2話 黒髪の美女は魔女だった
〜???視点〜
「こんなに辛いなんて知らなかったよ……」
私は百年も前に、大切な家族を失ったの。
いつまで引っ張ってるのって思われるかもしれないけど、私にとって、本当に大切な存在だったの。
名前はタマっていうの。悪戯が大好きで、よく私を困らせた。その度に「めっ!」て叱ったけど、心から怒ったことはないよ。
でも、タマはその度にしょんぼりとしていて――ネズミを捕まえてきたの。
お詫びのつもりなのかもしれないけど、正直なところ、どうすればいいか分からなかった。
でも、楽しかった。
その楽しみがいつまでも続くと思っていたけど、その子の寿命は、私と比べるととても短くて……。
でも、タマと過ごした日々はいつまでも私の中で残っていて、百年経った今でも、大切な存在を失った喪失感が私を苛んでくる。
「タマは今、新しく出来た家族のところで、暮らしているのかな……」
私はタマの死に際に、【転生魔法】を施した。
上手くいっていれば、タマは今もどこかで生きていいてくれている。だけど、私の知っているタマはいないし、それに……
「私のこと、忘れてるんだろうな」
百年間待ち続けたのに、私の前に現れないということは、そういうことなのだと理解した。
「一度でいいから、またタマと会いたい」
そう心から思っている。
だから、待っててね。
絶対、見つけ出してあげるから――
〜主人公視点〜
「――なるほどね。つまり、魔晶石にあらかじめ錬金術式を組み込んでおいて、魔力を流し、起動させたと」
「そう! 子どもなのに理解が早いね」
僕達はクロエさんの言う『安全な場所』へ向かう道中、剣を高速錬成した理論……という程でもないけど、方法を聞いていた。
ブラックキャットと対峙した時の、高速移動については聞けずじまいだ。クロエさん曰く、言ったら『僕が無茶をしそうだから』らしい。
クロエさんから見た僕はそんなに危なっかしく見えてると知って、僕はショックだよ。ただ僕はどうやったのか知りたいだけなのに。
「……あ、君! そろそろ着くよ」
「その『君』っていうの、そろそろやめない? 何か、他人行儀だよ」
「でも、名前分からないんでしょ?」
「そうだけど。じゃあさ、クロエさんがつけてよ。クロエさんがつけてくれるなら、僕は何だっていいよ」
「え、えぇ〜? 私がつけるの? 私、名前なんかつけたことないよ?」
名前をつけるなんて、子どもの親にでもならない限り滅多にない。クロエさんも分かっているんだろう。名前がいかに大事なモノなのかを。
だけど、名前は大切な人につけてもらいたい。僕が自分で考えるのも悪くはないけど、クロエさんにつけてもらった方が愛着が湧くし、大事にすると思う。
「早くつけてよ、クロエさん」
僕がそう急かすと、クロエさんは『ウンウン』と唸り始めた。だけど、数秒した後、
「そ、それじゃあ……『クロノ』というのはどう?」
名づけてくれた。
……何故だろう。懐かしい響きだ。
僕はクロノと、そう……呼ばれていたのかも。
それに、クロエさんの名前に似ているの、いいな。
「うん、それがいい。僕は今日から、クロノだ」
「気に入ってもらえたなら、よかった。……あ、見えてきたよ。私が住んでる小屋」
確かに見えてきた。クロエさんの言う『安全な場所』とは、これのことのようだ。
ちゃんと住んでいる痕跡が見て取れる。
ただ、少しばかり……いや、とても違和感がある。
それは、家庭菜園の跡があるから! 家庭菜園を楽しみたいなら、わざわざ森の中で居を構える必要があるの? というのは言わないでおこう。
「どう、驚いた?」
「驚いたというか……引いた?」
「酷い!? けど、言いたいことは分かるよ」
隣にいるクロエさんを見上げる。
クロエさんの表情は曇っていた。
何か、ここに住むしかない事情があるのかな?
気になるけど、事情は聞かない方がよさそうだね。
それに、事情を聞いてしまうと、クロエさんに嫌な思いをさせるかも。
僕はクロエさんには、笑っていてほしい。
「クロエさんが何を勘違いしているのか分からないけど、自給自足の生活というのも、憧れるよ。それに、誰にも邪魔されないから、【錬金術】を極められそうだし」
「クロノくんは優しいね。でも、そうなの! 君の言う通り、自分で野菜を育てるの楽しいし、【錬金術】を極められるのは、錬金術師として、これ以上に嬉しいことはないからね!」
「聞いてみるだけだけど、クロエさんはここでどれだけの時間を【錬金術】に費やしてきたの?」
「うーん……三百年ぐらいかなぁ。それでも、【錬金術】を極め切れてないんだから、本当に奥が深いよ……って、どうしたの!」
「いや、三百年も……と思って。人って、そこまで生きられるものじゃないでしょ!?」
思っていることが顔に出ていたみたいだ。余計な心配をさせてしまった。
僕はこれからクロエさんに【錬金術】を学ぼうと思っていたんだけど、一生追いつくことは出来ないことを悟ってしまい、絶望してしまったのだ。
「そうだね。人はせいぜい六十年生きてられたら、長生きしたって言えるかな。昔は、四十歳ぐらいで死ぬのが大半だったから、結構延びたんだよ?」
「六十年、たったの六十年か。僕が生きられるのは、後五十年ぐらい。……クロエさんはどうして、三百年も長く生きられてるの?」
「私は魔女だから、歳を取らないの。十八歳ぐらいから、この姿のまま」
「そうなんだ。それは……」
「どうしたの? 急に黙ったりして」
「ううん、何でもないよ」
何でもない? そんなわけがない。クロエさんを前にして、『それは辛いね』とは言えなかっただけだ。
三百年も生きていたら、周りにいた人は年老いて、死んでいったはずで……。
それを、クロエさんは一人で見てきたんだ。
だから、クロエさんはこの森で暮らし始めたのかな。人との関わりを断つために。
そんな中、僕と出会ってしまって、こうして一緒にいる。そのことを、どう思ってるんだろう。
……ぽすっ。
クロエさんが僕の頭に手を置いてきた。
「ほんとに優しいね、クロノくんは。そう思ってくれて嬉しいけど、わたしにも、友達いるよ? もう、五百年の仲になるよ」
「その人も、クロエさんと同じ魔女?」
「ううん、あの子は魔王だよ」
「……え? 魔王?」
その言葉を聞いて、僕は固まってしまった。
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