42話目 オークオークオーク
振り上げられた『オーク』の丸太のような太い腕。2m以上ある巨体から繰り出される振り下ろし。見た目から想像出来る愚鈍な動きで拳は迫る。
それを一体の狼は躱す。狼は全身真っ黒い毛を生やし、目だけがプラチナのような銀色の光りを放つ。まさに闇の中で暮らすような生物、その名を『シャドウウルフ』と呼ばれるモンスター──の見た目をした『インビジブルスライム』の分体だ。《擬態》というスキルで『シャドウウルフ』の皮を被り、その形を得ている。
『オーク』の一撃を悠々と躱した影狼の分体が地面を蹴る。その勢いで高く飛び上がり、『オーク』の頭を軽々と飛び越えた。
これで4回目。『オーク』が攻撃し、分体が躱したのは。その度に馬跳びの要領で『オーク』を飛び越えて挑発をする。
本能の赴くままに『オーク』は雄叫びを上げながら腕を振り回す。そんな我武者羅なもので当たる訳が無い。分体は更に挑発しながら右へ左へと動いて躱した。
疲労からか冷静になった『オーク』は、もう一度狙いを付けて拳を強く握る。固めた拳を一直線に狼の形をしたスライムへと撃ち放つ。
迫る拳を狼は躱す──事はせず、微動だにせず構えていた。
もらった──『オーク』はそう予感した。お互いに疲労は溜まっていた、避ける力は無い。そう考えた。
しかし、『オーク』の拳が届くことは無かった。途中で腕の動きが、いや体全体の動きが止まったのだ。
どういう事かと混乱する。しかし、動けない。腕以外の部位もまともに動かすことが出来ずにいた。今、右腕を伸ばした姿勢で固まっている。
『オーク』の慌て様を見て狼はニヤリと笑った。してやったり、と。
叫ぶ『オーク』を無視して、狼は『オーク』へと歩み寄る。トンットンッと腕を登り、顔の前に到達すると右足を振り上げる。
その右足に溜まる魔力を見て、『オーク』は更なる叫び声を上げるが、その声は直ぐに断末魔に変わるのであった。
※ ※ ※
ふぅ、と一息ついた。今の戦闘は中々良かった。『オーク』は最後まで気づかなかったが、初めから相手の動きを封じる策を講じていたのだ。《生成:糸》を上手く使えば細く丈夫な糸を作ることが出来る。その糸を飛び回りながら木々に貼り付け、巨体を誇る『オーク』の動きを縛っていった。終いには完封に成功。完全なる勝利を収めて見せたぜ。
この戦法は弱者が強者に噛み付く時使えそうだ。ドラゴン相手には......無理そうだが、それ以外の魔物ならまだなんとか。森林という障害物が豊富なステージだからこそ出来る、という点もあるから使い所が限られそうだ。
因みにこれで今日の『オーク』狩りは終了だ。既に《アイテムボックス》の中に3つの死体があり、コイツを仕舞って4体目。群れていた4体を狩ったんだ。なんだかこの一週間は『オーク』しか見ていなく、この森大丈夫か?と心配になってきたくらいだ。もしかして『オークの森』的な森だったりするのかも。
辺りに魔物の気配が無いことを確認する。居るには居るが、経験値の足しにもならないので無視。『オーク』もそこまで美味しくないけど闘り甲斐があるからな。スキルの練習台になるし。
そんな適当なことを考えながら、俺は影狼形態の分体を本体の方へと体を向けさせた。魔力は全然余っているが、これで狩りはお終いだ。
『ワォォォォォンッ!!』
その時、遠くから雄叫びが聞こえた。いや、遠吠えか?とにかくウルフ系の魔物が出す声だ。発信源の方で戦闘を繰り広げているのだろうか。どちらかと言えば苦戦していそうな鳴き声だ。
ここで俺に与えられる選択肢は2つ。無視するか否か。
正しい思考なら無視をする。何せ今日の狩りは終わったから。これからはのんびりうだうだとスキルの練習に励み、疲れたら寝る予定がある。
巫山戯た思考をすれば無視しない。声が出た下にはほぼ間違いなくウルフ系の魔物が居る。久しぶりの『オーク』以外の魔物である。魔石を喰らい、スキルを得たい欲求がある。
逡巡は少しだけ。直ぐに俺は体の向きを逆にした。頭を声のした方へと向けさせる。
今日はもう少し狩りたい気分になったのだ。
※ ※ ※
駆ける。既に狼の体を動かすことには慣れた。森の中での疾駆にも自信を持ち始めている。流れ行く景色を楽しみながら、木々を躱すように四肢を動かす。
何時もなら見逃さない虫系魔物を飛び越えて。俺は風となって走り抜けた。
そして視界に見慣れた巨体が映る。つい数分前に狩り飛ばした魔物。そう、『オーク』だ。
『オーク』が3体、『影狼』が2体。数の利も含め、後者が押されているようだ。特にその内の一体は瀕死であり、体の所々から血がにじみ出ている。その2体を『オーク』達が囲い、瀕死の個体をもう片方が庇う形だ。
観察している暇なんてないけど、正当防衛主張派の俺としては戦況を見てから殺り始めたいのだ。この場合完全に『影狼』を応援すれば良い。弱いものいじめダメ絶対。
それに今は見た目的にも仲間だからな!匂いとかでバレそうだけど、『オーク』から見りゃ敵の増援だ。その三体を屠ってから先の事は考えよ。
思考を纏めて、速度は落とさず、俺は一直線に戦闘の『オーク』へと飛び掛る。
予想外の攻撃に『オーク』はまともな反応を見せられない。がら空きの顔面に飛びつくことに成功した。
先程思いついた技、試させてもらおう。
部分的に《溶解液》を発動させる。その部位は爪。《引っ掻く》と同時に発動させることで、溶かして切るを積極的にやっていこう、という魂胆だ。例のレーザーと違い魔力を収束させる必要も無いし、接近戦においては当てやすい。名付けるなら【溶解液付与】ってところかな。
前足が溶けるんじゃないか、という心配はいらない。この分体は俺の魔力から作られているので溶けないのだよ。《生成:糸》で作った糸と同じだね。
容赦なく顔面をクロスさせるように切り裂いてから、その顔を蹴って宙を舞う。くるりと一回転してから2体の『影狼』の前に降り立った。




