落ちこぼれの魔法使い
「ゼロ・ウラウス!」
深い森の中。俺を呼ぶのは、Bランク・勇者パーティのリーダー、アレス・ディスク。
直後、アレスは狼に似た茶色の毛の魔物に取り囲まれたが、国王から下賜されたという聖剣を振り回して、切り裂いた。
「おいぼーっとすんじゃねぇマヌケ! さっさと唱えろ!!」
「……すまない」
俺は木製のロッドを構えた。援護のための強化魔法を口にする。
「……<其・身体強化>」
魔力が通って、ぼうっとロッドの魔法水晶が輝いた。その光は目の前の剣士に吸い込まれていく。
「はっ! ヘボ魔法しか撃てねぇんだから、足引っ張んじゃねえぞ!!」
アレスは魔法を体に纏ったことを確認するように、拳を握る。そして魔物の群れに飛び込んだ。ずばりと斬られる魔物の血肉。捲き上る紫色の飛沫が、剣の軌道に乗って遠くへ散り、辺りの木や草にへばりついた。
「ナヴィ! やれっ!!」
白と黒のストライプの服を着た小柄な女が、俺を「邪魔だ」と押し退けるようにさっと現れた。
「<周囲・周波・発破>」
ナヴィア・オーディーラーの魔言語に応じて、辺りの木々が唸るようにざわめき立った。獣の苦痛の叫びが轟く。
「……っ、そこの茂みかぁ!!」
アレスは、何処か嬉しそうな声を上げて、ひとつの方向にぶんと剣を振るった。その軌道は三日月型に輝く魔法の影<放刃>となり、植物を切り裂きながら、魔物を襲う。
「キャインッ」「キャワーンッ」
哀れな悲鳴を上げて、狼のような魔物たちがどさりと倒れる。地面に血の水溜りがいくつもできた。
「……〈周囲・察知〉」
俺は残党の確認のために、魔法で周囲の気配を探る……気配、なし。これで終わりか。
「お疲れ様でした。さすがです、アレス様」
ナヴィが淡々とした声でアレスを労う。
「ったりめぇだ。これで、粗方ここの魔物は片付けたな」
アレスは血振りをしてから、荘厳な鞘へ剣を納める。
「さてと。十分働いたし、休憩すっか」
ナヴィがいそいそと布のレジャーシートを地面に広げる。アレスはそこにどかりと座って、「はぁ〜」と大きなため息をついた。
「……しっかし、勇者業も楽じゃねぇな。ばかすかドラゴンを斬る依頼かと思ったら、こんな雑魚の退治ばっかさせやがって」
「それが勇者業というものですよ、アレス様」
「ま、オレは寛容だから文句は言わねぇけどな」
「ああ、素敵です。アレス様は海のように心がお広い」
ナヴィの棒読みのような口調に褒めちぎられたのが嬉しいのか、アレスは「まぁなあ」と満更でもない笑みを浮かべている。
「……おい、ゼロ。何ぼーっと突っ立ってんだ」
アレスが俺に声を向ける。
「さっさと死体の後始末しろ。オレと違っててめぇはまともに動いてねぇんだ。少しは働け」
「……ああ。そうだな」
「っち。さっさとしろよグズ」
俺は二人に気がつかれないように小さくため息をついて、魔物たちの亡骸に近づく。
後始末というのは、解体と焼却処理だ。死体を放置すると毒素が湧く。俺は攻撃に特化した魔法は使えないが、キャンプで火を起こすような、日常的な範囲のものであればほとんどできた。
討伐の証として魔物の耳を切り取り、毛皮を剥ぐ。この狼型の魔物ーーグラドウルフの毛皮は素材として売れる。加工して敷物や上着に使われるためだ。
全部で十三頭の死体を土嚢のように積み上げて、<着火>を唱えた。わざと残した毛皮と皮下の脂肪が火口となって、めらめらと橙色が広がっていく。
「毛皮は剥いだか?」
アレスの声だ。振り返るとレジャーシートの上にいつのまにか高級ティーセットが並べられていた。ナヴィが持ち寄ったものらしい。先ほどの豪快な戦い方とは打って変わって、勇者の男は優雅に紅茶を飲んでいた。
「確か十三頭だったな。十二枚はオレとナヴィの取り分だ。寄越せ」
ぽいぽいと毛皮を投げる。「ばかやろ汚ねぇ魔物の毛皮を投げんな」と悪態をつかれたが、勇者の補佐の女がさっさと拾って、何処かの見えない袋の中にしまい込んだ。
残った手元の一枚。それは俺の<手持ち倉庫>……自分で作った四次元空間の中に入れた。
「……ったくなぁ。勇者業も楽じゃねぇぜ。こんなボロ雑巾みたいな皮、十万ダリスにもなりゃしねぇのによ」
さっきも聞いたような気がする愚痴をこぼし、アレスはカップの紅茶をぐいっと飲み干した。
「十万ダリスでは、せいぜい一週間しかもちませんね」とナヴィが頷く。
いや、節約すればぎりぎり一ヶ月は持ちこたえられるはずだ。一枚でおよそ八千ダリスくらいだから……と思ったが、口には出さない。
