85話目 仮契約 4
体調不良気味なんですよね...。この時期に体調不良って、なんだか怖いです...。熱は無いですけど家で安静にしています。
故に投稿遅れるかもしれません。
《体当たり》の効果は指定方向への運動を与える、と言うもの。今回は言わずもがな前方へと運動を与えたのだ。怖気付いて踏み込みが甘くなるよりも、逃げられない状況に落とし込み最善を引き出す方がいい。作戦通りに力強くぶち当たることが出来た。
あまり趣味ではないが、日本人として相撲の試合を度々見る事がある。そこでぶちかましという単語を聞いた。正確には違うだろうけど、気持ちはそのぶちかましに相当する。
両腕を突き出し、退くことを頭から抜き去り、ただ全力で前へと飛び込んだ。恐怖を抱くより早くスキルを発動させたのが良かった。あのタイミングで発動させていなければ、影の中へと逃げていただろうから。
そして衝突。ガァァンッという鈍い音。一瞬目の前が暗くなり、前後左右が分からなくなる。
その衝撃は予想以上に重かった。先ず接触した両腕に電流が走ったかのような感覚。弾かれてなるものかと衝撃吸収を行わなかった事も悪かった。《硬化》の効果が凄まじい、なんつってね。...こほん。奴が持っていた運動エネルギーの全てを、腕二本にぶち込まれたのだ。
続いて胴体を通り抜け足へと衝撃が襲う。これまた弾かれまいと前傾姿勢でぶつかったので、衝撃は両足へと突き抜けたようだ。地面をバリバリに砕きクレーターを作ってしまうほど、両足へと負荷が掛かっていた。
言わばダンプカーとの正面衝突。態々自ら轢かれに行くという暴挙まで含めている。
しかし、止めた。止めてやった。凄く痛かったけれども、それ以上の達成感に満ち溢れている。
盾を持った『ハイオーク』は俺との衝突後、後ろへとすっ飛んで行った。ガンッゴンッと不格好に地面を転がり、元の位置よりやや手前まで戻っていた。
弾き返してやったのだ。身長170センチくらいの女性の肉体で、あの3メートル近い巨体を。体格差、質量差は圧倒的だった。それでも結果はこの通り。俺は立っており、奴は地面に無様な姿で倒れている。
「すっげ...」
「し、心臓が止まるかと思ったぞ...」
後方からそんな声が聞こえた。その声に応えるように、両腕と両足に迸る痛みを堪えてブイピースを作った。
「にへへっ。やりぃ」
少し、顔が引きつっていたかもしれない。そりゃ仕方ないだろって。久方ぶりに感じる痛みが、前世でも体験したことの無いものだったのだから。涙を流していないだけマシだよ。...あれ、ちょっと視界がボヤけるなぁ。
痺れの残る四肢を振るい、もう一度体を向き直す。奴は未だに倒れたまま。天井を見上げて固まっている。
驚愕だったろう。誰にも止められないと思っていた攻撃を、この小さな体が防いでしまったのだから。
屈辱だろう。『ハイオーク』はプライドの高い魔物と見える。常にその下級に位置する『オーク』達を嘲笑っていたのだろう。
こんな格下──人型だしそう見られているだろうし、事実だし──なんて簡単に潰せると思っていたに違いない。プチュンと軽く捻り潰して終いだと、そう高を括っていたに違いない。それがどうだ。ぶつかった自分が吹き飛び転げている。
「衝撃は痛かっただろ?ならもう立ち上がらない方がいい。これ以上やっても辛いだけだ...それでも立ち上がるというのなら、俺はお前を殺るよ」
俺の倫理観として、降伏した奴を殺すような真似はしない。ここで負けを認めてくれるのなら、許してやっても俺としては別にいいと思う。強者に従うという性質を持ち合わせているのが魔物という生物なのだから。
「...立ち上がるんだな。じゃ、殺るぜ」
俺の言葉には耳を貸してくれなかったようだ。その『ハイオーク』は立ち上がり、転がっていた盾を拾った。そして構える。もう一度、突進を行うようだ。
それに合わせて杖持ちの『ハイオーク』も動き出した。次は岩ではなく、別の魔法を行使するらしい。今度こそ、前衛の盾と後衛の魔法で攻めてくる気か。
