72話目 ボス部屋 2
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《鑑定》の結果は疑いようが無い。いや、たまたま視界に入った、『オーク』を除いた奴らしか見ていない。実際は以上に敵は存在しているようだ。
魔力を抑えて空間を把握すると、大体200メートル四方の空間がここに広がっている。そして、真ん中で横に『オーク』と『オークリーダー』がうじゃうじゃと並んでいる。パッと見、千に近い数が居るんじゃないか?間違いなく無駄にいやがる。この数を集めた理由は何なのか、それは王を守る為に他ならないだろう。
後方にはクイーンとキング、弧の形で囲むようにキャスター、その前で聳え立つ肉の壁。俺達の処刑をキングとクイーンが見る、完璧な布陣と言ったところか。
騎士さん達だけではキャスターにすら到達出来ないだろう。俺とて初見のキャスター、クイーン、キングに勝てると断言出来ない。そもそも、後半2体は俺より格上だし、アイツら強そうなんだよなぁ。スキル構成は《オーク》と似ており、小手先の技ではなく豪快な力押しが武器のようだ。レベルもそこそこ高いし、肉弾戦で勝つのは不可能だろう。
何故か、闘えば負ける気はしないけど。
扉が完全に開き、騎士さん達は部屋の中にゆっくりと入っていく。盾を構え辺りを見渡し、警戒はしているが部屋の中にうじゃうじゃ居る奴らに気づいていないようだ。一番近い『オーク』までは数十メートル程しかないというのに。あのアリエルさんでさえ気づいていないらしい。気づいていれば、目の前に広がる数の暴力に恐れを抱くだろうから。
声を掛けようかと思った。この部屋に入るな、と。だがそれは侮辱ではないか?覚悟を決めてまでこの部屋に踏み入ったのだ。彼らが闘おうがなかろうが、ここで止める事は彼らの覚悟を踏み躙る事になる。
騎士さん達が更に中へと入っていくと、後方からギイィィッという音を立て扉が独りでに閉じていった。これで退路は絶たれ、この空間に隔離されてしまった事になる。
騎士さん達が後ろに気を取られた瞬間、部屋の壁や天井に光源が灯る。直ぐに騎士さん達は部屋の中心に振り向き武器を構える──が、その動きは固まったしまった。
暗かった部屋全体を明るく照らし、そこに居る魔物達の招待を晒したからだ。視界いっぱいに乱列している『オーク』達。中心には一層大きな『オークキング』も構えている。
「な、なんて数の...!」
「うそ......だろ...?」
「有り得ねぇ...有り得ねぇだろ...」
「悪夢でも...見てんのか...?」
死を覚悟していた騎士さん達の、心が折れた。この光景は先程高められた士気をへし折るに十分だった。
絶望は絶望でもこれは酷い。勝てる見込みというものが微塵たりともない。騎士さん達が剣を振るい、何匹かを仕留めたとしても焼け石に水。奴らにとっては小さな被害にほかならず、圧倒的な数に押されてお終いだ。
そう。この状況は絶望的なのだ。しかしこの数、敵の格を前にしても、不思議と負ける気がしない。全て全てが、餌に見えてくるのは何故だろう。キングなんて、至高の肉ではないか。
まぁ、そんな風には考えているのは俺だけだろう。他の騎士さん達は恐怖に震え、動こうにも動けずにいる。そりゃ、あの大群に突っ込むのは自殺にほど近いよな。使命があったとしても無理だよ、これは。
だから、こそ。ここは俺の出番というわけだ。
「くっ......シャウル殿!頼む!」
アリエルさんは絶望に落ち、思考を鈍らせるより早く決断した。頼まれなくとも出ていたがね、頼まらたらやる気も上昇するってもんだ。
アリエルさんの声に応えるように、その影から俺は姿を現した。闇のように黒い毛皮を持つ狼。『シャドウウルフ』の形をした俺の分体だ。まるで這い出るかのように出てきた俺に、ピクリとキングらが反応する。
当初の目的は「俺の家に来んな」というお願いだけだったが、その願いは彼らに聞いて貰えるとは思えない。混んな熱烈なお出迎えをしてくれたのだ。全面戦争をご所望に違いない。
つまり、奴らとの和解は不可能。俺達を殺す気でいるに決まっている。ならば、奥の手である俺をハナから投入するのがベスト。
隊長さんに見つかるだとか、俺の凶暴性を知らしめるだとか、そんな事は二の次三の次。今はこの状況を打破することが最優先事項なのだ。
騎士さん達の護衛用として2匹は待機。残る6匹で殲滅を開始するとしよう。戦闘中でも魔力の回復手段はある。脳みそのスペック的にやりたかないが、今回は非常時ということでお見せする。
やる事は簡単。《アイテムボックス》の中で喰う、それだけだ。《アイテムボックス》の中でスキルを発動出来る事が判明していた。頭の中でぽや〜ってやってたら出来ちゃったのだ。要するにイメージ内で食べる感じ?肉が入っているコンテナを思い浮かべて、その中に《溶解液》を満たして溶かして食べるのだ。
だが、喰うと闘う、という2つの作業を並列させなければならない。分体の操作に慣れてきたとはいえ中々に難しい。
まぁ、敵さんに《溶解液》ぶちかけて、噛み付いて喰らっても良いんだけどね。この数を相手している中で、一体一体に時間をかける余裕は無いだろう。リーダーくらいなら噛み付いてやってもいいかね、とは思っている。一応同格の魔物だから、魔力回復の効率は良い。
って事は、リーダーから狙おうかな。それとも初っ端から大将討っちゃう?あの乱列された肉壁を切り崩すのは骨が折れるぞ...うん、『オーク』共が多すぎて無理だよな......。
ちくせう。数が多すぎて作戦を考えられないんだけど。いやぁ、冷静に考えて無謀じゃね?本能はいけるとかほざいていたけど......えぇー?落ち着けば落ち着くほど、勝ち目無くね?
