89話目 仮契約 8
あと数話で2章も終わります!ラストスパートですよ!
『ハイオーク』の亡骸を《アイテムボックス》に放り込む。傍に落ちていた奴の大剣もついでに回収。いつか役に立つ日が来るかもしれないからね。
グチョグチョに潰れてしまった頭も、溶かしてしまえば同じ魔素。あとで食べるとしよう。後でな。
『はぁ...疲れた。この形は維持するだけでも大変だな』
静まり返った空間に、俺のボヤキだけが通っていく。他の誰もが喋らない。呼吸すらしていないんじゃ、と思わせる静寂さ。まぁ、元凶は理解しているので気に留めないでおこう。
王形態は本体だけしか使えない。加えて、使うにしても疲労が伴うという欠点があった。なんと言うか、今の段階では無理して使っている、という感覚だ。体格的にもランク的にも、随分と下駄を履かせている。ここでランク的な問題にぶち当たるとは。少し泣きたい気持ちになった。
連戦が出来ないというレベルでは無いが、一戦だけでもそこそこキツい。相応の戦力を有しており、相応の破壊力がある。これは切り札として活用するしかないかな。
そろそろ解除しようと思い、王形態をアリエルさんの姿へと変える。体格に差があるためか、ドロリと溶けた肉体の中からアリエルさんが現れたようになってしまった。コチラを凝視していたアリエルさんが、非常に訝しい目線を送って来ていたが、敢えて触れる事じゃないだろう。どこからとも無く「服を着ろ」だの「体を隠せ」だのというコールも聞こえるが、幻聴に違いない。寝不足で疲れているんだな、きっと。
自己解決の後、目線を最後の敵である『ハイオークキング』へと移した。決してアリエルさんを見れなかった訳じゃない。一刻も早くこの戦闘を終わらせたかったからだ。だから、後ろからビシビシと感じる視線は甘んじて受け入れよう。
敵の親だまであるソイツは玉座に腰を掛けていた──のでは無く、敗北を察して壁際まで逃げていた。その姿からは威厳というものが見当たらない。冠を被った赤いデブ。それが『ハイオークキング』に対して抱いた印象だ。
「これぞ裸の王様...ってのは、少し意味が違うかな」
ぺたぺたと足音を立てながら中央へと歩いていく。声を掛ければ『ハイオークキング』はビクリとコチラに振り向いた。その表情は恐怖と絶望に染まり、ぐしゃぐしゃに歪ませていた。
「弱い奴が殺される。強い奴が生き残る。それがルールなんだ許してくれ、なんて言わねーよ。だが、覚悟はしてただろ?」
元々アリエルさんの姿を取っていた分体を影狼の姿へと《擬態》させる。その分体を本体の足下へと寄らせた。
そして、このタイミングで逃げさせていた送迎部隊が安地へと騎士さん達を運び終えた。その場所は俺の拠点。あそこならまだ快適に休ませる事が出来るだろうし、そこ以外に俺は安地を確保していない。
「来い」
護衛用に2機だけを残し、その他4機を《アイテムボックス》にぶち込む。それから本体の方で《アイテムボックス》を開いてこの場に出現させた。これにて本体+6機の分体が戦場に立っていることになる。
まるで召喚したように見えただろうか。何も無い空間から4体もの『シャドウウルフ』が現れ、それぞれが本体を護るように立っているのだから。
『ハイオークキング』の表情が更に悪くなる。勝てない相手なのだと、ハッキリ理解したようだ。『ハイオーク』が敗れ『オーク』達が竦んでしまい使い物にならなくなった今、力だけではなく数においても逆転されてしまった。
「逃げんじゃねーよ。お前は統率者として責任を負わなきゃならないんだ」
語気に力が入る。若干...いや、かなりの怒りがあった。王だけでも生き残れば完全な敗北とはならない、というような話を聞いた事もある。だが今は違うだろう。逃げ仰せたとしても逆転の未来なんざ微塵たりとも見えやしない。
もう、逃げ場なんてありゃしないんだ。隠し通路があったとしても、追い付き確実に殺す。今の俺から逃げられる訳が無い。ましてや奴を逃がそうと肉壁になる気概を持った者が居ない。
その感情が言葉に篭もる。今も壁に縋り、逃げ道を探している奴の姿を見ると腸が煮えくり返る思いがするよ。
「戦うなら戦ってやる。逃げるのなら、殺す」
まるで最後通告のように。真っ直ぐと睨み付けて口にした。
『は、ははっ!ははははっ!はははははっ!!良いとも!貴様の望み通り戦ってやろうっ!相手は、私では無いがなぁぁっ!』
遂に死の恐怖でとち狂ったのか、それとも何か策があるのか。どちらにしても不快な笑い声を上げた。
言葉の意味を理解出来なかった俺は腹立たしげに顔を歪ませる。その言葉を単純に汲み取れば、代理人が居るという事になる。しかし『ハイオークキング』以上の魔物がこの場に居るとは思えない。何を言っているんだコイツ、その思いで睨め付ける。
『出てこい!この大食らいめ!奴らを...奴らを喰らい殺せぇぇっ!』
そう叫ぶと、手を掛けていた岩を横にずらした。ズンッという音を立てて岩は転がる。どうやらその岩で入口を塞いでいたようで、その奥には空間が見えた。