「収入が不安定なのは仕方がねぇよな。冒険者はただでさえ不安定な職だ。野良ではなく勇者となれば、少しはマシになるかと思ったが……国家認定冒険者の箔も、対して役には立たねぇってこった」
アレスは肩をすくめた。
魔物の討伐や薬草摘みなど、危険な地域のあちこちを巡って稼ぐ人間は、冒険者と呼ばれる。冒険者ギルドに属すれば定期的に仕事を受けることはできるが、時期や天候によっては依頼が全くないこともある。
しかし冒険者の仕事は、人間が暮らしていくためには必要不可欠だ。そのため冒険者たちへの救済処置として、この国ーープリキウム王国は、勇者制度を発布した。一定の経験と実績を残した者はギルドを介して国に推薦され、試験に合格すれば"勇者の証"をもらえるのだ。
アレスが言ったように、国家認定の冒険者の証明ともされる。信用が高いということもあり、国から直接依頼を受けることもあるし(ただし国からの依頼は義務として遂行する)、ギルドでも仕事が舞い込みやすい。なのである程度の実力者たちは、勇者の資格を求めてギルドに推薦を求めるという。
……だが、勇者業に着くのはかなりの難関だ。試験の合格率はたったの十パーセント。ギルドから推薦をもらうにも、一人で高位の魔物、例えばドラゴン一体を倒す力がなければいけない。
冒険者にとって勇者業は憧れではあるが、面倒なことも多い。現に、俺のような冒険者ビギナーの面倒を見るのも、勇者の責務だったりする。
俺は勇者業にあまり魅力を感じていないが、金を稼ぎたい、あるいは妻子を養うために出世したいという場合は、目指した方が得だろうとは思っている。
「またぼーっとしてんのか、ゼロ」
アレスから呆れたような声がかけられる。
「魔物の焚き火がそんなに楽しいか?」
「……まあ、俺は結構……」
「そうやっていつもぼけっとしてるから、戦いもろくにできねぇんだろ。少しは自覚しろよ」
「……」
「まただんまりか。はぁ。何なのこいつ。愛想はねぇし、気は効かねえし。オレが勇者じゃなければ、絶対こんな奴とパーティなんざ組まねぇな」
「……」
パーティは共に仕事をするグループのことだ。三人以上で組む場合がほとんどが、一人か二人の場合もソロパーティ、バディパーティと呼んで区別する。要は、班の単位だ。冒険者ギルドでも仕事がパーティごとに管理されることが多い。
「……ふぁ。ああ、眠みぃな、くそ。一旦帰って、少し寝るか」
「かしこまりました」
ナヴィがかちゃかちゃとティーセットをまとめて、彼女の<手持ち倉庫>に片付けていく。
「ゼロ、後始末が終わったら、ギルドに戻って討伐完了の手続きしてこい。報酬の配分はあっちに伝えてあるから、オレたちの分に手はつけんなよ」
アレスがふわぁと大欠伸をする。
「あと、魔物の骨も粉砕しておけ。それも放っておくと毒になるからな」
「わかった」
アレスとナヴィの背中を見届けて、ぱちぱちと燃え続ける死体の山に視線を戻す。
「……ふふ」
二人がいなくなるとつい気が緩んで、少し笑みがこぼれた。確かに魔物の骨も放っておくのは良くない。だがうまく加工さえできれば、魔力を高める装飾品となる。
これだけあれば、たくさん作れるだろう。売れば少しばかりの稼ぎになる。
「……こんなものか」
片手でしゅっと風を切って、火の形を押さえつけるように捻り、鎮火する。
頭蓋骨を一つ持ち上げると、炭になった肉がほろりと灰燼になって崩れ落ちた。骨は焦げつくことなく、綺麗な形を保っている。
「……上出来だ」
"特定のものを狙って"燃やすというのは、結構難しい。自分の炎魔法の腕を、自画自賛した。
……細かい作業は得意だ。だが、この程度のことは、魔法師にとっては微々たること。一番必要な素質は、魔力の強さに限る。
常に死と隣り合わせ。実力主義の世界は甘くない。攻撃魔法が使えない上に、武器の覚えも薬草の知識も乏しい。俺は本来、冒険者としても必要とされない人材だった。
……不甲斐ないものだ。
何の資格も実績もない、退学魔法師。自分には、何の取り柄もないのだ。
それに、問題は魔力だけではない。俺は社会不適合者の節がある。アレスが俺を嫌うのも、仕方がないところはあるのだ。
馴染めない。何処にも。
俺を受け入れてくれるところなんてない。
このまま、ずっと落ちこぼれだと思っていた。
ある日突然、降って湧いたような、最強の力を手にするまでは。
*2020年7月8日 第1話を少し改稿しました。
ストーリーは大きく変わりません。




