99話目 ララの能力 2
少し執筆の速度が落ちました......。
オリビアが暮らす街『シェーラウィード』に入る為の門前までやって来た。高さ数メートル程の壁に囲まれた小さな街で、門も幅3メートルくらいしか無い。鎧を着て槍を手に持つ門番が2人だけという、比較的薄い警備だと感じた。それだけこの辺に出現する魔物が弱いという事だろう。魔物除けの魔道具さえ付けておけばそのような魔物すら寄ってこない。つまり、人の出入りを監視する事、それを目的とした必要最低限の警備なのだろう。
そんな守衛2人だが、なにやらソワソワしていた。まるで何か危険なものが近くに潜んでおり、それを警戒しているかのような。少なくとも冷静では無く、落ち着いていないことが伺える。
俺の探知圏内には強い魔物の気配は無い。草原を駆け回る小さな魔物しか居ないはず。そいつ等は魔物除けの効果で近付いて来れないから実質無害。となると、街中に犯罪者でも出たのだろうか。けど、どちらかと言えば外に対する警戒に見えるんだよな......まぁ、勘違いか。
「ただいま戻りました」
「あ、あぁ。おかえり、オリビア。他の子達が先に帰ってきたのに、お前が帰って来なくて心配してたんだぞ」
「ゼイガさん!すみませんでした!」
オリビアが声を掛けると、1人の男性──ゼイガが言葉を返した。
ゼイガは優しげなおじさんだ。実際に優しいのだろう。街が異常事態の最中だと言うのに、オリビアへ対する心配が言葉から読み取れる。名前も知っている顔見知り、という事だろう。
ガバッと頭を下げたオリビアを手で制す。
「ん?......もしかして、テイムに成功したのか?」
男性はオリビアに抱かれている青いスライム、つまりは俺を見てそう呟いた。その声に反応してプルンと体を揺らす。スライム特有の無垢な表情でゼイガを見返した。
何故、この形にしているのかと言うと、オリビアそっくりな人形態で街中に入ると厄介な事になりそうだ、と判断したためだ。まぁ、そう判断したのはオリビアなんだけどね。俺は人型で良くね?って思ったんだけど、オリビアの強い要望によってこうなった。ご主人様の命令には断れないよネ。そして、街に入る手前でスライムの形に戻り、オリビアの腕に収まった次第である。
「はいっ!この子と友達になれました!ララと名付けました!」
「そうかそうか!それは良かったなぁ......努力している姿を見ていたから成功すると信じていたよ。本当におめでとう」
「ありがとうございます!」
オリビアがテイムを成功させたと聞いて、ゼイガは朗らかに笑った。気の良いおじさんの笑い顔は何処か安心するな。ゼイガの言葉にオリビアも嬉しそうに笑う。親戚の叔父さんが姪っ子を褒める、そんな感覚なのだろうか。
「オリビアをよろしく頼むぞ、ララ」
そして今度は俺を撫で、真っ直ぐに見つめてきた。ゼイガの口にした言葉から、大体の心情を察した。オリビアは人当たりの良い性格をしており、あまり冒険者には向いていない。常に傍で支えてあげる存在が必要なのだ。
その事なら俺に任せろ、その意志を込めて体を揺らした。伝わったかどうか分からないが、オリビアもゼイガも笑ったので良しとしよう。
「ゼイガさん、冒険者の方々が到着しました。直ぐに向かいますか?」
「おう、分かった。......悪いなオリビア。仕事の時間が来ちまった」
駆けてきた他の兵士から声を掛けられ、ゼイガが片手を上げて応える。そして、オリビアに申し訳なさそうな顔をする。本当はもっと話をしたかったのだろう。オリビアとゼイガの話した内容から想定して、今回のテイムは念願だったはず。
しかし、優先すべきなのは街の安全。その線引きをしっかりとしているようだ。
「何かあったのですか?」
「あぁ、実は少し前に謎の光の球を確認してな......オリビアは見なかったか?丁度街の外に出ていただろ?」
返された言葉にビシッとオリビアの表情が固まる。いや、薄らと予感はしていたのだろう。その後小さく「やっぱり」と呟いていたのだから。
