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災難の到来

 パルーバ街の北口で一時、レギナ・スライムとは別れた。十二時半より五分ほど過ぎてから、アレスとナヴィがやって来る。


「……ギルドにいたツレはどうした?」


 アレスが言う。レギナ・スライムのことかと思い、「今は別のところにいる」と切り返す。


「彼女は昨日、孤児院で匿われた子だ……俺と何か関係があるわけではない」


「は? 身元不明の子供を連れ回していたのか?」


「……」


「てめぇに少女趣味があったとは知らなかったな。気をつけろよ、ナヴィ。ゼロは以外とやばい性癖してるかもしれねぇ」


「ご心配には及びませんアレス様。私に触れようとする穢らわしい指は切り落とすに限ります」


 ナヴィがたくさんの指輪をはめた両手を胸まで掲げ、シュッと片方で指を切る仕草をする。


「……ナヴィはまだ少女だったのか? 背が低いとは思っていたが」


 ナヴィは頭ごと、黒と白だけで彩られた全身を捻って俺に振り向く。


「女性の年齢を聞き出すのですか。デリカシーがありませんね。私を少女だと思っていたなら、その変態フィルターのかかった目玉をくり抜いて捨てた方がよろしいですよ」


 相変わらずの抑揚のない口調だが、毒舌は健在のようだ。


「無駄話してんじゃねぇよ。行くぞ」


 と、アレスが強制的に会話を切って、俺たちは街の外の危険区域……フィールドに踏み込んだ。


『……君は随分と我慢強いね。ずっとこんな奴らと仕事してるの?』


 不意に、俺の耳にレギナ・スライムの声が届いた。

 

「……<精神感作(スピル・セン)>か」


 風魔法の一種で、遠くにいる相手に声を届ける魔法だ。


『半分不正解。ぼくの分身を君の耳の中に忍ばせて、それにぼくの意識をつなげているんだ』


「……俺の中にレギナ・スライムが……?」


言われてみると、何だか右耳に違和感がある。


「……俺の耳が犯されている……」


『勝手に侵入したのは謝るよ、やっぱり心配だったからさ……って、顔の温度が上がっているみたいだけど。何を興奮しているのさ?』


「斬新な耳掃除のシチュエーションが浮かんだ」


『君は想像力豊かだね』


「おい、ゼロ、何ぶつぶつ喋ってんだよ」


 ついレギナ・スライムと夢中で話し込んでしまった。顔を上げるとアレスとナヴィがげげんそうな顔をしていたため、「独り言だ」と弁明する。


「とうとう脳まで異常をきたしたのか? 気色悪りぃな」


「アレス様が不快感を呈していますので離れて歩いてください」


 と、二人に言われ、俺は前方の背中より三メートルほど距離を開ける。レギナ・スライムのことがバレていなかったことはホッとした。


「……本体のあんたは何処にいるんだ?」


『さっき別れたところにあった近くのベンチ。何かあった時にすぐ駆けつけることができるようにね』


「……気を遣わせてすまない。こっちもやることが終わり次第、すぐ合流する」


『うん。できれば早めにね』


 天気がいいフィールドには蝶や鳥が自由に飛んでいる。ゴブリンといえば、野盗行為を行う魔物だ。知能はそこまで高くはないため、スライムと並んで弱い魔物と認識されるものだが。


「……全然ゴブリンいねぇな」


 一時間ほど歩いて、アレスが苛立ちを口にした。


「調査隊がデタラメな報告でもしたのかぁ?」


 魔物討伐の依頼には、前段階として“調査依頼”というものがある。探索を目的として対象の魔物の生息場所や行動範囲を調査して、ギルドに報告するものだ。一つのパーティが全てを担う時もあるが、調査を専門としている冒険者もいる。その場合は情報を元に実力者が討伐を行うのだ。仕事内容を区別して、調査隊、討伐隊と分けて呼ばれることもある。


 今回はその調査隊の報告を元に討伐をするため、そこまで時間がかかるミッションではない。だが、これだけ歩いて一回もゴブリンに遭遇しないというのは妙ではある。


 ようやく巣穴らしいものも見つけたが、もぬけの殻だった。


「……ゴブリンの奴ら、巣穴を変えたのかもしれねぇな」


 無駄足踏ませやがって! と、アレスは誰に向けてかわからない怒りを空に叫んだ。

 

