63話目 逸した力
書き忘れてましたが、女騎士アリエルさん目線です。
シャウル殿が通路の方へと歩いていく。そこで探知系のスキルを発動させるのだろう。なにやら物騒な事を言っていたが、返り討ちに出来る見込みあってこその判断なはず。私は見張りをしていた2人を下げるよう命じ、私も離れた位置からシャウル殿を見る事にした。
魔除けの結界がある為寄りづらい事を考慮すると、せいぜい『オーク』が数体寄ってくるだけだろうが、それだけでもシャウル殿の実力を多少見ることは出来る。予想としては暗殺に近いやり方だろうが、あの後ろ姿を見ると正面からやり合いそうな気もする。普通の『シャドウウルフ』ならば多数による連携と、影を操る奇怪なスキルがメインだ。シャウル殿なら見たことも無いほど精密な影操作を披露するやもしれないな。
そして、シャウル殿が息を整えて魔力を溜め始めた。それは、瞬く間に下級の魔物が抱く魔物量を凌駕し、その上で更に溜めを続けるのだ。
「な、なんなんすか...!あれ...!」
「う、うそだろ...なんてプレッシャー...」
「ただの『シャドウウルフ』じゃねーよ、あれ...」
思わず3人が言葉を漏らしたのも仕方ない。あの大きいとは言えない肉体から想像出来ない程、多量の魔力がそこに存在していたから。通常の『シャドウウルフ』よりも多い魔力量だとは予感していたが、その予感を軽く超えていた。
魔力が高まる程に空気が震える。暴力的なまでの魔力がその現象を起こしているのだ。まったく、どれほど集中して溜めているのだろうか。あれ程の量を溜めるとなると、相当な負荷が掛かるはずだ。非常に不安定な魔力は簡単に暴走し、自身に最も被害を齎す。あれだけで緻密な魔力操作が必要な技術なのだ。
冷や汗が出る。先程までの穏やかな雰囲気は何処へやら。やはり魔物だったのだと、無理やり知覚させられる。圧倒的なまでの、人間では太刀打ち出来ない者が放つプレッシャー。それをシャウル殿は持っていた。
あれが自分達へと矛先が向かったなら、一体何秒持つだろうか。瞬時に飲み込まれそうな気がしてならない。例えここにいる7人が合わせて闘ったとしても、数分持つか持たないか。
少なくともこれだけは言えよう。敵対しなくてよかった、と。シャウル殿が人間に友好的で良かった、と。
「...っ!?ば、馬鹿っすか!?持ってる魔力、全部使う気っすよ!」
溜め始めてからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。体感では数秒程度だが、実は数分以上過ぎているかもしれない。
そんな時、察知能力の高いエリックが叫ぶ。ばっ、とシャウル殿に目を向ければ、漸く溜めを終えて何かを発動させようとしていた。エリック曰く、それに全ての魔力を込めているらしい。
基本的に魔物には人間よりも多くの──それはもう比較にならないほど多くの──魔力が備わってある。と言うのも魔力こそが魔物の生命力であるからだ。成り立ちからして魔力と密接な関係にあることは明白だ。
確かに魔物にも体力という数値も存在はしているが、魔物の多くは魔力に依存して生きている。食事を必要としない理由も、空気中に存在する魔素を食って生きているからだと囁かれているほど。
ドラゴンが放つ息吹にも、スライムが捕食に使う消化液にも。多かれ少なかれ魔力は使われている。
人間の魔力量は魔物と比べて非常に少ない。よって、人間が使う魔力には繊細さとコスパが求められている。如何に少ない魔力で強力な魔法を放てるか、身体能力を上げられるか。それが人間に求められる魔力の使い方。
一方で魔物が使う魔力には、技術なんてものは無い。ひたすらに物量で押し切る、それが魔物なのだ。
しかし程度は弁える。全てを一度に使うなんて、それは自殺行為に他ならない。人間には魔力を回復させる手段が幾つかあるものの、魔物にはそういう物は無い。中には相手から魔力を吸い取るスキルを持つ者も居るらしいが、大抵はその場で回復は出来ない。
だから驚きしか出ない。高い知能を有するシャウル殿が、全魔力を放出するなんて考えてもいなかった。
「な、何!?」
「待て待て待て待て...!爆発するんじゃねーだろうな!?」
魔力は非常に繊細だ。ちょっとのミスで大惨事にもなりかねない。地下の狭いこの通路で、あれ程の魔力が暴発すれば。私達なんて即座にあの世行きだ。
だが、付き合いは短いが確信を持てる。シャウル殿はそんなヘマをしないと。
その予想は的中した。
1つ間を置いてからシャウル殿はスキルを発動させた。それはシャウル殿を中心にして勢い良く広がった。それは直ぐに私達の空間を飲み込み、更に先へと侵食していく。
魔力の波を体全体に浴びた事で多少の倦怠感を覚える。濃厚な魔力に当てられた故だろう。隣を見れば、エリックが1番被害を受けているようで、両膝を着いて座っているのがやっとらしい。私は何とか両足で立っているが、クラりときている事は否定出来ない。
目線を戻すとシャウル殿の足取りもふらついていた。それはそうだ。全魔力を使ったのだから、まともに動けるはずがないのだ。しかし数体の『オーク』が寄ってくると予感していたハズ。戦闘は出来るのだろうか。
その心配は直ぐに解消させられた。私達の度肝を抜く形で。
瞬時にシャウル殿の魔力が回復し、何事も無かったかのように息を整えた。そして通路の奥を睨み付けながら、はぁと溜息を吐いたでは無いか。
まず、魔物であるシャウル殿が魔力を回復する手段を有していたことに、私達は戦慄している。それも何かスキルを使った素振りはない。無造作に、労せずに、たった1秒程度で行った魔力の回復。
回復に制限は無いのか。デメリットは、使用におけるペナルティは。そうして少しでも弱点を探ろうとしてしまうのだ。シャウル殿の化け物ぶりを認識してしまったから。
魔力を何度でも回復出来る魔物なんて、それは最強に近い存在だろう。
「......俺の、探知圏内を全て埋めつくしてんすけど...」
「ははは......アレが敵だと思うとゾッとするな...」
「私もだよ。今日ほどこの勘に感謝した日はない」
「副隊長に永遠の感謝を贈りますよ...」
私達は呆然とするしかない。シャウル殿が持つ戦闘能力は、その魔力量からだけでもBランクは堅い。そこに知能という武器を備えているのだから、Aランクにも片足を踏み入れているだろう。
Bランクとなれば我々騎士が十数人、その中に魔道士が数人居なければ余裕を持って勝てない強さだ。過去に人里へと降りてきたBランクの魔物が、近くの村を2つ壊滅させたという記録がある。その後、魔物狩りのスペシャリストたる冒険者達の手によって討伐されたらしいが、少なくない被害も出たとの事。
Aランクともなれば災害だ。お目にかかれた事など無いが、嘘か誠か一体で数百人規模の軍とやり合えるとも聞く。確認された数は少なく、この世界に二桁居るか居ないか程度だと予想されている。
そんな化け物の域に達しているのだ。D+ランクしかない『シャドウウルフ』が。突然変異した存在であろうが、それでも力を持ち過ぎだ。
だからこそ、心の底から思うのだ。
敵でなく味方で在ってくれることに。
主人公さん、傍から見たら化け物らしいですよ




