32話目 それは唐突
う、うぅ...何とか《吸収》し終えました。かなりキツかった。目を閉じようとしても目なんてものがないから閉じれない。よく考えたらどうやって周りを見ているのだろうか。よく分からないファンタジーだな。
いや、今はそのせいで余計に苦しめられた。視覚はあるが、味覚と嗅覚が無いことだけが救いだった。あんなもの普通の人間じゃ食えないよ。俺だって経験値の事がなけりゃ喰ってなかった。見るだけでも食欲を失せさせる兵器だよ、あれ。モザイク処理しなきゃ子供に見せられないな。
経験値的には美味かった。さすが格上の魔物達だよ。味は最悪だったろうな。最近、食に関して求めてきている俺が居たけど、俊敏に引っ込んで行ったよ。暫くは文句を言わないとさ。
レベルは[19/40]まで上がった。アイツらがもっと大きければ、その分経験値も美味いんだけどね。図体の割には良い経験値だったと思う。
『オーク』は食すまでに時間がかかるのと、割合的な問題で狙いにくい。一方で虫系魔物達は、食す躊躇いがあるけど経験値がそこそこ美味い。狩りやすいし狙い所ではある。
実を言うと、虫系魔物ならそれなりの数を見つけてきたのだ。見つけやすく倒しやすい。食べる時は言葉通りに目を瞑ろう。
狩る対象を定め、俺は行動に移す事にした。
珍しく本体を動かす。分体達に任せてもいいが、魔力切れになる度に進捗率がリセットされる事がいただけない。
5時間の捜索により、中々の狩場は見つけている。その近くの安全地帯に本体を移そうと決めたのだ。
戦闘はなるべくしないよ?それは分体の役目だからね。
今は2体だけ分体を作成し、そいつらを護衛役として使っている。索敵と戦闘。この2つをやるために、かなり頭を使う。
4体の分体操作は慣れてきたと言える。しかし、分体だからこそ、という点もある。
やられてもいい、潰されてもいい、負けてもいい、バレてもいい。
そういう感覚があるからこそ、気楽に操作を行えるのだ。
しかし本体は違う。本体はやられたらそこで終わり。分体とは重みが違う。
よって、この本体を守る2体の分体。コイツらを操ることにも緊張が生まれる。ミスをすれば、しくじれば。俺が死んでしまうからだ。
最近安全地帯に身を置きすぎて、何時どこからともなく襲われる可能性がある、この恐怖に竦んでしまう。
森を進めていく中で、必ず草むらに対して《鑑定》を忘れない。隙間からでも情報は捉えられる。情報を捉えたらその草むらには警戒する。
上も同様だ。飛行可能な魔物から襲撃されたら反撃出来ないかもしれない。いつ来ても対処できるよう、上にも警戒は怠らない。
そんな風に移動をして行った。
※ ※ ※
気付いたら夕方を迎えていた。あれから発見という発見もないまま、移動だけで1日が終わってしまった。
エンカウントした魔物との戦闘もそこそこに、本体の移動だけを優先させていた。おかげで森の奥までかなり進めることが出来たと思う。明日からはここを中心にして動ける。魔物狩りが捗ることだろう。
辺りが暗くなる前に太めの木を見つけておく。見つけた木を《溶解液》で加工して、本体が入れるくらいの寝床を整える。
そうしたら寝る前の支度は完了だ。スライムだから、お腹が空いたとかお風呂に入る、とかも無いからね。久々に入りたい気持ちはあるけれど。
今日の探索で見つけた物を確認しておく。
木の枝5キログラム程、石20キログラム程、『イスニヒト』1つ、虫系魔物3体。『イスニヒト』は速攻処理。《吸収》様に喰われて行った。虫系魔物達は格下の魔物達だ。実は紹介していなかった、紹介するまでもなかった魔物達。コイツらとよくエンカウントするんだよね。『ベホラ(略称)』並の雑魚敵よ。経験値の足しにしておいた。
さて、確認と処理が終わり、辺りが暗くなってきた。遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。狼って夜行型なのかな、とか考えつつ本体は寝床へと入った。
これからやる事は1つであろう。
有り余る魔力を1つの分体に明け渡す。その分体を操って、本体から少し離れた茂みへと移動させる。
もう真っ暗だ。灯りなんてない。夜の森ってやっぱり怖いよなぁ、と呑気に考える。でも、それだけ。あくまでも分体が見ている風景。怖いとか思うけど、本当にそれだけ。
《鑑定》で自分のステータスを確認する。《風起こし》は未だにレベル3だ。とにかくレベルアップへ向けて、使い続けてみよう。
昨晩の失敗を生かす。竜巻のように螺旋状で風を起こそうとしたが、あれは風力不足だった。けど、形は悪くは無いと思う。足りないのは力。
よって、今回は多めの魔力を注ぎ込み、大きな風を起こそうと考えたのだ。失敗しても良いように分体で、離れた場所でやるのさ。
『リトルインビジブルスライム』になってから、格段に魔力量が上がった。後半の探索では魔力の使用が少なかったため、『リトルウィキッドスライム』の時の全開よりも多いくらいに魔力がある。
ある程度離れた地点までやってきた。暗くてほとんど前が見えなくて怖いけど、分体だから躊躇いなく進めたね。
さぁ、いっちょやってみますかー、と魔力を溜め始めた次の瞬間。
その分体の視界いっぱいに映った、大きな口、鋭い歯。そして、為す術もなく、その口に吸い込まれた。口は閉じられ、分体の核が粉砕される。
あまりに一瞬の出来事であった為に、俺は反応すら出来なかった。分体だからと油断していたのだ。
心臓があったらバクバクと音を立てていただろう。凄く、怖かった。ホラーゲームでもやった気分だ。ビックリさせる系の。
分体と視界を共有していたから、食われた瞬間を見ている。俺が食われた、と言っても過言ではない。
木の幹の中でガクガクと小刻みに震える。
もし、あれが本体であったら...。
そう考えるだけで震えが止まらない。
ちょっと連勝が続いていたから、調子に乗っていたのだ。俺が、スライム如きが調子に乗っていい訳がなかった。
勿論、俺だって最強になった気で居た訳では無い。が、少し図に乗っていたことは確かだ。接敵して、触れてしまえば勝ち確だと考えていたのだから。
俺はまた学んだ。
何か察知系のスキルを得るまで、夜の外出ダメ絶対。
今寝ると、俺の分体を食らった奴に襲われるかもしれない。
しかし、分体に殆どの魔力を渡してしまっており、本体には僅かしか残っていない。
つまり、どうすることも出来ないのだ。分体を作って偵察に行くことも、《溶解液》で迎撃する事も。
天に祈りを捧げた後、俺は息を潜めて寝る事にした。まだバレにくい位置に寝床を作っておいて良かった。これなら多少は安心できる、はず、と信じたい。
最後に周囲の音を確認する。
物音はしない。襲われる寸前も、茂みの音すらしなかった。《鑑定》による発見もできなかった。
隠れるのが上手い夜のハンターが居たのだろう。最悪だ。かなりでかかったイメージがあるけど、もしかして『ハンヴ(略称)』かな。
とりあえず、来ないでくれよと切に願いながら、俺は意識を闇へと放った。