まぁ、あんだけデカい花火を打ち上げたんだ。音が無かったとはいえ、街からでも確認されるよね。でも特段気にするものでもなくない?色付きのものを連発した訳でもないのにさ。
そんな考えをしていたらオリビアに抓られた。痛くないけど痛かった。
「あ、あはは......この子に夢中で気付きませんでした」
「そうか。まぁ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい!それでは!」
最後に小さくお辞儀をしてからその場を立ち去った。急ぐように立ち去る姿を見て、ゼイガは首を傾げていたが声を掛けてくることは無かった。
門から離れ、オリビアは迷いの無い足でずんずんと進んでいく。恐らく住んでいる家へと向かっているのだろう。抱えられていることを良い事に、街中をゆっくり観察することが出来た。
綺麗な街並みよりも、やはり美味しそうな屋台に目が移る。遂に人型を得たのだから全部喰い漁りたいなぁ。1年間も耐えてきたんだ。俺の中でその欲求だけが大きく震える。あの熱々の肉を口いっぱいに頬張り、ほふほふと噛み締める。そう考えただけでも堪らないや。オリビアに後で交渉してみよう。
それから何件か良さげなお店をマーキングして、漸くオリビアが足を止めた。そこは小さなお店。緑色の看板を出しているから、そう安直に判断した。
見た感じ二階建ての一軒家。敷地自体はそこそこの広さ。前世でこのくらいの家を持てたら普通に嬉しい。うろ覚えの記憶では一軒家を持てずアパート暮らしだったからな。
さて、この家の中には気配が2つある。1つは上に、もう1つは下。どちらも警戒する必要は無さそうだが、一々確認してしまうのは『回生の森』での癖だ。気が休まらない、という事でもないのだが、初めて入る場所に対しては若干警戒をしてしまう。
「ただいま帰りました!」
オリビアは木製の扉を押し声を出して入っていく。靴は脱がないようで、ブーツを履いたままだ。
家の中を見渡した感じ、やはり小さな商店らしい。壁に沿うように置かれた棚には幾つか商品が並べられている。あまり繁盛はしてなさそうだ、という失礼な印象を抱いた。
「おかえり、オリビア......おぉ、遂にテイム出来たのか!」
中に居たのは若い男性。その男性は椅子に座っていたが、オリビアに気付いて立ち上がった。
見上げてみれば、ガタイも良く健康的だ。もしかして、オリビアの父親なのだろうか。髪は茶色で顔もあまり似ていないような気もするけど。
で、やはり俺に気が付いた。オリビアがテイムを成功させたのかと表情を緩ませる。この人も良い人そうだ。
「はい!ララと名付けました。ララ、お店を切り盛りしてくれているジードさんですよ」
なるほど。他人だったか。......それはそれでよく分からないけど、バイトという事なのか?切り盛りしているって言うと、なんか店主みたいな言い方にも聞こえるし。どういう事だろう。
中々混乱してきたが、取り敢えず体を揺らして挨拶する。喋ることも出来るけど、街に入る前オリビアに叱られたので辞めているのだ。
そんなスライムの姿を見てジードは満足そうに笑った。オリビアは愛されているんだなぁ、と改めて思う。素直で実直、努力家な女の子は応援したくなるし、護りたくなる気持ちはよく分かる。やっぱりジードも良い人だ。
「オリビア。シェーラさんに報告してきたらどうだい?きっと喜んでくれるよ」
「はいっ!」
ジードにペコりとお辞儀をした後、オリビアは階段を上って2階に向かう。そのシェーラさんは2階に居る人だろう。先程から同じ場所で動かないオリビアに似通った気配がある。
2階に上がり、突き当たりの部屋のドアをノックした。中から女性のか細い声が聞こえ、ガチャりとドアを開ける。
「お母さんただいま!私ね、遂に出来たんだよ!」
部屋に入ると言葉を崩して嬉しそうに語り掛けた。その人に見えるようにと俺を掲げる。
持ち上げられて部屋全体が良く見える。当然、部屋に居る女性も視界に入った。
オリビアが話し掛けたその相手──オリビアの母親は、ベッドの上に横たわる、弱々しく痩せた女性であった。