何か、居る。しかしその正体までは分からない。ただ、この突き刺すような寒気はなんだ。本当に、『ハイオークキング』以上の魔物が存在するのか。
『はははははっ!!皆殺しにしろーっ!!はははははっ──ぐあぁぁっ!?』
闇の中から腕が伸びてくる。その手は『ハイオークキング』の首を掴んだ。そして、いとも容易く巨体を倒し組み付した。
『ぐぉぉぉっ!ぐぁぁぁっ!!あぐぅあぁぁぁっ!!』
呻きもがく『ハイオークキング』の上に乗っかっているのは、1匹の『オーク』であった。目が血のように紅く染まっていること以外は何ら変わりない『オーク』である。
その『オーク』が一心不乱に『ハイオークキング』の肉に噛み付き、食いちぎっていた。『ハイオークキング』の抵抗を意に介せず喰らっていく。
バリ、ボリと音を立てながら、肉だけではなく骨をも喰らっていく。段々と『ハイオークキング』の抵抗は無くなっていき、叫び声も聞こえなくなった。
なんなんだ、アレは一体。無意識に体が震えている。何も知らないと言うのに、アレに対して尋常ならざる恐怖を抱いている。
そう感じたのは俺だけではなかった。周囲に居た『オーク』達も生存本能が刺激され、それを行動に移していた。皆、押し合って我先にと逃げ出していたのだ。いち早くアレから遠ざかろうと、狭い入り口へ直行している。先程まで俺やアリエルさんに恐れを成し、動くことも出来なかった輩ともが、一様に脇目も振らず逃げ出したのだ。
そんな事へ何の興味も持たない。今は数十メートル先で息絶えた『ハイオークキング』の死体を貪るアレの対処が先だ。
「『オーク』...いや、違う...?」
明らかに不自然な光景。雑魚とも呼べる『オーク』が最上位格とも呼べる『ハイオークキング』を喰らっているのだ。下克上とかそういうレベルでは無い。どんな奇跡が起きてもこの状況は作れないだろう。
その個体がただの『オーク』ではないと疑った。突然変異種。そう考えた方が納得出来た。即座に《鑑定》を発動させて奴の情報を見る。
『暴食ノ権化』
唯一、その単語だけが閲覧出来た。それ以外の、ランクをはじめとした一切の情報は靄がかかっているように見る事が出来ない。それは個体名なのだろうか。『オーク』ではなく、『暴食ノ権化』という名の魔物という事なのか。
「グラトニー...?どうでもいい。殺す」
胸騒ぎがする。アレは俺の生命を脅かし得る存在だと言うこと。ならば、さっさとこの世から消してやる。相手がなんだろうとどうでもいい。
考える余裕が無かった。考えるより早く行動に移したかった。
「斬り殺せ!シャウルッ!」
恐怖を払うように声を出し、影狼形態を一機走らせる。様々なスキルを乗せているため、速度はかなりのもの。瞬く間に距離を詰めると、飛び上がり爪に魔力を纏わせた。
この一撃で終わらせる!
《引っ掻く》を発動させ、鋭い爪を作り出す。その強靭な爪で肉を貪るアレの首を引き裂いた。
手応えは、無かった。この感覚はいつもと同じ。『オーク』やらを裂く時には、コチラの威力が高過ぎて手応えを感じない。今回も容易く引き裂いて見せたのだ。
アレを攻撃した分体が着地する。しかし、何故か上手く着地出来なかった。地面を数回転げてようやく止まったかと思えば、やはり上手く立ち上がれない。
フラフラと立ち上がらせて気づいた。影狼形態の前足が1つ欠けていたのだ。その欠けた足はアレを攻撃した右足である。
「まさか、喰われたのか...!?」
アレに視線を戻す。そこには、俺の攻撃なんて無かったかのように、食事を続けるアレの姿があった。効いていない。
むしゃむしゃと『ハイオークキング』の死体を喰らうアレの首に、影狼形態のものと思われる右足が付いていた。その足はドロドロに形を崩していき、皮膚からアレに取り込まれていく瞬間が見えた。
「っ!!──なら、これならどうだぁぁっ!!」
人形態である本体の指先に魔力を溜める。圧縮しビー玉サイズの魔力玉を指先に作ると、それを解放させ更に圧縮。一点方向へのみ打ち出した。
【溶解液極細噴射】である。『ハイオーク』の腕を一瞬で斬り飛ばす威力を持つこの技なら、アレだって殺せるはずだ。
打ち出したレーザーを操ってアレの首を狙う。そして一気に斬り飛ばす──
──筈だった。それが結果はどうだ。ジュウッと音を立ててアレの首を溶かした。しかし、完全に切断することは出来ず、忽ち再生してしまった。
もう一度打ち込む。次は胸部を狙った。魔石さえ溶かせば絶命するはずだ。
しかし2射目はまるで効果が無かった。2度目にして対応されたのだ。俺が放ったレーザーはアレに取り込まれた。いや、喰われたんだ。
「くっ、くそっ!なら──」
「シャウル殿!その魔物は『グラトニー』と言うのか!?」
「分かんねぇ!でも《鑑定》の結果はそう出た!アリエルさん達は離れてろ...次は全力で──」
「なら相手をする必要は無い!その魔物は、グラトニーは直に死ぬ!」
次の一撃を放つべく、魔力を高めた俺にアリエルさんはそう叫んだ。その言葉の意味が分からなかった。アリエルさんはアレを知っているのか。




