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カリファの2年間  作者: こじまき
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解放

私は旦那様とアイリスとともに実家に帰った。


アイリスを見てまず抱こうとする父を「先に話を」と制する。元来プライドが高く、指図されるのが嫌いな人だ。ムッとした顔をする。以前ならここで「父の機嫌を損ねないように」と取り繕っていたが、今日からはそんなことはしない。今の私には父より娘が大切だ。


「話とは何だ」

「お父様が、昔、私とエリッサにしたことについてです」


少し間がある。


「なんのことだ」


誤魔化そうというのか、それとも本当に記憶にないのか。どちらにしても納得できない。ふつふつと心の中に怒りがわいてくる。


「触ったことです。人にっ…見せないようなところをっ…」


叫ぶように言葉を叩きつけると、父は一瞬目を見開く。


「ずっと私の記憶違いだと思い込もうとしてきました。けれどエリッサまで…そのせいでエリッサはあんなことになったのに、病院に入れてそれっきりっ…腫れ物に触るように扱って…」


「ちょっと待ってカリファ、どういうことなの!?」と母が取り乱す。この人は何も知らなかったのだろう。


「お母様、お父様はほんの子どもだった私たちに…」


「もういい、やめなさい」と父。


「昔私がしたことは認める。そのせいでお前たちを傷つけたのなら誠心誠意謝る」


傷つけたの()()


傷つけたのなら、ですって!?あんなことをされて、傷つかないほうがどうかしている。なんて身勝手な謝罪…それで誠心誠意だなんて笑わせる。


「ええ、傷ついています。人を信頼できなくなるほど深く。アイリスには絶対にそんな思いはさせられません。ですから、お父様にはアイリスに触れていただきたくありませんし、二人きりになっていただきたくもありません。それをお願いしに参りました」


「カリファ、それがお父様に対する口の聞き方なの?お父様がどれだけあなたたちの教育に心を砕いてきたか、少しはわかっているでしょう?」と母。ここまで言われて、まだ父を擁護するのか。長年連れ添った夫婦だからか、娘にいやらしいことをするような男と結婚していることを認めたくないのか。


「確かにお父様は旅行に連れて行ってくださったり、習い事をさせてくださったり、十分な教育を与えてくださいました。我が家の家計が大変な時も。けれど、それらが台無しになってしまうほどのことなのですよ」

「お前は…お前は…お父様のこれまでの人生を否定しようというの?」


「いいえ、否定はしません。ただ、お父様がしたことは事実です。そのせいで私たち姉妹が傷ついていることもです。一生、決して消えない傷なのですよ。ことあるごとに疼く傷です。お母様、エリッサは死のうとしたのですよ。忘れたのですか?」とお母様を睨むと、お父様が「私の言い分も聞くべきだ」と話し出す。


聞きたくもないが、まだほんの少しだけ残っている「家族の縁を切らずに済むしれない」という期待と、あんなことがある以前に父と楽しく遊んだ記憶が、私に頷かせる。


「私はお前たち二人を愛していた。本当だ。それが誤った形で表に出てしまったのは謝罪する。すまなかった」

「ええ」

「だが、アイリスに指一本触れるななど…私を変質者のように扱うのはやめてくれ。そんなことは絶対にしない」


そうでしょうか。二度あることは三度あるのではないでしょうか。どうやったらその言葉を信じられるというのでしょう。


「そもそも、お前たちに触れてしまったのも…あの頃のお前たちの、私に対する態度がそうさせたところもあるのだから」


言葉が出てこない。立ち上がって拳を握り締めて父を睨むのが精一杯だ。呼吸を落ち着けて、何とか声を出す。


「まだほんの子どもだったのですよ。幼い娘がお父様を父としてお慕いする態度が原因だとおっしゃるのですか?私とエリッサが悪かったと?私たちが…!」


子どもが何かアピールしたとでもいうのか。怒りのあまり、私の顔は真っ赤になっているのだろう。旦那様が「カリファ」と声をかけるが私はとまらない。


「それなら、アイリスが私たちと同じ態度をとったら、また同じことになるのではありませんか?お祖父様をお慕いする孫が、同じ態度をとったら」


涙が溢れてくる。父に期待した私が馬鹿だった。もっと早く本性に気づいて、縁を切るべきだったのだ。世間体だ、義両親の手前だ、育ててもらった恩だなんだと、そんなものを気にしている場合ではなかった。


私たちが実家に宿泊する用意をしている使用人たちに、「今すぐ帰るから、荷物を馬車に戻してちょうだい」と指示する。


「待て、カリファ。お前の態度は父である私に対して失礼だぞ。そんなことをするなら…」

「親子の縁を切る、ですか?それで結構です」

「わかっているのか?せっかく授かったアイリスに、我が家の財産が全く入らなくなるんだぞ」

「お金などいりません!」


お父様は諭すように言う。その口調も気に入らない。ここへきてまだ父親面をするつもりか。


「おい、冷静になって考えてみろ。今まで起こった不幸を全て私のせいにしていないか?お前がそうしたいなら甘んじて受け入れてやるが…」


私はテーブルを拳で叩く。何を偉そうに。まるで「犯してもいない罪を被ってやる」とでもいいたげに。私とエリッサにどれほど大きな傷をつけたのか、まだわかっていない。娘よりも自分を守ろうとしている器の小さな男、それが私の父親だ。


「そもそもこんなことをレオンの前で…私たち二人だけで解決しようとは思わなかったのか」


二人きりで話していたら、高圧的な態度で圧殺するつもりではなかったのか。怒りに震えてひたすら睨む私に、もう何を言っても無駄だと思ったのか、父は旦那様に向けて叫ぶ。


「レオン!お前も何か言ったらどうだ」

「カリファに同意します」


旦那様の言葉に、父は立ち上がる。


「お前、私の後ろ盾がなくなったら…」

「構いません。ここへ来るまでは何かの間違いだったらいいと思っていましたが…義父上がこんな方だったとは残念です」


旦那様も立ち上がって、私の腰に腕を回した。


エリッサが大好きだった、庭のハナミズキの木。もう見ることはないと思いながら、家を後にする。


馬車の中で、眠っているアイリスを抱きながら、気持ちを落ち着ける。


自分の父親の性根が腐っていると認めるのは辛いものだ。自分が最低の人間の娘だと認めることになるのだから。けれどはっきりわかってしまったのだから仕方ない。ふっと息を吐くと、「大丈夫か?」と旦那様が声をかけてきた。


「ええ。怒りは収まりませんが、スッキリはしました。体に巻きついていた鎖が外れたような気分です」

「そうか」

「来てよかった…と思います。とんぼ返りですが」

「ああ、そうだな。屋敷に、泊まらないことになったと先に手紙をやっておこう」


しばらく間があって、私は静かに言った。大切なことを言うのを忘れていた。


「旦那様、ありがとうございました。旦那様とアイリスが、私に勇気をくださいました」

「力になれたのなら、よかった」

「あんな父の娘で…申し訳ございません」

「カリファが謝ることではない。私の気持ちは変わらない」


「ありがとうございます」という言葉が、途切れ途切れになって最後まで繋がらなかった。

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