよ」


「魔物がここにいて大丈夫なのか」


「大丈夫だよ。ここの村のヒトは、リーリィにも優しいの」


「……」


 魔物は人の暮らしに欠かせない存在だ。ゆえに、共存を目指す人里も少なくはない。


 普通の村人らしい気配の他、ここから数十メートル離れた場所にある強い魔力反応……おそらくレギナ・スライムだと思うが、それ以外にも魔物がいることを感じ取れる。


「フォチュアとピンクのお姉ちゃんは、長老様のところに行ってる。しばらく戻らない」


「……そうか」


 彼女はレギナ・スライムが魔物であることは知っているのだろうか。俺が魔王であることも。判断がつかないからこそ、今はあえて何も言わない方が無難かと判断した。


「リーリィはピンクのお姉ちゃんから、お兄ちゃんが起きるまで面倒みといてねって言われたからここにいるの」


「もう起きたが」


「だから面倒見るの終わり!」


「終わりなのか」


「リーリィ帰るね」


「……何処へ」


「森。わたし森に住んでるの。お兄ちゃんとお姉ちゃんを見つけたの、リーリィだよ」


 なるほど。俺はこの子供に助けられたということか。


「変なところに来てしまったから、困っていた。感謝する」


「森は変じゃないよ。お兄ちゃんたちが変なんだよ」


「縄張りに侵入したことは謝る」


「悪いことしなければいいよ。お兄ちゃんたちワケあり? 何だよね?」


 ワケはありまくりだ。そういえば、パルーバの街はどうなったのだろう。


「パルーバという街を知らないか? 俺はそこから来たんだが」


「パルーバ? うーん……わたし、ニンゲンの街詳しくない。フォチュアは知ってるかも」


「……そうか」


「うん。フォチュアに聞いてみて」


 じゃあね、と、ドライアドは玄関の扉を開けて出て行った。

 ……毛布を体に巻いたまま。いいのだろうか。声を掛ける間もなく、リーリィは去って行ってしまった。


 ……俺も立ち上がって、自分の身の回りのものを確認してみる。手荷物はほとんど<手持ち倉庫(ホルム)>に入れているから盗られる心配はないが、懐にしまっている僅かな貴重品も触れられた様子がなかった。気絶前に握っていた俺のロッドも、寝台の近くに立てかけてある。


 小屋の外に出ると、田園風景が広がっていた。周辺の山の傾斜に沿って階段状に作られた乾田に、緑の草が植えられている。


「……麦か」


 農耕が盛んなのだろうか。かなりの量を作っているようだから、麦を売って交易をしているのかもしれない。人影は見えないが、遠くの所々に建造物が見える。結構大きな村かもしれない。


 そんな推測を立てつつ、小屋の周りのあぜ道をぐるりと歩いていると、人の足音が聞こえた。


「……で、山の向こうの村ではよぉ、突然でっかいドラゴンっちゅうのが現れて、全部焼かれてしまったらしいんだ」


 物陰からひょいと声の主を見る。麦わら帽子を被った中年の男が二人。鎌を持っているところを見ると、農夫だろう。


「何でぇそんな魔物が向こうの村に」


「知らんげよ。まあでも、すぐどっかに飛んで行ってしまったから、家屋焼かれても皆殺しまではされなかったって」


「明日は我が身だなぁ。おれの田んぼも火にやられたらと思うと、首括るっかねぇ」


 ……そのドラゴンは、まさか俺が<移動の魔法(ログポート)>で飛ばした個体だろうか。人里離れたところに飛んでくれと願ったが、やはり座標指定ができなかったのは問題だった。街ならまだしも、小さな集落ではドラゴンに太刀打ちできる力を持たないだろう。


 罪悪感に胸をもやつかせていると、農夫たちはふと興味深い話を始めた。


「この村は冒険ギルドがあるからまだマシだな」


「でもあいつらじゃあドラゴンには敵わん」


「いねぇよりはマシだ。ここはヴェヌサちゃんみてぇな冒険者がいてくれっから、森の魔物とトラブルにならんで済むんだ」


 ……ヴェヌサ?

 聞き覚えのある名前に、俺の心が凍りつく。


「あの子は色っぺちゃんなだけじゃないんか?」


「ばっか、意外とすげぇんだよ。ヴェヌサちゃんは胸だけの冒険者じゃねぇ、頭も切れるんだ」


「そんなもんかなぁ」


「そんなもんだぁ」


「あー、今日酒場行きてぇなあ、ヴェヌサちゃんに会いたくなってた」などと話しながら、二人の農夫は去って行った。


「……」


 “色っぽい”という特徴。胸の話も出ていたから、やはり俺の知ってるヴェヌサだろう。


 ……思い出して嫌な気分になってきた。


 俺を「童貞」と罵り、恋バナ嫌いのきっかけとなった女だ。


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