影に潜行して首を取りに行くってのもアリだけど。んー、そうする?そうしちゃう?でも、これは遊戯じゃない。キングとっても終わりってことにはならないだろうなぁ。
よし。なるようになるさ。
数秒の思考を終えたあと、身を《透明化》にして《潜伏》させる。俺は隠密系のスキルが発達している。目の前でも隠れることの出来る、この2つの掛け合わせ。結構気に入っていたりする。
突然現れた狼がまた不意に消えたのだ。俺を知っている騎士さん達も、目の前で消えた事に驚いていた。その場には影の一つすらない。掻き消えた。それが一番適切な表現だろう。
気付かれないことを良いように、俺は強化系のスキルを重ねがけしていく。
《剛力》《部位強化:脚》《硬化》《死力》起動──
どんどんと魔力が消費されていく感覚。それに伴い万能感が増していく。魔力に余裕が出来たからこそ、この感覚を楽しめる。余裕無かったから焦って戦いに行かなきゃだもんなー。
更にここから《疾駆》《跳躍》を併用して駆け出した。まるで飛び上がるように地面を蹴れば、様々なスキルをメッキした事で瞬く間に数十メートルという距離を零にした。
先頭に立つ『オーク』の首を撥ねる。そして次の瞬間にはその後ろに立つ『オーク』の首が。そしてその次の、その次の、次の、次の首が立て続けに飛んでいく。
《引っ掻く》で首を斬り飛ばし、その体を蹴って次の獲物へと飛び掛る。これを繰り返し約30メートルもの間地に足を着けることなく、空中で舞いながら二十数体もの『オーク』を絶命させた。
そして着地。なんだ、思っていたよりも簡単に肉壁を突破できたな。もっとこう、苦戦があるものかと思っていた。
壁となっていた奴らは未だに気付いていない。敵が背後に降り立った事も、数体の『オークリーダー』と『オークキャスター』を除けば王に盾が無くなったことも。だからキョロキョロと消えた敵を探し、目の前に人間しか居なくなった事に疑問符を浮かべるのだ。
異変に気付いた数体のキャスターが漸く動いた。用意されていたらしい石が宙に浮く。ふわっと数個の石が浮かび上がり標準を合わせるかのように対空。そして、かなりの勢いで動き始めた。
「ッ!盾を──!!」
気付いたアリエルさんが叫ぶ。
撃ち出された石は『オーク』達の壁を越え、飛んでいく。そう、狙いは騎士さん達だったのだ。視認出来ない俺ではなく、そこに立っている騎士さん達から潰しにかかったのだ。
飛来する石は100メートルという距離を飛んだにも関わらず、中々の速度を保っている。僅か3秒で騎士さん達の目の前に到達し──そして消えた。
咄嗟に盾を構えた騎士さん達は、来るであろう衝撃が襲ってこない事に困惑する。アリエルさんも、何が起きたかさっぱり分からない様子だ。
キャスターも着弾を確信していた。しかし、突如として消えた事に驚きを隠せないようだった。慌てながらも続く2射目を用意。発射。
飛来する石は、やはり騎士さん達の手前で消失した。
「なにが...なにが起きている...!?」
「シャウル殿か!?」
そう、正解。確かに不思議な現象だが、やってる事は何ら難しくない。タネが大いにある手品なのだ。
これは、ただ《アイテムボックス》に放り込んだ、それだけなのだ。それ以外には何もしていない。
例え動いているものと言えど、目で捉えることの出来る速度なら収納可能、という事は実験して分かっていた。《念力》はあくまで浮かし飛ばすだけのスキルだと予想して、ならばとやってみたら石を奪い取るのは簡単だった。暇でひとりキャチボールをやっていた俺にとっちゃ、至極簡単な事だったね。
投石という物理攻撃は中々に厄介なものだ。あの速度なら盾を破壊し、一撃で致命傷に至らせられる。操っているから命中率も良いし、遠距離という安全地帯からの一方的な攻撃となる。素晴らしい技だと思うよ。
ただ相性が悪かった。《アイテムボックス》さえ無ければ《硬化》や何やらを使って、《体当たり》という力ずくで止めなければならなかった。悲惨な光景が目に浮かぶ。
俺には通用しなかったけど、そのスキルは実に優秀だ。使い勝手の良さそうな、素晴らしいスキルだよ。
『だから、そのスキルは俺が貰ってやるよ。安心して楽に逝け』
慌てふためくキャスターの胸を深く抉り、その魔石を取り出し喰らっていた。