 俺もキョロキョロと辺りを見渡す。ゴブリンが使ったと思われる石槍の鏃を見つけて拾い上げた。


「……」


 石が黒くて分かりにくいが、血がついている。まだ乾いていない。


「……何かと戦った形跡か……?」


 獲物を狩ってから巣穴を移動するなんてことはあるのだろうか。腹ごしらえをしてから移動するならわかるが。少なくとも周りには食料として狩られた動物の死体はない。


 アレスたちに報告しようかと迷っていると、ばさばさと大量の羽音がして、思わず音の方に視線を向ける。


「鳥ですね」


 ナヴィの言う通り、鳥の群れが空を旋回している。


 ……どうも、嫌な予感がした。鳥は危険に敏感だ。あれは集団で何かから逃げているのではないかと、勘ぐるような不安が心に浮かぶ。


「……。アレス様」


 不意に、ナヴィが森の一点をじっと見やる。


「どうした」


「強い魔力反応がこちらに近づいています」


「強い魔力反応?」


アレスは聞き返すように、ナヴィの言葉をオウム返しする。

ナヴィは「魔物の反応です」と答えたが、はたと先の言葉を取り消すように首を振った。


「……違う。ただの魔物にしては魔力が強すぎます……まさか、ドラゴン……?」


「ドラゴン!?」アレスがすっとんきょんな声を上げる。


「何ですぐ報告しねぇんだ! てか、そんなものがいたら、この辺りにきた時点ですぐ気がつけるだろ!」


「申し訳ございません。反応が現れたのは突然です」


「……」


 俺は、二人から距離を取り、小声でレギナ・スライムに話しかける。


『何だい?』


「そっちも街の周りに警戒線を張っていると言っていたよな」


『うん、そうだけど』


「ここら辺にドラゴンと思われる反応があるらしい」


『へ? 嘘、そんなはずは…………………っあ!!』


 レギナ・スライムの声がきんと耳に響く。


「どうした?」


『まずい! ドラゴンだけじゃないよ! すごい数の魔物が次々に現れている!』


「……どういうことだ?」


『召喚だよ! ……あああ……嘘だろ……こんないきなりじゃ気がつけるはずがない……』


「つまりどういう状況なんだ? しっかり説明してほしい」


『ぼくの警戒線を突破した誰かが、召喚魔法で強力な魔物を出しているんだ!』


「……誰かとは?」


『それはわからないけど! と、とにかく、ぼくもすぐそっちに向かうから! ゼロは西側に全力で逃げて! 魔物に遭遇したら仲間を呼ばれる前にやっつけて! 囲まれたら大乱闘になるよ!』


「え、あ……」


『早くッッ!!』


 それから声が途絶える。

 現状がただ事ではないとわかり、心臓が体に悪い早鐘を打ち始めた。


「……アレス様。ドラゴン以外にも反応があります。どれも魔力の強い、かなりの数の魔物が……」


「どうなってやがる。ゴブリンがいねぇのもそれに関連しているのか?」


「……おそらく召喚素体に使われたのだろう」


 俺が口を開くと、アレスとナヴィに同時に睨まれた。


「貴方に言われなくても、突然ゴブリンがいなくなった理由はそれしかありませんよ」


「……だがかなりの数というのはどういうことだ? ゴブリン十数体の素体では、召喚魔法の触媒として足りないだろう」


 ナヴィがぐっと黙り込んだ。


 召喚魔法に使う魔力は、“素体”と呼ばれるもので補うことが可能だ。使うのは普通高級な魔道具を触媒とするが、魔物で代用することができる。特に生きたままの肉体は魔力の乱れが起きないため、生贄という形で召喚に使われる。


 例えばドラゴンの召喚に必要な魔力が五百万マナだとしたら、ナヴィ (稼働できる魔力を三百万マナと仮定)が召喚するのにゴブリン六万体が必要となる。単純計算だが。


「普通に考えればわかるだろボケ。高度な魔法師と高い魔力を持つ道具を揃えているんだろ」


 そうアレスは唾を吐くが、俺はそうは思わない。強大な魔力を使える魔法師がパルーバに近づけば、街周りを警戒していたレギナ・スライムがすぐ気がついたはずだ。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()


 それに魔道具も大きなものが必要となる。ドラゴン並みの魔物をたくさん召喚するとなれば、儀式用の神殿一個を持ち運ぶようなものだ。そんな道具を移動させるなど、まずできるはずがない。<手持ち倉庫(ホルム)>に入れるのも無理だ。


「アレス様! ドラゴンが来ます……!」


 ナヴィが叫ぶ。俺はアレスに視線を移す。辻褄の合わない魔法を使う相手がいるとなれば、下手に遭遇する前にさっさと逃げた方が得策だ。レギナ・スライムも逃げろと言っていた。だがパーティリーダーの判断も無視できない。


 ……まあ、状況が状況だ。流石にアレスでも逃げる選択をするだろうと思っていたが、


「迎え撃つぞ!」


 と、アレスは剣を抜いた。


「……。正気か?」


 俺の声は裏返った。


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