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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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63、再燃 三

 ロットが近衛団に入って8年が経った頃、エイロンが突然魔術学院へ出向することになった。出向自体は珍しいことではないものの、ロットはそれがエヴァンズの差し金ではないかと勘繰っていた。


「心配するな。三年間だけだし、正当な理由だよ。前から教官の仕事の誘いは来てたんだ」


 エイロンが笑いながらそう言ったので、ロットはひとまず、胸を撫で下ろしたのだった。

 三年後、彼は約束通り近衛団に戻ってきた。


「最後に受け持ったクラスは根性のある生徒が多かったな。来年、自警団に入ってくるのが楽しみだ。こっちは変わりなかったか?」


 生徒たちと一緒に撮った集合写真を眺めながら、エイロンは言った。


「はい。王室に三番目の王女がお生まれになったのは、もう知っていますよね。あとは私に娘が生まれたくらいです」


 ロットはさらりと流すが、エイロンはそれを聞き逃さなかった。


「なんだって? お前、いつの間に結婚したんだ」


「生まれたのはあなたが学院へ出向してすぐですが、籍は入れていません。こんな仕事ですから、家族にも危険が及ぶ可能性があります」


「……徹底しているな。色々驚くが、とりあえず、おめでとう。久々に飲みにでも行くか!」


 満面の笑みで、エイロンはロットの肩を叩いた。

 平穏が訪れたのも束の間、それから数ヶ月経って、エイロンの様子が徐々に変わり始めた。

 表情は常に険しく、声を掛けてもどこか上の空で、顔色も悪い。本人が言うには『あまり良くない病気』とのことで、数日間任務を外れることもあった。


「一度しっかり休んで、治した方がいいんじゃありませんか」


 あまりにも具合の悪そうなエイロンを見て、ロットは堪らずそう言った。どんなに優れた医務官でも、手遅れになった病気を治すことは出来ないのだ。

 休憩室のソファで項垂れるエイロンは、掠れた声でこう答えた。


「そうだな。……でも、お前たちが心配なんだ」


「今は自分の心配をして下さい。私だってもう12年目なんです。エディトだって、周囲から次期団長としての信頼を得ている。それに……副団長も、怪しい動きはしていません」


 項垂れたまま、エイロンはふっと笑いを漏らした。それがどういった感情からなのか、その時のロットには分からなかった。


「……分かったよ。その内な」


 エイロンは立ち上がり、ロットと視線を合わせることもなく部屋を出ていった。



 エヴァンズの毒牙はロット自身に迫っていた。エイロンと話した数日後、団長室に呼び出された彼は、団長から唐突にこう告げられたのだ。


「来週から自警団に戻れ。第一隊の隊長としてな」


「……なぜ急に」


 エヴァンズに目を付けられるような危険はおかしていないはずだった。しかし、こうなるからには何かしら、彼の気に障るようなことがあったということだ。


「お前の実力をかんがみての人事だ。あそこの隊長としてはまだ若いし、大変だとは思うが、やってみる価値はあるだろう。これは命令だ」


 団長の顔に笑みは無い。恐らく、エヴァンズに何か言われているのだろう。こうなればもう、逃れる術は無かった。


「……分かりました。お受けします」


 ロットは爪が食い込むほどに拳を握り、怒りを噛み殺して部屋を後にした。



 自警団長が別にいるとはいえ、第一隊の隊長は実質、本部全ての隊員をまとめる存在だった。近衛団から戻ったばかりで、尚且つ、どの隊長よりも若いロットには重すぎる役目だ。

 前隊長は獄所台に栄転したらしい。ロットには何の引き継ぎも無く、だ。これもエヴァンズの嫌がらせに違いなかった。


「無理はするなよ、ロット。分からないことはあのクソ魔女……イーラに聞け」


 自警団本部に戻ったロットを気遣ったのは、既に医長に上り詰めていたレナだった。彼女には第一隊にいた頃に、何度か世話になっている。


「ありがとうございます、医長」


 ロットは憔悴しきった顔で答える。何もかも手探り、第一隊の隊員との信頼関係も無い。加えて副隊長は自分より年上。気苦労は絶えず、ここ数日、まともに眠ることも出来なくなっていた。

 エヴァンズの狙い通りかもしれない、とロットは思う。これでは、エイロンやベイジル、エディトが無事かどうか、考える余裕などない。

 それでも半年ほどが経ち、季節が夏を迎える頃になると、誰もがロットを第一隊の隊長として認めるようになっていた。ひとえに彼の血の滲むような努力の結果だ。卑劣な手には屈したくない、その一心だった。

 ロットはふと、カレンダーを見た。近衛団としては最大限の警護が必要な、国王の誕生記念祝典が近付いている。

 自警団も数日前から街の警備と巡回に力を入れる必要があった。ロットが隊長になってからの、初めての大仕事だ。

 街の安全を確保出来れば、王族の盾になる近衛団の団員を守ることにもなる。ロットは念には念を入れて、街の隅々まで調べ尽くした。

 記念祝典の当日がやってきた。広場は人で賑わい、国王が登壇する舞台は豪華に飾り付けられている。ロットは近くにある建物の屋上から、その光景を監視していた。

 舞台袖に、エディトとベイジルの姿を見付けた。二人とも特に変わりはないようで、ロットはひとまず安堵する。

 しかし、どれだけ探してもエイロンの姿はなかった。馬車の誘導に着いているのか、あるいは入院でもしているのか。胸がざわついた。

 馬車が舞台袖に着く。やはり、エイロンはそこにいなかった。団員たちは定位置に着き、王族が舞台に登っていく。

 国王の挨拶、そして、打ち上げられる花火。最後の数発になったところで、エディトが前方に素早く顔を向けた。何かに気付いたようだ。

 ロットは屋上から身を乗り出し、彼女の視線の先を追う。次の瞬間だった。

 乾いた銃声。沈黙。そして悲鳴。舞台上に倒れているベイジル。

 ロットは自分の見ているものが信じられなかった。警備には万全を期したはずなのに、何故――。



 ベイジルの葬儀はしめやかに営まれた。ロットは悄然(しょうぜん)としたまま参列し、最初から最後まで、何も考えることが出来ないでいた。

 葬儀が一通り済んだ頃、棺に取り縋る彼の妻が連れ出され、そこに佇む一人の少年がいた。


 ――顔が僕にそっくりなんです。頑固なところまで似ちゃって、困ってるんですけどね。


 嬉しそうに話すベイジルの声が、ロットの頭に響く。少年が彼の息子のカイであることは、すぐに分かった。

 ロットは躊躇いながら、カイに声を掛けた。自分に声を掛ける資格などないと思いながら、それでも、放っておくことなど出来なかった。

 カイはロットにしがみつき、声を上げて泣いた。やがて、泣き疲れて眠ってしまった。

 涙の跡が残るカイの頬を撫でながら、ロットの頬にも、堪えていたものが幾筋も伝っていた。


「ベイジルを死なせてしまって、ごめんな……」


 ナイフで刺されたように胸が痛む。カイのこの小さな体を抱き締めるのは、本当はベイジルだったはずなのだ。

 止めどなく溢れる涙で、ロットは目の前が見えなくなった。

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