57、それぞれの役目
王宮を取り囲むように、点々と近衛団員たちが立っていた。スタミシアへ避難した王族の護衛で5人が抜け、それ以外は皆、干渉包囲に参加している。彼らは何かを決意した表情で、片手をサーベルの柄に添えていた。
夜風が吹き抜ける中、レンドルがサーベルを抜き、天に翳した。団員たちも次々とそれに倣っていく。
「……近衛団の名において」
レンドルが静かに言うと、途端に全員のサーベルが真っ白な光を放った。
彼は続けて古代キペル語で何かを唱え、サーベルを地面に突き立てる。全員が同じようにすると、光は消え、辺りはふと暗くなった。
次の瞬間だった。サーベルを刺した地面から一斉に、目映い光の線が上へ上へと伸びていく。途中でそれぞれが複雑に絡み合い、数秒のうちに、光はまるで巨大な鳥籠のように王宮を覆っていた。
団員たちは既に、肩で荒く息をしている。干渉包囲はかなりの魔力と体力を使う魔術なのだ。
折しも、地響きのような低い音が周囲に轟き始める。オルデンの樹の暴走が、地下では収まらなくなってきていた。
「気を引き締めろ! 我々が退けば、犠牲が増えるだけだ」
レンドルは声を張り上げながら、地下でエディトがどうなっているのか必死に考えないようにする。
――戻ってきます。どんな形になっても。
そう約束した彼女の言葉を、信じるしかない。
団員たちはサーベルを握る手に一層の力を込めた。その内の一人、ラシュカは息子のことを考えていた。
(俺が死んでも誇りに思ってくれよ、オーサン。俺もお前を誇りに思っている。だから必ず、セルマをガベリアヘ)
「副団長!」
団員の一人が叫んだ。王宮の壁から、黒い何かがじわじわと滲み出してきている。ガベリアの悪夢の前兆と同じものだ。
「構えろ! 来るぞ!」
レンドルが叫ぶ。その、ほんの数秒後だった。
轟音と共に、光の籠の中が闇に満たされた。
暗闇は深く、どれほど目を開いても光を捉えることは出来ない。その中で、古の言葉たちが彼女に語り掛けた。
――巫女の力はいずれ尽きるもの。あなたにはもう、オルデンの樹を止めることは出来ない。ご覧なさい。地上にまで闇は広がっている。
「……いいえ」
地面に伏したまま、イプタは言葉を絞り出した。
「私には、まだ、役目があります」
――もはや動くことすら出来ないのに、まだ希望を捨てないのですか。
「セルマという希望を、私はこの目で見ました。あの子は必ず、ガベリアに辿り着きます。そして全てを変える」
――貴女たちは過ちを犯し続けた。タユラ、そしてイプタ。巫女ならざる者は、滅びる運命なのです。
イプタは頭を起こし、姿の見えないその声の主――既にオルデンの樹の一部となった巫女たち――を睨み付けた。
「私は人間だ」
――哀れなイプタよ。巫女として千年の永き時を生き、辿り着いた答えがそれですか。
ため息のような風音が聞こえたかと思うと、その音はどんどん大きくなっていく。そして荒れ狂う嵐がイプタを包み、彼女の意識を奪っていった。
(だめだ……、まだ消えることは出来ない!)
イプタは必死に耐えようとするが、嵐は容赦なく彼女を責め立てる。そのときだった。
「イプタ!」
誰かの声がはっきりと彼女を呼んだ。同時に嵐が収まり、静けさが訪れる。
閉じた目蓋の裏に光を感じて、イプタはそっと目を開けた。穏やかさを取り戻したオルデンの樹の枝葉を透かして、洞窟の天井から降り注ぐ光が見える。どうやら仰向けに倒れているようだ。
イプタは体を起こし、周囲を見た。自分のすぐ側に人が倒れている。彼女こそ、自分の名を呼んだ声の主だった。
「エディト……!」
地面に投げ出された彼女の体には、洞窟を飛び交う葉によって刻まれた無数の傷があった。地面にはじわりと血が滲み、青白い顔に生気はなく、呼吸をしているかも定かではない。
「エディト」
イプタは彼女の頭を抱え上げる。体は既にひやりと冷たく、反応はなかった。
ふと、イプタは口の中に血の味を感じ、口元を拭う。手にべっとりと血が付くが、彼女はそれが自分のものではないことを分かっていた。
エディトの左手首に目を遣る。葉で刻まれたものとは違う、かなり深い切り傷がある。
「……私を救ってくれたのか」
イプタは呟き、エディトの手首の傷に触れた。
限られた血と魔力を継ぐ者だけが、巫女の力になれる。エディトはそれを知っていた。そして自らの死を怖れず、手首を切ってその血をイプタに与えたのだ。
「まだ死ぬべきではない。貴女を、待っている人がいるのでしょう」
イプタが瞬くと、その頬を一筋の涙が滑り落ちていった。洞窟の中は、どこまでも静かだった。