しかし、ハッキリ言ってあの2体の動きは連携と呼ぶには烏滸がましい。どちらも自分が仕留めたいという本能に正直過ぎるのだ。協調性の欠けらも無い動きに連携ならではの利点が生まれる筈はない。
今度も杖持ちから攻撃が開始された。放たれたのは火。ちゃんとした魔法を行使してきた。
その火球はそこそこの速度を維持して飛来してくる。大きさは人の頭くらい。かなりの魔力が込められているのを感じる。恐らく、直撃すればタダじゃ済まない。避けたとしても広範囲に熱波は届くだろう。あまりこの密閉に近い空間では好ましくない魔法だな。
「喰らえ、新技だ」
人型となり、魔力操作の精度が上がったことで可能となった《溶解液》の新技。レーザー同様、指先に魔力を濃縮していく。あまり量は要らないので直ぐに充填は完了した。
左手を前に出し、人差し指を火球に向ける。親指を立て、銃の形にすれば準備は完璧だ。
「消えろッ」
そして射出。指先からBB弾サイズに固められた魔力の塊を、迫り来る火の玉へと撃ち出した。
魔力の塊は真っ直ぐに飛んでいき、そして着弾した。直後その塊はパンッと音を立てて破裂した。その内から魔力が溢れて一瞬だけ銀色の球体が出来上がる。それはまるで花火のよう。小爆発とさえ捉えることが出来る直径1メートルその銀色光は、『ハイオーク』の火球を見事に覆い尽くした。
銀色の球が消えた時には火の玉も失せていた。その火を構成していた魔力を溶かして消した事で霧散したのだ。これもまた《溶解液》の使い方。思い付きのものだったが、予想以上の威力に自分でも驚いている。
名付けるならば【溶解液単射】...かな?ネーミングから技の内容を想像しにくいのが我が技の特徴だね。
余韻に浸ること数秒、次に盾持ちの『ハイオーク』が飛び込んできた。先程と同じ行動パターンだ。舐めてんのかと言いたくなるが、確かに連携を狙うのならこれくらいしか無いのかもしれない。
さて、どうしようか。もう一度ぶつかり合うと言うのも悪くは無い。次にぶつかる時はもう少し上手くやれるだろう。それに、もう一度跳ねっ返せば奴も勝てないと理解出来るだろ。もう一回ぶつかるか......けど痛いんだよなぁ。
なまじ身体能力が高いせいで耐えきれてしまうが、痛みは普通に襲ってくる。あの痛みをもう一度食らうくらいなら、容赦を無くして殺ってやる。
例の如く強化系のスキルを幾つも掛けていく。どんどんと感覚が鋭くなっていき、迫ってくる奴の動きが遅く見えてきた。
足を開き、腰を落とし、右腕を後ろに下げる。手のひらを広げ、その五指に魔力を溜めた。
「スーッ──《引っ掻く》」
右手を覆うように現れた、魔力で作られた擬似的な爪。狼が最もイメージし易いので、その鋭く長い爪を造形している。こんな武器、あったっけ。なんか微妙に違うけれど、似ている武器があった気がする。しかしそれよりも凶悪な仕上がりとなっている。
先ずデカい。『オーク』の手よりも大きな爪がそこに存在していた。
更には【溶解液付与】を施している。これにより引き裂くよりも鋭い一撃を生み出せるのだ。
奴がまたしても壁のように迫り来る。しかし先程よりも迫力は欠ける。一度防いだ実績があるからだ。怖いけど負けることがないと頭にある。
だから思う存分に振るわせて頂こう。
「シャァッ!!」
地面を踏み抜き、腰を捻って腕を振るう。
鞭のように腕をしならせ、迫る盾に合わせて勢いよく振り抜いた。
爪は鉄製の分厚い盾に触れ、そのまま溶かして裂いていく。勢いを無くすことなく上から下まで振り切ると、石レンガの床をも抉り取った。
暖簾に腕押し、糠に釘?その言葉が脳裏に過ぎるほど、まるで抵抗が無かった。かなりの硬度を予想していたので、思い切り振った腕に引っ張られて体が回転した。
何となく、地面を蹴ってそのまま飛んだ。空中できりもみ回転を見せ、もう一度体が前を向く。視界に『ハイオーク』を収めた。
奴の体には5本の傷が薄らと付けられていた。その傷からは血が飛び出ていた。踏ん張りの力が抜けており、数歩進めば転びそうだ。なるほど、爪は盾を貫通して奴の肉体にまで届いていたのか。
空中で狙いを定める。更に魔力を込めて、奴めがけ爪を叩き込んだ。




